126話 病の原因は
ローランに案内された宿で床に就く。
私は荷物に隠した剣の柄が、ちらりと見えるのを眺めながら、夜が明けていくのを待った。
「······ペストマスクでも忘れたか」
ふと隣から、ナディアキスタの声が飛んでくる。私は「そうだな」と返した。
疫病だと聞いておきながら、私は彼を森から連れ出し、何の対策もないままここに来てしまった。
これで感染なんてしたら、国に帰ることも、弟たちに会わせることも出来なくなってしまう。考え足らずに悔しさが溢れる。
「もう少し、慎重に動くべきだったと後悔しているところだ」
「そうか。そんなことか。魔女が哀れむほど不必要な心配だな」
言葉に出来なかった謝罪を、ナディアキスタは一蹴する。そして「いいか」と私に説教するような口調で言った。
「流行病の蔓延るこの国にいる他国民は、この俺様とケイトだけだ。高貴で偉大なこの俺様が病にかかったとしても、優秀な脳みそと万能の腕が、瞬きの間に病を治す薬を生み出せる」
人の心配なんかするな、と言う彼の言葉に私は少し心が軽くなる。その後、ナディアキスタは鼻で笑った。
「ケイトなんて、病にかかる事すらないだろうな。なんせ俺様が今まで生きてきた中でも、最高の生命力を持つ。細菌だろうとウイルスだろうと、お前にかかれば一刀両断。触れることすら叶わんだろうし、体内に入ったところで死滅する」
「······お前が手放しに他人を褒めるはずがない。何が言いたいんだ?」
私はそう尋ねたところでハッとした。
しまった、聞かなければ良かった。
尋ねた後で察してしまう。ナディアキスタは意地悪な笑みで、バカにするような声色で言った。
「待て、言うな──」
「ゴ○ブリと同じだけの生命力を持っていながら、感染して最悪の事態を考えるだけ無駄だと言ってるんだ」
「だぁぁぁぁクソ。遅かったか······」
何一つ嬉しくない褒め言葉を止めきれず、私は両手で顔を覆った。
少し眠そうなナディアキスタがクスクスと笑い、寝返りを打つ。
「まぁ、全部患者を診てみないことには分からんがな」
「じゃあ人をゴキ○リ扱いすんなよ」
「じゃあヒュドラにしてやろう。光栄に思え」
「一つ首切ったら二つ生えてくるバケモンじゃないか。もっと綺麗なものに例えてくれよ」
「ケイトに綺麗な言葉が似合うものか」
「もう黙って寝とけ。バーバ・ヤーガの弟子野郎が」
「はぁ!? この俺様を何だと思っているんだ! バーバ・ヤーガなんて魔女ですらないわ! 魔女が空を飛ぶ時に使うものはザルであって、臼なんてあんな不格好なものを使うわけないだろう! それに鶏の──」
「うるっせぇ。寝ろ魔女過激派」
ナディアキスタに枕を投げつけて黙らせて、私は浅く眠りにつく。
ナディアキスタはブツブツと文句を言っていたが、布団にこもった瞬間に寝た。年相応な寝息に、私は背中を預けて目を閉じた。
***
朝の九時きっかりに、泊まっている部屋のドアがノックされる。
開けるとローランが立っていて、深くお辞儀をして「お迎えにあがりました」と私たちを待つ。
私もナディアキスタも、思っていたよりも早く目が覚めてしまったので、支度は全て済んでいた。
ナディアキスタの胸に白百合を差し、私も白椿を差してローランの後をついて行った。
「歩きながらで失礼しますが、この国の流行病についてお話を」
ローランはそう言うと、手紙にあったものと同じ内容を語る。
病の最初は二週間前。この中心街の端に住む、小さな女の子が街中で倒れた事が始まりだった。
38.5度を超える高熱が続き、意識を保てず、昏睡状態に陥っても対処のしようがない。
少女が倒れた二日後、今度は花屋の店主が倒れた。彼もまた、同じ症状で昏睡状態に陥った。
その後も倒れる者が出ては高熱を出し、昏睡してと同じことが起こる。
最初のうちこそ数日の間隔があったが、今は日をまたぐことも無い。国中の医者が診察しても、誰も原因すら分からず、ほとほと困り果てていたという。
「この問題を解決するために、私たちは火竜様にお伺いをたてました」
「その答えが、侯爵様だったと?」
「ええ。ですので騎士様にお手紙を出しました。騎士様の国に届くまで、とても長くかかってしまいましたが」
ローランは一つの家に着くと、私に道を譲る。私とナディアキスタが先に家に入ると、ローランは家の外に向かって砂を撒いた。
「あれは──」
「結界の一種としてこの国に伝わる習慣だ。悪いものを家の中に招かない為のな。疫病が流行ってんだ。どこでもやってるだろうよ」
「ほぉ。疫病退散、というやつか」
ナディアキスタは興味深そうに言うと、何か考え込む。
私は特に気にせず、ローランに言われるとおりに廊下を歩いた。
「左の部屋でございます」
ローランに言われ、左の部屋に入ると、そこには顔を真っ赤にして眠る少女の姿があった。
緑の服を着た母親が、腫れぼったい目を擦りながら少女の世話を焼いている。
「サラ・ウィーバー。こちら火竜様がお呼びした騎士様とお医者様だ」
「ああ、“徳”の使徒様。ありがとうございます」
サラは私とナディアキスタに恭しくお辞儀をすると、「サラと申します」と挨拶をした。
「白椿の騎士と、白百合の医者です」
私は彼女にそう挨拶し、ナディアキスタに目配せをする。
ナディアキスタは汗をかきながら眠る少女の傍によると、脈を取り、体温を測り、医者と同じように容態を確認する。
「──ローラン殿と、サラ殿。すまないが、席を外していただけるか? そこのドアの外で待っているだけで構わない」
ナディアキスタはそう言って二人を追い出した。
私は二人がいなくなったのを確認し、ナディアキスタの近くに寄った。
「何があったんだ?」
「いや。これだけ高熱なのに、脈も呼吸も正常なのが不思議だからな」
「視たいものがある」
ナディアキスタは自身の左目に赤い目薬を垂らし、少女の顔を覗き込む。
ナディアキスタの片目は星空を映し、ゆったりと少女の上で星が回る。けれどもう片方の目は赤く輝き、少女を照らす。
ナディアキスタの目から光が消えると、彼は「なるほど」と納得したように頷いた。
私はナディアキスタが知ったものが一体何か気になって、つい急かした。彼はそれに、にぃと笑って「喜べ」と言った。
「これはケイトや他人が怯えるような病気ではない」
「だから、それが何なのかって聞いてんだよ」
「ああ、これはウイルスでも毒でも何でもない。本当に、心配するだけ無駄だったな」
ナディアキスタは面白そうに笑い、くるりと回って言った。
それはあまりにも拍子抜けで、私は目を丸くした。
「魔力が溢れただけだ」




