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13話 自由と代償

「さて、言い訳があるなら聞いてやる」



 ダイニングで、私はナディアキスタと机を挟んで対峙する。

 ナディアキスタは、頭にタンコブを二つほど重ねて不貞腐れていた。 一向に何も言わない彼に痺れを切らし、私が「おい」と声を荒らげると、ナディアキスタはぷいと、そっぽ向いた。



「子供かお前は! 他人の家の庭で何してたんだって、聞いてんだよ!」


「土掘ってたのを見てなかったのか!? それが答えだ馬鹿者!」


「何で土掘ってたんだよ! 何も言わずに庭を荒らすな!」


「『土を寄越せ』と言ってもお前は断っただろう!」


「当たり前だバカ! 理由を喋れ俺様ショタジジイ魔女野郎!」


「何だその罵り方は! そんなっ、そんな悪口で傷ついたりしないからな!」



 ナディアキスタとしょうもない言い争いをしていると、ドアベルが鳴り、リーリアが私を呼びに来た。



「ケイト様、オルテッドさんが······」


「オルテッド? ああ、入ってもらって。ここに呼んでくれ」



 リーリアがオルテッドを案内しに行くと、ナディアキスタはフン、と鼻を鳴らした。



「すぐに追い出すと思っていたが、こき使うんだな」


「お前ほど荒い人使いはしていない」


「ハッ! 俺様ほど優しい奴はこの世にいないぞ?」


「ああ、傲慢な奴もな」


「カッチーン······」



 またケンカが始まりそうな雰囲気に戻る。


 リーリアと話をしながらダイニングに入ってきたオルテッドは、私とナディアキスタを見るなり、ため息をついた。



「ケイト、また兄さんが何かやったのか?」


「オルテッド! お前、俺様に対する態度が悪いぞ! 兄を敬え!」


「オルテッド、こいつをどうにかしてくれ。庭を掘り起こしてたんだ」


「ああ、そうか。それはすまないことをした。後で菓子でも買ってくるよ」


「無視をするな、オルテッド! 俺様の事をなんだと思ってるんだ!」



 オルテッドは、厨房に向かうと、並んだ紅茶缶とコーヒーの缶を流し見て、「どれにする?」と尋ねた。


 私がコーヒーを選ぶと、オルテッドは何も言わずにコーヒーを淹れてくれた。



「今はこれで許してくれないか? これでもコーヒーを淹れるのは得意でね」


「ああ、たしかに。森で用意してくれたのも、とても美味(おいし)かった」


「当たり前だ。オルテッドのコーヒーは、そこら辺の喫茶店よりも美味(うま)いんだ。だから俺様にコーヒーを毎朝用意する権利を、オルテッドにだけ与えてやってる」


「人使いも言葉遣いも荒い兄さんだが、コーヒーを飲んでいる間は()()()でね。いつの間にか日課だよ」


「年相応ねぇ······ジジくさいのか?」


「イケメンだって意味だ! 察しろ女子力皆無侯爵!」



 オルテッドの淹れたコーヒーを飲みながら、三人で厨房に入り浸る。

 オルテッドは皿を洗いに来たリーリアと笑みを交わして、コーヒーに口をつけた。



「どうだい? リーリアは仕事に慣れてきたか? アリサやレイチェルは? サシェも元気か? アレスタはドジ踏んでないか?」


「ああ、みんな一生懸命仕事をしてくれている。アリサは今日は休ませた。ここに来てから、ろくに眠れていないようだ。食事もとっていないらしい」


「貴様。この俺様の領民に、劣悪な環境を強いているんじゃないだろうな?」


「阿呆抜かせ。()()()()()()そんなことをするか」



 ***


 アニレアの罪は、叩けば出てくるホコリのように尽きなかった。

 それが(おおやけ)になったとき、両親も私も、罪に問われた。


 しかし私は、今までの功績と、魔女を討ったその偉業から、領地の拡大とオルスロット侯爵家の存続に繋げた。



 私は与えられる領地を、魔女の森と指定した。どうせ国から北東に進んだ先に、オルスロット家の領地があるのだ。魔女の森を手に入れた方が、領地が分散しなくて都合がよかった。




