120話 決着! 獣の国
カロルの姿が元に戻り、戦争の元凶たちを捕まえた。
けれど、国民たちの他種族への怒りや偏見が無くなるわけではないし、戦争そのものが消えたわけでもない。
さぁ、どうしたものか、と考えていると、エリオットが提案する。
「裁判でいいんじゃないか? この国は唯一の民主政治だから、自ずと失脚するのは目に見えてる」
「それもそうだな。けれど、裁判にするにしても証拠、証言、手続きなんて面倒なことが目白押しだ。兵士が進軍するまであと三時間。どうやって全部揃える気だ」
エリオットはむぅ、と悩ましげに顎に指を添える。
すると、ナディアキスタは豪快に笑い出す。
「はーはっはっはっ! 貴様らは本当に馬鹿だな! この俺様を前に、なぜそんなことが言える!? なるほど、『共通の敵』! そうすれば、多少偏見は残れど、国はまた一つになる!」
ナディアキスタは「ホークスキッド!」とメイヴィスとモーリスに声をかけた。
「お前らにしか出来ないからな。やれ」
「っかぁ〜、兄さんは本っ当に人使いが荒いねェ」
「はい、承知致しました。私にお任せ下さい」
メイヴィスとモーリスは獣の国へと走っていく。
ナディアキスタはオルカに獣人側の警備員を連れてくるように命令する。そして、その場に腰を下ろし、人形用のトルソーを出すとガラスの棒で叩く。
シャツと赤いスカートが出来上がると、カロルも同じ服を着ていた。
「ああ······腹の周りを締めつけてくるヤツ」
「メイヴィスもいないし、俺様にオシャレなんて分からん。急ごしらえなら、この程度で十分だ」
ナディアキスタはエスコートするように、カロルの手を引いた。
私はエリオットと一緒に、騎士団の元へ向かう。
まだまだ長引きそうな一件に、私は肩を回した。
***
「いやいやいや。絶対長引くはずだったじゃん······」
帰りの馬車で、私は不満を垂れ流す。
カロルを連れて国に帰ってみれば、モーリスとメイヴィスがこの上なく良い笑顔で、分厚い資料と研究書の束を抱えて出迎えていて、オルカが遅れてきたかと思えば、研究所の捜査が始まり、人間の警察組織と連携を取り、カロルの非人道的実験が事件として成り立った。
さすがに裁判の日取りは時間がかかるが、ウィリアムとササラトの辞職は確定で、終身刑まで視野に入れてあるようだ。
「いや、だって絶対騎士団が後始末する雰囲気あったじゃん。私も忙しくなるな〜って思って、気合い入れたのに損にも程がある」
結局、私がしたことは裁判を行うまでの手続きと、弁護士の雇用くらいなものだ。ナディアキスタの占いの元、信頼出来るフクロウの弁護士にお願いし、自身も証人として裁判に参加する旨を伝えられて、諸々の費用の立て替え。
──私でなくても出来る仕事だ。
「あーあ、いっそウィリアムをボコボコにしておけば良かった。まさか猫騙しで気絶するなんて······」
「ケイティの猫騙しは、誰だって腰を抜かすだろう。俺だって、一回やられたし」
「見ものだったな、初めての剣技大会の決勝だっけ?」
「言わないでよ。まだ恥ずかしいんだから」
同じ馬車に乗っていたウィリアムに声を掛けられ、私は席を譲る。
エリオットは会釈して隣に座ると、ふぅ、と息をついた。
「······すごかったねぇ。ナディアキスタ殿」
「あぁ。弟たちに手伝ってもらったとはいえ、後の始末を全てつけて帰ったんだから」
「本当に。俺が騎士団に帰国の通達と、荷造りの指示をしている間にだよ? びっくりしたんだから」
「私も、奴の仕事の早さには時々驚かされる。慣れもあるだろうな。あいつは、私以上に──いや、誰にも想像出来ない人生を歩んでいる。それを、傲慢なんて皮で隠しているんだ。見事なもんだよな」
私はふと、外を見やる。
どこまでも続く野原はのどかなものだ。風にそよぐ草波と、青い空をゆったりと泳ぐ雲。大きく息を吸い込むと、嗅ぎ慣れない、太陽の匂いがした。
馬車の外。顔を出せばそこにある世界は、戦場を駆ける私とかけ離れた平和な世界だ。
この世界を守るための剣と、信念。
それを汚してでも、私は······自分を守ったのだな。
(愚かでもいい。──私は、幸せになりたかったんだ)
私は、誰に聞かせるでもない言い訳をして、目を瞑る。
エリオットは、「あのさ」と私に声をかけた。
「婚約したいって、話。やっぱり忘れてくれないか?」
私は驚いて、エリオットの方を向く。エリオットは決してふざけているわけではなかった。真っ直ぐで、透き通った目で、私をじっと見つめている。
「婚約したいのは、嘘じゃない。なんなら、君以外の女性に近づくことをやめると宣言してもいい。それくらい、君の事が好きだ。けれど、今回の件で思い知らされた」
エリオットは自分の父親の話や、ナディアキスタの背中を見て、自分の世界観の脆さと幼さを知ったという。
「俺、本当はずっとケイティが『道を踏み外しているんだ』って、『俺は間違ってないんだ』って、思ってたんだ。けれど、ナディアキスタ殿に言われて、ケイティや彼と、その弟たちと一緒に過ごしてみて、なんかその······自分の愚かさが、痛いほど身に染みて」
エリオットは私の手をそっと握った。
私の髪をかきあげて、真剣な声色で、誓うように言った。
「今の俺は、ケイティに相応しくない。ナディアキスタ殿の言う通り、君は正義に味方している。俺は、言われた通りに動いていただけだ。だから、君に相応しい男になってから、君に交際と婚約を申し出たい」
「待っててなんて言わない。一日でも早く君にこの身を捧げられるようにするだけだから」
エリオットは私の額にキスを落とした。そして、後から恥ずかしくなったのか、耳まで真っ赤にして馬車の奥へと引っ込んでしまう。
私はエリオットの行動がおかしくて、笑ってしまった。
「私が他人と婚約だって? 馬鹿な奴。私が誰か知ってるくせに」
つい、自虐的にエリオットの申し出を否定したが、私も遅れて顔が熱くなる。
私は膝を抱えて顔を埋めた。
晴れた空を、二羽の小鳥がじゃれ合うように飛んでいた。




