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122話 日常に割り込む 2

「で、結局私を呼び出したのはなんだったか」


 遅めの昼食を囲みながら、私はそう切り出した。すると、ナディアキスタは思い出したようにエリオットを指さした。


「こいつを連れて帰れって言いたかったんだ!」

「残念手遅れだ。つーか、あんなに真剣にゲームしておいて、ウザったく思うって······」

「いや。ゲーム自体俺がナディアキスタ殿に負けたら、森を出ていくって話だったんだ」

「それで白熱してたのか」


 エリオットは照れながら頷いた。ナディアキスタはサラダにフォークを突き刺す。


「だいたい、朝にいきなり来たかと思えば、『森の手伝いをさせてくれ』だなんて言い出す。そりゃあ、畑仕事や粉引き、綿花の加工や布織りとか色々やることは多いがな」

「おい、ちょっと待て。なんで私に話をしない。ここは記録上、私の領地だ」


 エリオットは「ごめんね」と微笑んで謝る。数多の女性、それもエリオットのようなタラシに耐性のない女なら、コロッと落ちて許していただろう。だが、相手は散々エリオットに絡まれた私だ。ナイフをエリオットの指の隙間に突き立てる。エリオットは笑顔のまま固まっていた。


「次やったら、このナイフはお前の手に刺さってるからな」

「············肝に銘じるよ」

「おいっ! お前、俺様のテーブルに傷をつけるな! あーもう深く突き刺しやがっ······おい、抜け。俺様じゃ取れない」


 エリオットはナイフを抜き、食器棚から新しいナイフを取ってくる。

 私はキッシュと厚切りベーコンのソテーを腹に詰め込んだ。


「ナディアキスタ、畑はまだ広げるのか?」

「いいや、あれだけあれば十分だ。肥料の混ぜこみは終わったからな。後は種を植えるだけだ。今年はホワイトローズを植えようと思っている」

「香水加工か?」

「それもあるが、俺様の(まじな)いの材料と、オルカたちに届ける分だ」

「魔女信仰?」

「ああ。毎年秋に花を降らせるんだ。とはいえ家の中でだがな。外では大っぴらに出来ん。その花の色は一月の満月の色で決まるんだが、今年は白だ。魔女の祝福も、バラが良いと占いで出た。ちょうどいいだろう」

「そうか。なら、うちの庭で育てているバラと同じ種をやろう。モーリスが趣味で育てているが、なかなかいい花が咲く。その代わり、トマトの苗を分けてくれ。ヒイラギが欲しがっていた」

「まぁ、その条件なら貰ってやらんことも無い。この高貴な魔女の目に留まったことに感謝しろ」

「さっきのナイフ、お前に刺せばよかった」


 ついいつものクセで、領地の話が進んでいく。エリオットが置いてけぼりになり、私は「すまん」とひと声掛けた。

 エリオットは「仲がいいね」と笑った。



「「仲良くない。絶対こいつと一緒にするな」」



 声がハモリ、私とナディアキスタは睨み合う。

 こんな傲慢で高飛車で自分のことしか考えていないような奴と、これだけ喧嘩しているのに『仲が良い』だと?

 エリオットの目は節穴なんじゃないだろうか。

 ナディアキスタは不満げにキッシュを頬張る。エリオットに「言っておくがな」とフォークの先を向けた。


「こんな野蛮で脳筋で、イノシシを素手で狩ってくるような人間離れした奴と、交友関係を持ってみろ。絶対に頭が狂って精神病棟行きになる。仲が良いわけではない。利害の一致があるから行動しているだけだ。嘘でも仲が良いなんて言うな。鳥肌が立つ」


 気がつけば私の左手は、ナディアキスタの首に手刀をかましていた。


 ***


「あんまり怒ることは無いぞ。兄さんは、素直じゃないからな」


 オルテッドと一緒に畑に種を撒きながら、彼にそう慰められる。

 大根の種をちまちま土に埋めながら、私は「言い方があるだろ」と不満をこぼした。


「いつもいつも偉そうにして。そろそろ態度を柔らかくしてもいいんじゃないか? オルテッドは凄いな。あんな奴と五十年も居られる」

「はは。ただの慣れだよ。俺だって、いつも腹が立つ。けれどな、兄さんはそれ以上に優しいんだ」


 撒いた種を丁寧に埋めて、オルテッドは農具を片付ける。

 エリオットと何か話しているナディアキスタに向ける目は、感謝と尊敬、愛情がこもっていた。


「兄さんの過去は知っているだろう? 彼は、誰かに愛されたことは無い。魔女だから、迫害されることも多かった。だから、自分の腕の中、自分の後ろを歩く人がいるのは兄さんにとってとても嬉しいことなんだよ」


 どんな形であれ、ナディアキスタは弟を守ろうと努力を続けてきた。そして、自分の森の領民も誰ひとりとして見捨てることは無い。

 ナディアキスタの歩いてきた道を考えると、今あるこの幸せは彼の全てなのだ。そして、彼にとってまだ薄氷の上にあるのだ。


「だから、ケイトがいてくれて、俺は本当に良かった」


 オルテッドはそう言うと、私の手を握る。

 私はオルテッドの言っていることが、よく分からなかった。

 オルテッドはニコニコして話す。


「ケイトは、正しい道を突き進む。それが、世間の論理に反していることでも、『正しい』と思った方の味方をする。ケイトは、誰に何を言われても動じない。誰の目も気にしない。だから、兄さんの隣に立ち続けてくれるだけで、兄さんは嬉しいんだ」