「お前が『メイドを雇え』と言ってきた時は、何の占いでそんなもんが出たのかと思った」


「兄さんの口の利き方が悪くてすまないな。魔女の森は、貧困生活が本当に厳しいから」




 私が当主になったその日に、ナディアキスタは屋敷にやってきた。

 彼は隠れる様子もなく、堂々と玄関に立ち、四人の女と一人の男を連れてきた。みんな未成年なのは顔つきで分かった。


 小汚い服をめいいっぱい綺麗にして、傷んだ髪を整え、汚れた顔を拭いた彼らを、神妙な面で連れてきた。



「魔女の森は働き手で溢れているからな。お前の家なら腐るほど仕事があるだろう。

 この五人を働かせろ。この俺様の森を領地にしたのなら、責務を果たせ。無能な領主ならば、お前を殺して俺様が成り代わってやる!」



 彼らしい傲慢な口の利き方だった。

 最初は追い返してやろうと思った。歳の割に細い体なのだ。水入りのバケツを持っただけで折れてしまいそうなほどに。



 それに、ナディアキスタの言い方に腹が立ったから。



 でも、私にとっても都合が良かった。


 家族の罪が問われている間に、雇っていた侍女や召使いは一人、またひとりと辞めていった。


 私が当主になると、ほとんど家から人がいなくなった。

 別に一人で困ることは無い。元々一人で生活出来た。が、全てを一人でやろうとすると、流石に時間が足りない。騎士の仕事は激務だ。それにプラスして家事なんてやっていられない。


 雇うだけの金はある。それこそ腐るほど。

 私は苛立ちを飲み込んで、二つ返事でナディアキスタの頼みを受け入れた。


 ***


「アリサには薬を作ってある。優しいこの俺様がな。どうせ慣れない環境で緊張しているんだろう。

 リーリア! 皿を洗い終わったらアリサにオレンジを持っていけ! 少しでも食わせろ! いいな?」


「おい、私の侍女に命令するな。他人の家を劣悪環境扱いしたのは誰だ?」


「あれはただのジョークだ。さっさとしろ! 一週間この調子なら、体がもたないに決まってる! 魔女の森とは違うんだ!」



 リーリアは慌ててオレンジを探すが、今日の買い物はまだ行かせていない。というか、領地から買いつけた食材が届くのは昼頃だ。まだその時間ではない。


 その間にも、ナディアキスタの機嫌は、どんどん悪くなっていく。リーリアは余計に慌ててしまった。今にも泣きそうになっている。



「リーリア、今日は日曜日だ。広場で朝市が催されているだろう。噴水の近くに果物屋が出ているはずだから、そこに行けばオレンジが買える。ナディアキスタ、オレンジじゃなくてもいいのか?」


「あ? 当たり前だ。だが出来れば柑橘系がいい。アリサに飲ませる薬に、柑橘系との相性があるんだ」


「そうか······ん? でも柑橘系だと、薬の飲み合わせがあるはずだろ?」




「ああ、フラノクマリンによる代謝酵素阻害か? 心配要らん。魔女が作る睡眠薬というのは、医者や薬剤師が処方する薬に比べて、限りなく効果が薄い。正直、自己暗示するシロップのようなものだ。

