125話 到着! 火竜の国
火竜の国はかつて、真珠の国と並ぶ魔女に好意的な国であった。
しかし、あるきっかけで国を守るドラゴンの怒りを買ってしまう。そしてその国は、二度と魔女が入れない国となった。
「で、そのきっかけとは一体なんだ」
小さな村で、私は火竜の国行きの船の時刻表を確認する。
ナディアキスタは乗り場にぽつりぽつりといる客を、ぼうっと眺めながら欠伸をした。
「······火竜の国を守るドラゴンには、十二の世話係がいる。元々その世話係は魔女から選ばれていたが、そのうちの一人がやらかしたと聞いていた。私が生まれるよりもずっとずっと前のことだ。よく分からない」
「そうか。だが疫病なら、俺様よりヒイラギを連れてくるべきだったんじゃないか?」
「そうなんだがな」
「否定しろよ」
ヒイラギを呼んだところで、騎士の国に来るまで一週間もかかる。それに、今回はぽんきちで来たから早かったが、本来この村までは馬でも三日の距離がある。
緊急の手紙を持って駆けつけるには、時間がかかり過ぎるのだ。
それを考えると、ナディアキスタの方が傲慢だが知識は多いし、自己中だが薬の腕はたつ。やや不本意だがナディアキスタなら、死角から原因を突き止められるだろう。
「お前が一番頼りになるだろうと思って呼んだんだ。ついて来いよ」
次の船は十五分後。今のうちに昼ごはんでも買っておこうか。
私はナディアキスタに何がいいか聞こうとしたが、ナディアキスタが目を丸くしているのに気がついた。
「ん、どうしたんだ?」
「ケイトお前······、時々大胆だな」
「はぁ?」
「いや、ごほん。言葉には気を遣えということだ。俺様でなかったらトキメキで死んでただろうからな」
「お前の口からトキメキが出たせいで私の心が死にそうだ。殺す」
「すぐに喧嘩売るクセも直せ。貴族モードになった時に差し支えるぞ」
ナディアキスタにピーナッツバターのサンドイッチを投げて渡し、私は船が来るのを待つ。
***
一日かけた船旅は、深夜に火竜の国へと送り届けてくれた。
火竜の国は、真珠の国のように陽気な雰囲気の島国ではない。
孤島。まるで死に絶えた命の流れ着く先のような静けさで、遥か空の先から海を照らす灯台の光は、ドラゴンの双眸のような恐ろしさがある。
船を降り、私はナディアキスタのスーツの胸ポケットに白い百合の花を、自分のドレスの胸飾りに白い椿の花を差す。
尖った岩の道が続くゲートをくぐり、私とナディアキスタは無言で国へと進んでいく。
岩ばかりが続く道に、明かりなんてものは無い。深夜に火竜の国へと足を踏み込んだ人は、この道で石につまづき、尖った岩に体を突き刺して亡くなる事もある。
騎士の勘と、反響する音を頼りに私は道を探り当て、国へ一歩ずつ慎重に近づく。
ナディアキスタはそんな私を後ろから眺め、「阿呆め」といきなり罵倒した。
「明かりの一つや二つ、持ってくれば良かっただろう」
「そうなんだが、ここは懐中電灯の持ち込みは禁止だ。かといって、ここに来ることなんてそうそう無いから、ランタンの用意も無い」
「深夜に着くことが分かっているのなら、あらかじめ買っておけ。仕方がない。この慈悲深い俺様が松明を用意してやろう」
そう言ったナディアキスタから、ゴソゴソと服の擦れる音がする。
どうせあいつの事だ、ローブのポケットから何か出そうとしているのだろうと思ったが、いきなり「ふんっ!!」と掛け声が聞こえ、振り向いてみると、尖った岩を魔法のブーツで蹴りつける彼の姿があった。
「はっ、あ?! バッカお前っ! 何してんだよ!」
「見てわからんのか。松明を作るんだ」
「どう見たって、頭が逝ったやつの行動にしか思えないわ! やめろ、岩を持ち帰るのは違法だ!」
「これから中心街に行くのに、『持ち帰る』とは面白いものだ。着いたら捨てればいいだけの事。それなら違法になんぞなるまい」
ナディアキスタはククッと笑うと、強化された足で尖った岩を蹴り砕く。てっぺんの部分が綺麗に取れると、尖った所を逆さに持って、ナディアキスタはそれを振り回す。
「朝の蛍火 夜の木漏れ日
なんてことない光の花よ ここに集まれ」
歌うように唱え、岩の先に空の光を集めていく。
光がまるで花束のようになると、辺りは一気に明るくなった。
ナディアキスタは私の後方を守りながら、「早く行け」と急かした。
私はナディアキスタが置いていかれないように、注意しながら先へ進む。
***
火山を囲む、火竜の国の中心街。
騎士の国とは真逆の、黒を基調とした街並みは、威厳と歴史を感じさせる。所々に特産品である糸巻きや糸車のようなデザインが施されているのは、火竜の国の地道な努力の功績を称えているようだった。
その糸車のゲートの前に、古いランタンを掲げる男の人がいた。
ナディアキスタはこっそり岩を投げ捨て、呪いを砕くと、私の出方を窺った。
男は私たちに向かって、ゆっくりとお辞儀をする。
私たちも、それに倣ってゆっくりとお辞儀をした。
「白椿の騎士様。お会いできて光栄です。私は火竜に仕える“徳”の使徒。名をローランと申します」
「“徳”の使徒殿。こちらこそお会い出来て喜ばしい限りです。長らくこちらには伺っておりませんが、お変わりありませんでしょうか」
「ええ、騎士様こそお変わりないようで」
ありきたりな会話をしていると、ナディアキスタがフンと鼻を鳴らす。まるで『大変な状況で呼びつけたくせに、何が変わりないだ嘘つきめ』と言いたげな素振りだ。私はそれを、ヒールで踏みつけて返す。
『火竜の国の挨拶文なんだよ。黙ってろ』という意図は、ナディアキスタも汲み取ったようだ。
「そちらの白百合の紳士は、お医者様ですか?」
ナディアキスタはいきなり話を振られて驚くが、すぐに納得した表情になる。花の意味にすぐ気がつくとは、無駄に長く生きているだけある。
私は「ええ」と、話を続けた。
「騎士の国、ムールアルマで最も腕の良い医者を連れて参りました」
「······ナディアキスタ・ロジャーと申す。こちらには、オルスロット侯爵の頼みで赴いた。差し支えなければ、明日にでも患者を見せてもらえないだろうか」
「ええ、もちろん。騎士様方の為に、宿の用意をしております。ご案内致しますので、本日はお体をお休めください」
「使徒殿のお気遣い、痛み入りますわ」
またお互いに深いお辞儀をし、私たちはローランの後ろをついて行く。ナディアキスタは静まった街に、キョロキョロと忙しなく目を遊ばせる。
元々深夜に出歩くことを禁じている国とはいえ、ここまで静かなのは初めてだ。
ゆらゆらと揺れる、ランタンの灯火に照らされたローランの背中は、少し疲れているように見えた。




