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128話 探検しましょ

 

「ダメです」

「ですよね〜······」


 帯剣許可を得るべく、私は火山の(ふもと)にある火竜を(まつ)御社(おやしろ)にいた。そこで、私はシェーンという女に事情を説明したのだが、バッサリと切り捨てられた。


「その魔力の溢れが原因として、それが街のどこかにあるのなら、こちらでお調べします。帯剣の必要性はありません」

「いや、もしも魔力を垂れ流しているのが──」

「『垂れ流す』ではなく、『意図的に満たしている』と言ってください。その言葉遣いは、美しくありません」

「はい。失礼致しました」


 シェーンは“美”の使徒である。だからこそ、美しさには人一倍厳しいのだが、それゆえに私は苦手だった。


 女性はドレスにヒール、大ぶりのネックレスを身につけるのが“美しい”。

 男性はスーツに革靴、シルクハットとステッキを身につけるのが“美しい”。

 正しく丁寧な言葉遣い、性別によって異なる立ち振る舞い、それら一つ一つに“美しさ”を固定する。


 彼女の「こうあるべき美しさ」が、私にはどうにも当てはまらず、窮屈で、理解が出来ないのだ。

 だからといって、「はい、そうですか」なんて言うつもりは無い。私は「ですが」と、何とか食い下がる。


「もしも、魔力を『意図的に満たしている』のが魔物であったなら、いくら使徒殿でも対応が難しいでしょう」

「いいえ。私たちに出来ないことはありませんので」

「私であれば、いきなり魔物に襲われても戦う力があります。何が相手でも、倒せる強さがあります」

「だからといって許可は出しません。女性が剣を持つのは、美しくありませんので」



「美しいかそうでないかで物事を決めつけるのは、あまりにも愚かしいこととお気づきないようで。人の生き死ににさえ美醜の価値が生まれるのなら、私はあなたが“美”の使徒と名乗ることが滑稽に思えますわ」



 ──やってしまった。

 ナディアキスタに昨日言われたばかりだと言うのに、つい喧嘩を売ってしまった。

 シェーンは顔を赤くしてわなわなと震えている。膝に置いた手も、ギュッと固く握っていた。

 けれど私は、謝る気は微塵もなかった。シェーンが歯ぎしりをして、汚い言葉を飲み込んでも、私は焦りすらしなかった。




「あなたという人は──」

「まぁまぁ、いいじゃないの」




 シェーンがついに怒鳴ろうとした時、シェーンの肩をぽんと優しく叩いた人がいた。七十ほどの歳の老女がにっこりと微笑み、「いいですよ」とシェーンの代わりに許可を出した。


「ちょっと!」

「この方は、騎士の国の方ですよ。騎士の国は剣を持っているのが当たり前でしょう。それを、この国のルールに押し込めちゃあいけないわ」


 老女はシェーンの反論を、わざと耳が遠いふりをして聞き流し、私に金食器を模したバングルを渡す。


「これを身につけてちょうだい。これは、使徒が許可を出した証なの。あなたには、この国を助けてもらうんだから、あらゆる事には目を瞑るわ。だけどね、約束して下さるかしら。絶対に、誰も殺さないで欲しいの」


