121話 日常に割り込む
コン、コン、コン······──
窓をつつく音で目が覚めた。
私はまだ眠い瞼を擦り、ゆっくり体を起こす。
すっかり明るくなった部屋のカーテンを開け、窓の鍵を外す。
窓を開けると心地よい風が入ってきて、私の髪をふんわりと梳かした。
ヘリにちょこんと佇む白い鳩が、宝石のような瞳で私を見上げている。
「おや珍しい。可愛いお客さんだ」
私が鳩に触ろうとした、瞬間だった。
『ケイト! 今すぐ森に来い! この荷物を引き取れ馬鹿者!』
拡声器か! と言わんばかりの大声で叫び、鳩は飛び立つ。
聞き慣れた声を発した鳩を見送って、私は舌打ちをする。
前言撤回。全然可愛くない。むしろ腹立たしい。
びっくりしたモーリスが部屋に飛び込んで来た。モーリスも時計を見やり、ハッとする。
「申し訳ごさいません。獣の国から帰国して間もないですから、休日くらいはゆっくりお休みいただこうかと······」
「起こさなかったことは構わない。お陰でぐっすり眠れた。モーリス、出かけるから軽食を作ってくれ。それ食べてから行く」
「承知致しました。ちなみにどちらへ」
「疲れているようだな。軽食を作ったら、モーリスも休むといい」
私は窓を閉めて着替えをベッドに放り投げる。それと一緒に、エルフの剣も放り投げた。
「魔女の森だ」
***
騎士の国の東に位置する魔女の森。
草をかき分け、ナディアキスタの掘っ建て小屋に突入したまではいいが、状況がイマイチ読み込めない。
羊肉のミートパイを食べるナディアキスタ。
彼にコーヒーを出すついでに自分も飲むオルテッド。
シャツにジーンズなんて滅多に着ないラフな服装のエリオット。
その三人が何故か、碁盤を囲み、色とりどりの宝石を枠内に置いていく。
「──おい、ナディアキスタ」
「しっ! 今いい所なんだ。むー······そらっ! 『サラマンダーの尻尾』だ!」
「あっ! それは困るっ! えーと、『活発化』に対する対抗策は──」
「エリオット、そこの緑の──」
「ああ、『安定』! これを前に二つ」
「おいオルテッド! 口を挟むのは卑怯だ!」
話が見えないし、なんなら置いてけぼりを喰らっている。
エリオットとナディアキスタは接戦状態で、私を呼び出したことすら忘れているようだ。
オルテッドが私に気がつくと、いそいそとコーヒーを入れて「すまないな」と手渡す。
「兄さんがな、エリオットと少し遊んでるもんで。いやぁ、久しぶりにアレを引っ張り出したものだから、ついつい熱中しちゃって」
「あれはなんだ。宝石を碁石代わりとは、金持ちみたいな遊びだな」
「あれは『精霊遊戯』という、チェスというか、将棋というか──囲碁だな」
オルテッドは私にルールを説明してくれる。
緑の宝石が『エルフ』で、チェスでいうキングなのだと。
ガーネットが『サラマンダー』、サファイアが『ウンディーネ』、琥珀が『ノーム』、オパールが『シルフ』。
最初は『混沌』から始まり、この五種類の石を交互に動かして、最後に『平和』を作り出した方が勝ちだという。
「チェスみたいなものか? いや、囲碁と言っていたか」
「実際のところ、何が一番近しいか分からない。これは魔女の暇つぶしから始まったゲームだからな」
「へぇ。······ああそうか。なるほど」
だがチェスのような進軍なんて出来ない。
碁盤にある石は五種類しかない。だがそれとは別に、十二種類の透明な石があった。
「あれは?」
「星座だな。あれもそれぞれに意味があって、動かせる位置も違う。位置によっては碁盤の世界が変わる。まるで星占いだな」
オルテッドの言葉に、私は少し興味が出てきた。
けれど、それならナディアキスタの方が有利なのではとも思う。
(いや、違うか)
ナディアキスタの星占いは独学だ。なら、きちんとした天文学を習ったエリオットの方が優勢だろう。けれど、星の巡りを読むのはナディアキスタが上だ。
なるほど。星巡りの魔女と天文学の真剣勝負なのか。
そう考えると、二人が真剣な顔で碁盤を睨むものわかる気がする。
「えぇと、双子座がコミュニケーションを司るから、この位置にあると『サラマンダー』の『活発化』で情報のやり取りが激しくなる······」
「この星の置き方は【回り続ける羅針盤】で、多すぎる情報量に押し流される。対策としては【北を差す風見鶏】だが、クソ! 『シルフ』が遠い!」
私は二人の勝負が段々と面白くなってきて、オルテッドと「どっちが勝つか」の話で盛り上がる。
ナディアキスタだ、いいやエリオットだと話をしながら、碁盤の世界を見守っていた。
──しかし、待てど暮らせど終わる気配がない。
すっかり昼になったというのに、ナディアキスタは未だ朝食のミートパイを食べ終えていないし、エリオットも角度の計算を始めた。
オルテッドと昼食の準備をして、ナディアキスタの小屋に運んでも終わりが見えず、二人してブツブツ呟いて碁盤の石を動かしている。
「おやおや、まだ終わっていなかったのか」
オルテッドもさすがに呆れ、昼食を傍に置いて「そろそろ」とナディアキスタを止めに入る。私もエリオットに「終わりだ」と声掛けたが、無視されるわ肩に置いた手を叩かれるわで面白くない。
横から碁盤を覗き、今の星を確認する。
「えーと、『ウンディーネ』が『射手座』に作用して停滞気味、『射手座』を動かして······いや、『水瓶座』が停滞する」
「どこの星を回そうと、上手い配置にならないな。どうやって切り抜けたものか」
二人がそう呟いていた。
私は星のことはあまり分からないが、オパールを手に取って、碁盤の真ん中に置いた。
「この石が『シルフ』を表すなら、『身軽』『解放』『自由』を司るはず」
私が何となく置いた碁盤に、ナディアキスタとエリオットが立ち上がる。
「「『平和』だぁ〜〜〜〜〜!」」
お前らの脳みそがな。と言ってやりたいが、目から鱗の星置きにナディアキスタは「その手があったか」と悔しがるし、エリオットは「これは予想外だ」と興奮する。
「そっか! 全部停滞してるなら、全部『解放』すればひっくり返る!」
「くっそ! 『安定』の『エルフ』を真ん中に置く以外の方法があったのか! くっそよりによってルールも分からん奴にしてやられた!」
相反する二人の反応を、私は鼻で笑ってやった。