「自分が家族を持つこと、誰かを守ること。自分のために、何かをすること。全て否定されてきた兄さんに『間違ってない』と言ってくれる人が、君なんだよ」



 ナディアキスタの手の内にあるものは、いつも他者によって叩き落とされてきた。それを、同じ他者である私が、拾い上げたのだという。


「兄さんが(いにしえ)の魔法道具を集めると言った時に、君は『手伝う』と言ってくれた。それだけで、兄さんは救われたんだ」


 オルテッドは私の手を離すと、片腕で私を抱き寄せる。震えているような、力強いような手は、私の腕を優しく擦る。それがまた、心地良かった。



「兄さんと一緒にいてくれて、ありがとう」



 ──感謝をするのは、私の方だ。

 家族がいたのに、ずっと孤独だと思っていた。家族が死んだ後も、私はいつも通りの生活を送った。最初からいてもいなくてもいいものだったのだ、と知った時、私は虚しさを覚えた。けれど、ナディアキスタが何度も屋敷に侵入してきたり、オルテッド達と一緒に畑をいじっていると、大家族に囲まれたような気分になる。


 自分を見失っていた私を、引っ張り出したのもナディアキスタだ。


 私はオルテッドを抱きしめ返す。「私の方こそ、ありがとう」と返して、出来る限りの感謝を込めた。

 オルテッドと離れると、お互いに服が汚れていた。土いじりをした後だから、とオルテッドが言うと、何だかおかしくなっている。

 二人でクスクス笑いながら、ジョウロを探しに行った。


 ***


 ナディアキスタの小屋の近くで、エリオットはナディアキスタに農具の使い方を教わっていた。


「これがクワで、こっちが(かま)だ。分かったか?」

「ああ。で、これはどうやって使うんだい?」


 ケイトと違って何も分からないエリオットに、ナディアキスタは頭を抱える。一から説明してみるが、エリオットはあまりピンと来ていないようだ。

 ナディアキスタは仕方なく、「明日また来い」とエリオットに言った。


「この俺様が直々に、畑仕事のやり方を教えてやる。汚れてもいい服で来いよ。ケイトみたいにな」

「え、明日も来ていいの?」

「あ、しまった······クソ。仕方ない。許可してやる。ただ、俺様の言う通りにしろよ。一つでも間違えたら追い出してやるからな!」


 ナディアキスタは失言したと、ぷりぷり怒りながら農具をまとめて置く。

 エリオットはオルテッドとケイトが仲良さげに話をしているのを見ながら、「ナディアキスタ殿」と弱い声をかけた。



「もし、まだ父が許せないのなら、俺が責任を取るよ」



 エリオットの言葉に、ナディアキスタは目を丸くする。

 エリオットは胸を押さえて続けた。


「父上が、君の弟にしたことは許されない。その息子である俺が、ここにいるのは気分が悪いだろう。望むなら、俺は君の前から消えるし、なんなら、どこか遠くに行ってもいい。父上の過ちを、息子が償うのは当然で──」


 エリオットがいい切る前に、ナディアキスタはエリオットの顔を殴った。

 エリオットはぽかんとしてナディアキスタを見る。


「いった! 俺様の拳の方が痛い! なにこれ、鉄か!? いった、腫れてきたんだが」

「え、ナディアキスタ殿?」

「······俺様に殴られた理由が分からないといった顔だな。教えてやろう。お前がふざけたことを言ったからだ」


 ナディアキスタは赤くなった手を振りながら、エリオットを睨む。


「ったく、ここまで馬鹿だとは思わなかった。いいか? 俺様が恨んでいるのはお前じゃない。お前の親父だ。そして、お前が気に病む理由と俺様に因果関係はない。お前には悪いが、報復は果たし済みだ」

「──あの、原因不明の心臓病?」

「ああ。俺様の(まじな)いの花束でな。恨むとしたらお前の方だ。だが言っておくぞ」



「罪は犯した人間のものであり、他人には関係ないものだ。血縁だろうと友人だろうとな。お前が『息子だから』なんて理由で気に病むことも、俺様が恨むこともない。安心しろ。お前が俺様の怒りに触れないうちは、殺したりなぞせん」



 ナディアキスタはそうエリオットに告げる。

 エリオットは少し悩むと、「そうか」と安心したように笑った。


「父上のことは、俺も恨んだりしないよ。自業自得だもんな」

「分かったならいい」

「······明日、畑仕事が終わったら、また『精霊遊戯』しないか? 今日はケイティが手を出したから、引き分けってことで」

「はっ、せいぜい俺様に勝てるように勉強するんだな。──って、あ! また約束しちゃった」


 エリオットは地団駄を踏むナディアキスタをくすくすと笑った。ナディアキスタはそれが面白くなくて、エリオットを追いかける。

 ある森の日常に、もう一人仲間が加わった昼下がりだった。

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