 老女の優しさに、私は「必ず」と約束をする。老女は仏のような笑みを浮かべて、私の右腕にバングルをはめた。

 私は老女の手を握り、片膝をつく。シェーンはこの行為にも文句を言いたげにしていた。


「必ず約束を果たしましょう。その優しさに敬意を表したい。どうか名前を尋ねる光栄を」

「あらあら、とても素敵な騎士様ね。私は“優しさ”の使徒──ジェンティリッサ。長いから、ジェンティでいいわ」

「では、ジェンティ殿の優しい心に誓いましょう。必ず約束を守ります。そして、この国の暗雲たる今件も、私たちが必ず解決しますわ」


 ジェンティはクスクスと笑うと、「この歳で膝をつかれると照れちゃうわね」と私を立たせた。


「行ってちょうだい。いい結果を、待ってるわね」


 私は二人にお辞儀をして御社を出た。

 ジェンティは、私が見えなくなるまで手を振ってくれた。


 ***


「本当に許可を取れたのか」


 宿に剣を取りに行き、邪魔だったドレスのスカート部分を脱いでタキシードタイプに変更し、意気揚々とナディアキスタと合流したのに。彼は驚いたような顔でそう言った。


「まさか、取れると思っていないのに取ってこいなんて言ったのか?」

「ああ。俺様としては、魔力濃度の濃いところに近づかないようにしたつもりだったんだ。が、まさか本当に取って戻って来るとは思わなかった」

「じゃあ、剣は不要だったのか」

「だって、ケイトは素手でも充分強いだろう」

「まぁ、そうだが」

「否定しろ。謙遜(けんそん)をどこに捨ててきた」

「お前に言われたくないな」


 とはいえ、ナディアキスタを守るという点では、剣を持ち歩くのも悪くはない。ナディアキスタの後ろにつきながら、私はナディアキスタがウロウロする姿を眺めていた。





「おい、この辺りには近づくな」


 細く長い階段を登っていると、ナディアキスタが注意した。

 私は思わず剣に左手をかけるが、ナディアキスタは「魔力が濃い」と警戒している。


「この辺りの魔力が濃い。近いのか? いや、でも何だろう、この······」


 ナディアキスタはブツブツと呟いたかと思えば、いきなり大声を出す。


「あーーーーっ! 魔力が薄くなっていくっ! 待てっ、揺らぐな!」


 ナディアキスタは駆け出し、たゆたっているのであろう魔力を追いかける。私はナディアキスタの後を追い、急に止まる彼の背中に鼻をぶつける。

 いつもなら怒鳴るのに、ナディアキスタは気づいていないようで、また目を凝らして街を彷徨(さまよ)う。


「おい、ナディアキスタ」

「目薬を使うか、それとも(まじな)いを使うか。いや、どちらも目立つな」


 ナディアキスタは聞く耳も持たずに、またどこかへと向かっていく。私はそれを、ずっと追いかけ続けた。



 ナディアキスタの奇行は夕方まで続いた。私はずっと何も食べずにほっつき歩くナディアキスタの体力に、ため息をつく。


 人をあれだけゴリラだの魔物だのと言っておきながら自分も言えないじゃないか。魔法や興味深い事になればすぐに首を突っ込んで、引っ掻き回すような奴に、底なしの体力だなんて褒められたくないな。


 私は紫色に染まる空を見上げて、自分の腹の音を聞く。

 そういえば、今日はほとんど何も食べていなかった。さすがに腹が減った。ナディアキスタにも夕食を食べさせなくては。


 私は彼の方を向いた。そして、ギョッとした。

 さっきまで忙しなく動いていたナディアキスタが、突然電池が切れたオモチャのように動かなくなっているのだ。

 私は慌ててナディアキスタを抱え起こすが、ナディアキスタの顔は赤く、息も荒くなっている。


「おい、大丈夫か? すごい熱だ。宿に戻るぞ」

「いや······まだ、魔力······まだ」

「ダメだ。今日は打ち切れ。魔力の膨張だっけか、すぐに花を見繕ってくるから待ってろ」

「やだ······。ケイト、やだ······俺はまだ」

「やめとけ。二度と目が覚めなくなるぞ」


 私はナディアキスタをお姫様抱っこして宿に走った。

 ナディアキスタが苦しそうにしつつも、私に抵抗する。だが、すぐに手に力が入らなくなり、くたっとしてしまう。

 私は早くナディアキスタを寝かせようと、走る速さを上げた。



 ────ゾクッ。



 何かに睨まれたような怖気が走る。私はナディアキスタを抱えたまま、後ろを向いた。けれど、そこに何も無い。


(気のせい、か?)


 腕の中で呻くナディアキスタに注意を戻し、私は宿に向かう。

 背中が凍るような恐怖心と、全身の毛が逆立つ焦燥感。今まであらゆる魔物と対峙してきたが、これほど恐ろしいと思ったことは無い。


 まるで、ドラゴンに睨まれた気分だ。

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