 だからあえて柑橘系を食べさせて薬を飲ませることで、効果を強め、より眠りやすくさせるんだ。暫く眠れないのなら、不眠症を患っている可能性が高いからな」




 ナディアキスタは真面目な顔でそう言った。まるで医者のような物言いに、『本当に魔女はあらゆる職業の元なのか』と、納得してしまう。


 ナディアキスタ懐からわずかな金を出す。少し曲がった金貨を一枚と、くすんだ銀貨三枚だ。

 でもそれが、余りにも貧しそうで、私はナディアキスタの手をおしのけて、リーリアに金の入った布袋を持たせた。



「これで買ってこい。残った金は、好きに使うといい」


「は、はい!」



 リーリアはバタバタと厨房を出たが、すぐに戻ってきて、「あの、広場って······」と気まずそうに尋ねた。


 魔女の領民は森から出たことがないのかと、私はこの時初めて気がついた。オルテッドは「ついて行こうか」と声をかけ、リーリアを連れて厨房を出ていった。


 二人きりになると、ナディアキスタはコーヒーの残りを飲み干して、私に尋ねた。





「どうだ。自由になった気分は」





 私は残り少ないコーヒーを見下ろして、「そうだなぁ」と呟いた。


 アニレアの手癖の悪さと、両親の偏った庇護欲が、家の没落を誘った。それを私は嘘の首で救い、一人だけ助かった。


 両親はアニレアより先に絞首刑になり、アニレアは公開処刑でこの世を去った。その公開処刑で、彼女の首をはねたのは、奇しくも姉である、この私だった。



 まだ一ヶ月と少し前の出来事だ。でもそれが懐かしく思える。

 揺らぐコーヒーを、まるで自分の心のように思いながら、私はぽつりとこぼした。





「なにも、嬉しくないな」





 私が家族に愛されることは(つい)ぞなく、褒められることも、謝られることも無く、一人になった。


 しかも、アニレアの処刑人になったあとからは、噂に尾ひれがついたようで、真実は嘘へと塗り替えられた。


 アニレアを避難する新聞が、私を悪女とする内容に移り変わり、『アニレアは実姉に嵌められた?!』だの、『オルスロット侯爵令嬢・ケイトの知られざる素顔!』だのと、書きたい放題だ。

 この一週間で、気づけば私は、『地位欲しさに家族を殺した裏切り者』のレッテルが貼られていた。



 失った服は、アクセサリーは戻ってきた。

 ほとんどが売られ、捨てられていた。



 アクセサリーボックスだけが、無事に帰ってきた。

 ······中身は空っぽだったが。



 騎士団は私の噂で持ち切りで、噂を確かめに来たり、舐めてかかって来たりと威厳や権力は崩壊している。

 ······全部叩きのめしたけれど。



 失われた物や、奪われたものを考えると、私が彼女の首を切ったことなんて、可愛らしく思える。

 それでも私が悪なのか。と考えると、胸が苦しくなり、怒りで身を焦がしそうになる。




「······自由って、こんなに苦しいんだな」




 好き放題に言われる新聞。

 家の前で囁かれる陰口。

 ゴミ箱に捨てた、匿名の脅迫状と誹謗中傷。



 いずれも心が擦り切れてしまう前に、片付けようと思った。が、思うように体が動かなくなる。考えることすら放棄してしまう。


 本当に、自分が悪いんじゃないだろうかとさえ、思ってしまうのだ。

 ナディアキスタは鼻を鳴らすと、「これしきのことで」と私を嘲笑った。



「お前は本当に【自死の剣】だな。忘れたのか? 『対価を取れ』。それが、お前が星に苦しめられない為の方法だ」


「おい、お前。私が今?苦しんでいるのが目に見えないのか?」


「見えてるとも。だから言ってるんだ。お前を悪く言う奴らから、嘲る奴らから、石を投げる奴らから、対価を奪い取れ。そして、お前は『悪役』として立ち振る舞うんだ」


「バカだろ。私に、悪になれだと!」




「『悪者』という印象がついた以上、他者からは善人の面は見えなくなる」




 ナディアキスタは、私をその場に押さえつけるように言った。

 腕を組み、真剣な眼差しで私を見据える。その口から紡がれるのは、年長者としての説得力があった。



「人間なんて、浅はかな生き物だからな。いいか? この世に善と悪なんて存在しない。常に『奪ったもの』と『奪われたもの』の攻防戦だ。

 奪った側は奪われた側に反撃されたくないから、『お前は悪だ。心が弱いからそんなことをする』と正論じみたことを言って逃げる。

 奪われた側は取り返したいから、『お前なんていなければ。お前が自分にこんなことをしなければ』と反撃の隙を狙う。

 善と悪なんて、所詮は奪った側の妄想の産物。自分が正しいと思い込むために、利用した思想にすぎん」





「かつて俺様もそれを信じていた。でも人間は、『正義』を信じた途端、どこまでも残酷になれる。俺様が、善と悪なんて信じなければ、死なずに済んだ弟たちは多かったろうよ」





