124話 出発! 火竜の国
メイヴィスの仕立て屋で、私は深緑のドレスの裾直しを待つ。ナディアキスタには真っ黒いスーツを用意し、メイヴィスに代金を先に渡した。
私が店の姿見を借りて髪をまとめていると、ナディアキスタが文句を言う。
「全く。多忙の身であるこの俺様を呼び出すとは、さぞかし大事な用なんだろうな」
「ああ、一大事だ。······クソッ。黒のアイライナーとシャドウ忘れた。途中で買えるか?」
「メイヴィス、用意してやれ。あと俺様のシャツをワンサイズ上にしろ。肩周りがキツイ」
ナディアキスタはめんどくさそうにため息をつき、シャツを脱ぐ。
私は髪をまとめ終えると、適当に詰めてきた荷物に混じる短刀や毒針のチェックに移る。ナディアキスタは私を見ると、「どこの国だ」と尋ねてきた。
「火竜の国だ。マーフェルキン」
「ビーブルベルのような戦争でも起きたか?」
「いや、疫病だ」
「ははぁ、お前は何というか。トラヴィチカとは別種の巻き込まれ体質だな。あればトラブルメーカーだが」
「どうせ行くだろ。古の魔法道具はあの国にもあるだろうしな」
「そりゃあ、まぁ。魔法道具の中でも、一等複雑にして高等だからな。あの国にあるのは、誰にも真似出来ない魔法道具だ。後にも先にも、あの一つだけだ。それを作れる魔女も、ただ一人」
ナディアキスタはサイズアップしたシャツに袖を通す。
私は裾直ししたドレスを着てみた。
フリルは少なめ。Aラインのシルエットが大人っぽい雰囲気を醸し出す。黒いコルセットは女性らしい体のラインを強調しつつ、細やかなデザインが可愛らしい。コルセットの紐を締めていたメイヴィスが、「ん?」と首を傾げた。
「ケイト様、また細くなったかい?」
そう尋ねられても、私にはあまり違いが分からない。
前とそう変わっていない気もするが、ナディアキスタが「本当だな」と腕を組む。
「食事はきちんと食べているのか?」
「お前んとこから送られてくる野菜、もりもり食ってるよ。まだ薬品臭くてかなわんがな。肉も米も、モーリスがバランス良く摂れるようにしてくれる」
「運動量が増えたか?」
「毎日戦場駆け回ってりゃ、そこそこ多いだろうな」
「······魔物を食べたり、なんてしてないよな?」
「当たり前だろうが。定期的にお前に進行具合確認されてるのに」
メイヴィスはケラケラと笑って、「ただ痩せただけだよォ」とナディアキスタに言った。
「女の子ってのは、男が思うよりも体の変化が大きいのさ。ケイト様みたいに運動量が多けりゃ、そりゃあ痩せて当たり前だろォ? そんな不安になるような事ァないってェ」
ナディアキスタは「そうならいいがな」と言って、納得した様子はない。まだ何か考えている素振りを見せるが、私が聞く前に、メイヴィスの直しが終わってしまった。
「うんうん。袖はあんまり変わってないからこれでいいねェ。裾は少し長くしたから。いつの間に背が伸びたんだろうねェ。靴の方だけどさ、前はパンプスで十分だったけど、今は少し高めのにしたよォ。大人の女性は、こっちの方が良く似合うもんだ」
「ありがとう、メイヴィス」
ナディアキスタは「行くぞ」と言って、仕立て屋を出ていった。私は久しぶりのドレスの裾を掴み、彼の後を追う。
***
国の外に出ると、ナディアキスタはガラスの馬を出し、ひらりと背中に乗る。
「行先は火竜の国だったか」
「ああ。ここから北東に進んだ先の小さな村に、火竜の国行きの船が出てる。その村まで行くぞ」
「面倒だな。直接飛んで行ったら駄目か」
「ダメだ。今は昔以上に厳しくなってる」
ナディアキスタはそれを聞くと頭に『?』を浮かべて、私の手を取り、ぽんきちに乗せた。
「俺様が最後に行った時は、真珠の国と同じく魔女の国だったぞ」
「今は違う。その最後が何百年前が聞きたいが、この話は後でしてやる」
ナディアキスタがぽんきちの腹を蹴ると、ぽんきちは目にも留まらぬ速さで野を駆け出した。
私は振り落とされないようにナディアキスタに掴まり、目まぐるしく変わる景色に目を細めた。




