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135話 溢れる欲

 ──おかしい。


 歴史の本を開いた時に私が抱いた、最初の感想。

 十三人の魔女から始まったというこの国の最初が、本では十二人の魔女と一頭のドラゴンから始まっている。


 騎士の国でもそう習ったが、ステリアが言った歴史の方が正しいのであれば、これは間違った歴史なのだ。

 ステリアが嘘をついているのだろうか? いや、魔女とはいえ、ドラゴンを使役することは難しい。




 火竜の国──図書街


 中心街から東に進んだ先の街。

 全てが書店と文具屋という、獣の国でも見たことの無い街にある、城のような外観の国立図書館で、私とナディアキスタは歴史の本を調べていた。


 司書にはジェンティリッサにもらったバングルを見せて、面倒な手続きを省略した。

 歴史関連のコーナーにつくなり、私とナディアキスタは片っ端から本を手に取り、歴史を調べ直す。


 だが、何を読んでも国の成り立ちは、十二人の魔女と一頭のドラゴンから始まる。

 さすがの私も、疲れてきた。



「ナディアキスタ〜」

「嘘はついてないだろうな」



 ナディアキスタは私の言葉を察するなり、ピシャと言い切った。

 彼はとても分厚く、両手でも抱えきれないような大きい本をテーブルに置くと、あるページを私に見せた。


「ここに魔女たちの特徴が並んでいる。『一番目の魔女は徳のある魔女』、『二番目の魔女は美しさを見出す魔女』、『三番目の魔女は富を生み出せる魔女』······ここに、使徒が冠するものと一致した魔女が全て載っている」

「本当だ。『優しさ』・『勇気』・『思いやり』・『謙虚』・『知性』──全部同じだ」

「そうだろう。十二番目の魔女には『神秘』と書かれている。けれどステリアは自らを“名無し”の使徒と名乗った。使徒と魔女の肩書きが一致するなら、ステリアが名乗るべきは『神秘』だ」

「でも名乗ってない」

「歴史は移り変わる。その度に、内容がほんの少しずつズレていく」

「でも十三番目の魔女がドラゴンに変わることは無い」



 ──ならば、考えられる可能性は?



 ナディアキスタと私の視線がバチッと合う。

 答えはもう、最初から目の前にあった。




「誰かが意図的に、歴史を書き換えた──?」




 ナディアキスタは本を閉じる。

 私は頭を掻きむしった。

 古書ですら、十二人の魔女とドラゴンの話になっている。なら、書き換えた人間はとうの昔に死んでいるだろう。話を聞くのは無理だ。

 使徒を説得しようにも、国の守護神を倒しましょうなんて、絶対に了承しない。


「······どうしたものかな」

「はん、これだから脳筋は。五つも国を回っといて、何も学んでいないのか?」

「全ての国で問題を起こしたお前に言われたくないな」


 崇められている以上、ドラゴンは殺せない。

 使徒に罰せられないよう、国に被害を出さずに、ドラゴンを倒す。こんなにも複雑な討伐依頼があるものか。



『私は──』



「ああ、クソ。また声が」

「ん、どうかしたのか?」


 私は頭に響く声に顔を歪ませる。ナディアキスタは私の異変を感じ取ると、すぐに額に手を当て、脈を同時に測る。


「熱は無いな。脈は······少し早いが正常だ。頭痛がするのか?」

「あぁ、少し。あと耳が」

「魔力が溢れている感じはしない、が。念の為だ。今日は宿に戻るぞ」

「分かった」



『私はただ──』



 ──ただ、何だ。


 この声が気になる。悲痛な叫びが、私の頭に直接響く。

 ナディアキスタには聞こえていないようだ。なら、下手に話す訳にもいくまい。

 深呼吸して意識をコントロールする。宿に着くまでに倒れないよう、ナディアキスタに心配させないよう、暗示をかけ、体調を誤魔化した。



(不調は、脳の誤反応だ。体に異変は無いが、脳が間違えて不調のサインを出しているだけ。何ともない、何ともない)



