133話 異変を感じ取る
『──私は、何を間違えたのだ?』
──誰かの声が聞こえた。
『──私が、何を間違えたのだ?』
冷たくて、苦しそうな、思い悩む声だ。
『私は人間を助けただけだ』
私は目を開けられない。口も開かない。
『それだけなのだ』
四肢を投げ出して、ただずっと、声を聞いていた。
『······それだけなのに』
苦しげな声は、すすり泣く声に変わる。
『どうして──』
──どうか、泣かないでくれ。
たった一言も、かけられないで。
あぁ。私が動けたなら、目を開けられたなら、声が出せたなら。
(その涙を、止めることが出来たのかな)
***
私はうっすらと、目を開けた。
ステリアの小屋の天井をぼうっと見つめ、まだ重い目をパチパチと、瞬きさせる。
「何故だ! 何故だ何故だ何故だ! ケイトからは魔力が溢れた形跡がないのに! 微量もないのに!」
「魔物化しているこの体は、一体何が起きているの?」
「異食症みたいな癖があった奴だからな。くそ、何故血を吐いた!? どうして倒れた!? 予兆も何もなかった! 熱もない、どこにも異常がない!」
「落ち着いて、ナディアキスタさん。ケイトさんの血を、もう一度調べましょう」
「私の内側から調べるより、私がいた環境から調べた方が早くないか?」
ついうっかり口を出してしまった。
私の声に、ナディアキスタが勢いよく振り返る。すぐに私の元に駆け寄ると、ナディアキスタは私の容態を確認する。
「喉や腹に違和感は」
「ないな」
「まだ吐き気は」
「ない」
「胸は苦しくないか」
「平気だ」
「この指は何本に見える」
「二本だ。おい、人が倒れたってのにピースしてんじゃねぇよ。へし折るぞ」
「喧嘩を売る元気がある。正常だな」
ナディアキスタは私の頬をつねると、「馬鹿者め」と素っ気ない態度を取る。
「この俺様に心配させるとは、いい度胸だな。魔物食い騎士。弟の寿命が減ったら、その分お前に苦痛を味あわせてやる」
「残念ながら一年近く魔物は食べていないんでね。その悪口は受け取らない。私にだる絡みしている暇があるなら、その平和な脳みそと大事な星図でとっとと原因を調べろあほ面魔女」
「病人だからって偉そうに」
「お前が言うなナディアキスタ」
軽くいがみ合って、ナディアキスタは星図を広げて星を回す。
ステリアは興味深そうに、いくつもある星図を眺めていた。
ナディアキスタは星図を読み、私に何があったのかを推測する。
「う〜〜〜ん······」
「どうだ? ナディアキスタ」
「【割れた鏡】と【輝く金食器】が混在。その間に、ケイトの運命星である【自死の剣】が配置されている。【割れた鏡】は悪意のある攻撃を表し、【輝く金食器】は高貴な身分を表す」
「それを、【自死の剣】が妨げた?」
「そういうことになる。お前は身代わりになったんだ」
私が誰かの身代わりに?
一体どういう事だろうか。ナディアキスタは星図に目を落とす。
「この国において、最も高貴な身分。何かを祀っている国の大半は、それに仕える者に高貴な身分が与えられるが、使徒はどうなんだ?」
「使徒が、この国では一番偉いわ。この国に、皇帝はいない。全ては火竜様が決めるの」
「ドラゴンには荷が重いな。使徒の身代わりになったというのなら、お前たちは火竜を裏切ったのか?」
「その話は、私の耳には届いていないわね」
「ならどうして、使徒が襲われる? そして何故、ケイトが身代わりになった?」
魔女二人で議論を交わす。
私はぽつんと取り残されて、夢の出来事を思い出していた。
夢の中で、声は何かを呟いていた。
『どうして』とか、『私はただ』とか、何とか。『人間を助けただけなのに』とも言っていたな。
そういえば、倒れる前に聞いた声と、似ているような気がする。
あの時は、何て言われたんだっけ──?
「おい、ケイト。倒れる前に『声がする』と言っていたな。なんて言っていたか分かるか? 言葉でないのなら、どんな風だったか思い出せ」
「病み上がりに対する扱いがぞんざい過ぎるな。はぁ······。えーと確か、唸り声がして、『私の眠りを妨げたな!』って怒鳴っていた」
「眠りを妨げた? ケイトさん、本当にそう言ったのね?」
「え? あ、あぁ。そう言っていたな」
ステリアは、さっきまでのご機嫌な様子とはうってかわり、顔を白がゆのような色にして狼狽する。
「起こされたのね」
起こされた? 誰が?
私がキョトンとしていると、ステリアは「火竜様が」とブツブツ言い始めた。ステリアの慌てように、ナディアキスタは「落ち着け」と冷たく言い放つ。
「勝手に一人で慌てるな。俺様たちにも分かるように事情を話せ」
「え、あ、そうよね。えぇ」
ステリアは深呼吸をすると、椅子に腰掛け、神妙な表情を浮かべる。ナディアキスタはベッドの端に腰掛けて、腕を組んだ。
「──火竜の国は、魔女たちによって生まれた国。この国を創ったのは、十三人の魔女たちだったの」
私は、驚きを隠せなかった。




