119話 真実は見えないところにありて
ウィリアムは、私を殺すために様々な武器を出した。
自動拳銃、組み立て式短機関銃、身体強化補助アーマー、果ては猛毒のスプレーやレーザーソード? らしきものを。
自国で生産したものであれば、私を追い詰め、苦しめ、殺せると思ったようだ。
ナディアキスタは泡を吹いて倒れているウィリアムを指先でつつくと、鼻を鳴らす。
「人間は愚かで浅はかで、救いようのない人間だとは常々思っていたが、これほどまでとは思わなんだ」
ナディアキスタはそう言うと、銃だったものを拾い上げてウィリアムの顔に投げつけた。
「──接近戦では、剣の方が遥かに早い。武道の心得があれば、素手が一番だ。それすら分からず、最新鋭の物を揃えるなんて」
私は剣を鞘に収めた。
たった数メートルの距離。銃の方が威力は強いが、それは準備が全て終わった後であることが前提になる。
銃を抜き、安全装置を外し、撃鉄を起こし、狙いを定め──なんてやっている間に、自分の首のない胴体を見ることになる。それくらい、スピードがものを言う。
身体強化も、アーマーが簡単に切れてしまっては意味をなさない。さすがに毒はナディアキスタの防壁に助けられたが、レーザーソードらしきものは、私が毒霧から飛び出し、ウィリアムの腕を折って蹴り落とした。
──いかに強い武器だろうと、私たちの前では玩具も同じ。
ナディアキスタはエリオットの方に行くと、傷のある所をじろじろと見て、私にも使った傷薬を適当にかけた。
「明日か明後日くらいには治るだろう」
「ありがとう。助かったよ」
「礼はメイヴィスとオルカに言え。俺様はお前の援護をしていない」
ナディアキスタはつんとしてお礼を跳ね除けると、私の方に戻ってきた。
「素直じゃないだけだから、気にしないでおくれ」
「うん。ナディアキスタ殿から素直に『どういたしまして』とか言われたら、多分困るし」
「聞こえてるぞ! 声を落とせ馬鹿共め!」
私は頑張って笑いを堪えるが、ナディアキスタに脇腹を殴られた。
割と痛くて文句を言おうとしたが、新しいシャツを投げられて顔を隠される。ますます分からない。
「おい! お前なぁ!」
「服を着ろ! いつまでもその格好でうろちょろされては困る!」
「はぁ!?」
どんな格好だ! と言いかけたが、私は自分でシャツを破いて包帯にしていたし、中に着ていたキャミソールも、撃たれた時に腹回りがビリビリになっていた。
なるほど、これか。と納得して私はシャツを着る。男物の大きいサイズで、袖が余る。何とか捲ろうとするが、反対側の袖がズルズルと落ちてきて邪魔だ。
「破いていいか?」
「メイヴィス! この原人騎士を手伝ってやれ!」
私はナディアキスタの背中を、強めに蹴り飛ばした。
***
ウィリアムとササラト、虎の獣人を仲良く一緒に縛り上げて、私とナディアキスタはカロルの前にしゃがむ。
「どうやって姿を戻そうか」
「魔女の魔法道具が見つからない以上、お前の百年がかりの呪いが頼りになる。それだけは勘弁してくれ」
「この俺様の格式高い呪いにケチをつけるな。お前をヒキガエルにして、魔法薬の材料にしてやる」
「やってみろ。未来永劫呪ってやるからな」
「兄さんたちっテ、なんで一緒にいるンダ?」
「知らないよォ。喧嘩するほど仲がいいってやつじゃないのかい?」
「喧嘩の内容が物騒だがな。楽しそうでなにより」
「「聞こえてんだよ!」」
私とナディアキスタの声がハモる。
お互いを睨み、舌打ちをしてそっぽを向く。
「まずカロルを安全地帯に逃がしてからにするか?」
「それもそうだな。このまま義賊の森に隠そう。ケイト、迷わない所まで護衛してやれ」
私とナディアキスタで話をしていると、カロルが突然ポロポロと泣き出す。私はギョッとして慰めようとするが、どうしていいか分からない。ナディアキスタもオロオロして何も言えなかった。
「ごめ、なさ······もう、このまま。戻れないのかなって······思っちゃって。泣くつもりは、なかっ······うぅ〜〜〜」
「いや、そうだよな。泣くよな。えっと、えぇ〜っと」
「慌てるなケイト! 必ず元の姿に戻してやるから、えっと、えっと、飴食べるか?」
ナディアキスタの慌てた姿に私はため息をつく。けれど、カロルを慰める術なんて私には無い。
すると、エリオットがカロルの前に膝をつく。カロルの手を取り、涙を拭う。
「大丈夫だよ。君は、ちゃんと元の姿に戻れるさ。だって、ここには騎士団一強い騎士と、なんでも出来る魔女がいるんだ。出来ない方がおかしいだろう?」
「エリオットめ、しれっとハードルを上げてくれたな」
「······でも、エルの言う通りだ。私とお前がいて、何も出来ないはずがない。なんならナディアキスタの弟たちも、モーリスも、エルもいる。出来ない方がおかしい」
「それもそうだな。獣の国から研究資料を盗み出すでも、何でもすればいい」
どうせ“悪役”なのだ。だったら、いっそ何でもしよう。
「獣の国の歌にもあるもんな。“心は全てを映す鏡”、“心で見るものこそ真実だ”」
私はそう口にした時、「あれ?」と思った。
ナディアキスタも、不思議そうな表情でキョロキョロし出す。
この国の魔女の魔法道具は鏡だ。この歌の歌詞も鏡が出てくる。
「あ〜、ナディアキスタ。もしかして······」
私が尋ねる前に、空から淡い光が降ってきた。
それは私の周りをクルクルと回り、胸の前で集まり始める。
誰もが光に目を奪われた。その光が手鏡の形を成すと、私は自然と手を伸ばす。光を掴むと、それは火花のように弾ける。木彫り美しい手鏡が、私の手に握られていた。
「『真実を映すもの』だ」
私は鏡を、カロルに渡した。カロルはそれを受け取ると、恐る恐る自分の顔を見る。けれど、何も変わらなかった。カロルは諦めた顔で「戻らないのかしら」と、弱音を吐いた。
ナディアキスタは「そんなことはない」と強気に返す。でも、変化しそうな様子もない。私は、カロルに「大丈夫だから」ともう一度鏡を見させる。
「君は、必ず元の姿に戻る。──私は、信じているよ」
······何が引き金になったのか、鏡を覗いたカロルの体が輝き出した。蛍のように遊ぶ光が空に放たれる。最後の光が消える頃、カロルは人間に戻っていた。その一糸まとわぬ姿に、モーリスとナディアキスタは、最低限のマナーと言わんばかりに目を背ける。
エリオットはマントを外し、カロルにそっと掛けて背中を向けた。
私は彼女に「言っただろう?」と微笑む。カロルは初めて、安心した笑顔で泣き出した。
私はカロルを抱きしめながら、背中を優しく叩いてやった。
「ああ、朝だ」
エリオットは朝日に目を細めた。私も顔を見せる太陽を見つめる。
誰もが訪れた朝に笑顔をこぼした。カロルは私の胸に顔を押し付けて声を上げて泣く。私は「良かったなぁ」と、カロルの頭を撫でた。
朝焼けに染まる大地は、今までで一番、美しい景色だった。