 息を吐く方に重きを置き、ゆっくり深呼吸を繰り返す。

 だがまだ、図書館を出たばかりだ。宿に着くまでは、あと一時間半の道のりが続く。

 ナディアキスタは何度か私の表情を(うかが)っている。

 私は平常心を保ちつつ、彼の隣を歩く。




 図書街を出て、中心街へと向かう道。中心街はそこまで遠くはない。が、体調が優れない私のせいで、街のゲートは一向に近くならない。

 そろそろ自己暗示の方も効かなくなる頃合いだ。


 耳鳴りがする。心臓がバクバクとうるさくて、痛みで膝をつきそうだ。

 深呼吸をしているが、だんだん浅くなっている。

 汗が首筋を伝う。私はチカチカする世界に目を細めた。



「······ここでなら、魔女の(まじな)いを使っても平気だろう」



 私の限界を悟り、ナディアキスタは岩陰に私を押し込むと、ローブから小瓶をいくつか出した。

 私の症状を見ながら、ナディアキスタは小瓶の中身を混ぜ合わせる。

 沈みそうな夕陽にかざし、呪文を唱えようとした。

 ──その時。




「グルルル······」




 聞こえてきたヘルハウンドの唸り声。ナディアキスタは苛立って舌打ちをする。

 手に指輪をはめて、ガラスの棒を抜く。私を守るように、ナディアキスタは立ち上がった。


「高貴な魔女たるこの俺を襲うなぞ、笑わせてくれるなよ。下級魔族風情が。魔女であるこの慈悲深い俺様が、直々に(しつけ)てやる」


 私は僅かな体力で、敵勢の確認をする。

 ヘルハウンドはたったの三匹だ。ナディアキスタ一人でも、十分に対処出来る。

 ······だが、どうしてだろう。ヘルハウンドの声を聞く度に、胸が高鳴るのだ。吠える度にヨダレが垂れようになる。

 奴らが一歩前に出た。



 ──苦しいほどに、腹が減る。



 ***


「ケイト、もうやめろ」


 ナディアキスタの涙声で、私は意識を取り戻す。

 ナディアキスタは私の頭を包み込むように抱きしめていた。

 てっきり私は、ナディアキスタを助けるために暴走したのかと思っていた。


 犬の血の匂いが、身体中にまとわりついている。

 手にべっとりとついた血が、まだネバネバしていて気持ちが悪い。

 口の中に広がる、懐かしい、魔族の味が。



「ナディアキスタ」

「······」

「ナディアキスタ」

「······うん」




「私は、何をしたんだ?」




 分かっていたが、ナディアキスタに尋ねた。

 信じたくなかったし、認めたくなかった。

 ナディアキスタはぽたぽたと涙を零して「大丈夫だ」と、私をあやす。



「なんてことはない。······魔物を、食べただけだ」



 せっかくナディアキスタが、治そうとしてくれていたのに。

 私も、治そうとしていたのに。

 結局押さえ込んだ欲が、弱った心の隙間から這い上がって、表に出てきてしまったのか。


「······ごめん」

「謝るな」

「ほん、本当にごめん」

「謝らなくていい」

「私、私は、なんてことを」

「俺様が、ちゃんと治すから。人間の体質に戻してみせる」

「ごめん。ごめん、なさ」

「いい。今まで我慢できて偉いな。別の薬を使おう。だから謝るな」


 私は彼の努力を無駄にした。

 表面張力が働いた水の上に、コインが一枚落ちたように、呆気なく。

 私は自分の手で、今までの努力を無駄にした。

 それがどんなに悔しいだろうか。魔物化しつつある体を、ナディアキスタが案じ、モーリスが不安を抱き、彼らを安心させるためにも、私は治さなくてはいけなかったのに。


 そう思ったら、私は情けなくて涙が出た。

 魔物を食べない。こんな簡単なことを、人間であれば当たり前に出来ることを、私は出来なかった。

 ナディアキスタは私に鈴の音を聞かせる。

 シャンシャンと鳴る鈴の音は、とても心地よくて、母の腕の中で眠るような温かさがあった。


「遊んでこい」


 ナディアキスタがそう呟いたのを合図に、私は深い眠りに落ちた。

 私が皮と骨だけになったヘルハウンドを手放すと、ナディアキスタはギュッと私を抱きしめる。

 ······もう一度だけ、鈴の音が響いた。

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