 ナディアキスタの自虐的な話は、私に納得させた。


『人間は愚かだ』と鼻で笑う彼の瞳は、後悔と哀しみに揺れていた。でもすぐに、全てを睨みつけるような強気な瞳に戻る。



「苦しいのなら、さっさと『悪』の振りをしろ。その方がよっぽど楽だ。どうせ後世に語り継がれるのは『善』の行いだけ。誇大妄想で描かれた英雄譚に『悪』が美しく表されるはずもない。

『悪』が偉大な何かを成し遂げようと、愚かで救いようのないミジンコ以下の脳みそしかもたない人間共が、理解するはずがないんだからな。

『悪』が『悪』である裏側を、知る者があるとするなら、それは本人たちだけだ。望み通りに振舞ってやれ。そして自分の心のままに生きればいい。そうすれば、自由はもっと『自由』になる」



 ナディアキスタは私を真っ直ぐ見据えてそう言った。



(──なるほどなぁ)



 私はコーヒーを飲み干した。ナディアキスタは、思い出したように私を指さした。



「いいから庭の土を寄越せ! マンドレイクを育てるのにちょうどいい栄養のなさだ!」


「おう、そのために家に来たのか。最初からそう言え阿呆。ついでに『栄養のなさ』って何だ。貶してんのか」


「魔女の森は、農業の為に栄養豊富な土にしているが、そのせいでマンドレイクが上手く育たない。マンドレイク用に土を作ろうにも、今は魔女の(まじな)いが使えない」


「使えないってなんだ。準備がいるのか?」



「偶数年の四月の新月に、畑に薬を撒いて、身長175センチ以上の男五人と、魔女が歌いながら、一晩中踊らないといけない。『アーソレ! ヤレホレ! ツチャホイドッコイ!』って」


「ブフッ······っく。ソレ、来年見に行ってもいいか?······ククッ」



 予想よりもダサい魔女の魔法に、私は思わず吹き出した。


 森のためとはいえ、こんなにも恥をかく魔法がこの世にあったのか。

 それはオルテッドもやったのだろうか。

 去年もやったのだろうか。


 どんな気持ちで踊っているのか考えると、余計におかしくてたまらなかった。


 ナディアキスタは心底嫌そうな表情で話をするが、私は笑いを堪えることが出来なかった。


 ナディアキスタは「笑うなよ······」と消え入りそうな声で止めたが、私は笑いを止められなかった。悪いとは思っている。が、魔女の魔法のシュールさが、ツボに入って止まらない。




 帰ってきたオルテッドとリーリアが、落ち込むナディアキスタと、笑い転げる私にギョッと目を見開いた。


 オルテッドがナディアキスタに事情を聞くと、ナディアキスタは顔を赤くして何も言わない。


 リーリアに薬を投げて渡すと、「帰るぞ!」と怒鳴って、さっさと厨房を出ていった。

 オルテッドはキョトンとしながらも、ナディアキスタの後ろをついて行く。リーリアは不思議そうに私の顔を覗き込んだ。



「いっ、いや。すまなっ······ククッ。オレンジを買ってきたね? 早くアリサに持っていけ。ンッフッフッフ······魔女の魔法って、プクク···アーッハッハッハッハ、もうだめ! だめだぁ···ハッハッハ!」



 私は笑いながら部屋に戻った。

 リーリアは首を傾げてオレンジを持っていった。

 沈んだ朝が、いつの間にか愉快な日に変わっていた。

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