表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/158

118話 魔女と弟たち

 銃弾の嵐が、真っ赤な椿に変わる。私の上にハラハラと散る椿の花弁は、優しい香りを放っていた。

 緊迫した空気を裂くように、優雅に響き渡るバイオリンの音色。それは誰もを魅了し、動きを止める。······敵も、味方も。

 泣きじゃくる幼子を寝かしつけるような曲は、段々と速さを増し、激しくなっていく。私はその音に耳を傾けていた。


「? ······!! カロル、耳を塞げ! エルッ! 耳を塞げ!」


 毛が逆立つ感覚と、胸をまさぐられる気持ちの悪さ。私は咄嗟に耳を塞ぎ、彼らにも注意を促す。エリオットとカロルは不思議そうに耳を塞いだ。



「あいっ変わらず、獣のような勘だな。正しい判断だ!」



 偉そうな声が聞こえたかと思えば、バイオリンの音は突然不協和音に変わる。

 ウィリアムやササラトたちはその音に耳を塞ぐが、少し遅かったらしい。激しい頭痛に苛まれ、彼らはしゃがみこむ。

 脂汗を浮かべ、ウィリアムはうずくまった。地面に落としたドローンの操作スイッチを、ぐしゃ、とモーリスが踏み潰した。


「モーリス、ケイトの傍を離れるな」

「はい魔女様、そのように。──私の主人がお世話になりました。ウィリアム様」


 モーリスのオッドアイの瞳が怪しげに光る。ウィリアムの見下ろし、モーリスは紳士的な態度を保ちながらも、怒りを醸し出していた。


「メイヴィス、エリオットのサポートに回れ。オルカもだ」


 不協和音は私の傍にまでやってくる。私の頭に冷たい液体がかけられた。


「ったく、この俺様に貴重な薬材を使わせるとは。お前も偉くなったものだな」


 上から目線な言葉と、傲慢な態度。

 私は痛みに呻いたが、体の傷はみるみるうちに治る。折れた骨も、空いた穴も、すっかり治った私はフラフラしながら立ち上がる。


「うるさいな。お前がケチ臭いだけなんじゃないのか? ナディアキスタ」


 ナディアキスタはふん、と鼻を鳴らすと、バイオリンをギリギリ言わせて弓を引く。

 すると、ドローンがひとりでに壊れ、粉々になって地面に落ちた。


「不死鳥の涙はとても貴重なんだ。コルムの店でも年に数回しか仕入れられない。それを一瓶全部使わせたんだぞ。十金貨(レール)もするのに」

「そいつはご愁傷さま」

「誰のせいだと!」

「ウィリアムが来るのは想定外だったんだよ!」


「顔合わせたら喧嘩しないといけない(のろ)いにでもかかってらっしゃるんですか? 今はそれどころじゃないでしょう?」


 モーリスに止められて、私とナディアキスタは同時にそっぽを向く。



「助けに来てくれてありがとう!」

「俺様を呼んだことは褒めてやってもいい!」



 モーリスに素直じゃない、と呆れられながら、ナディアキスタはササラトとウィリアムを交互に見る。


「はぁ、まぁ。そうだよな。関係者だもんな。どっちも、うん······うん」

「気持ちはわかるぞ。味方が敵だった時、苦しませるか苦しませないかで悩むよな」

「違う! 俺様はそんなことで悩んでるんじゃない! ウルルたちに説明するのに悩んでるんだ」

「そのまま伝えてやれ。この場合の嘘は毒になる」


 だが、ややこしい。

 両陣営のリーダー格が、カロルの人体実験に関わっていて、どちらもカロルの怒りを利用して相手を潰そうと考えていた。

 どちらが先かはどうだっていい。けれど、命が軽視されていたのは事実だ。

 私たち騎士団や、ナディアキスタたちが振り回された。


 その落とし前は、つけてもらう必要がある。


「カロルの治療に回ってくれ。ウィリアム一人なら、私だけで十分だ」

「ドローンはどうする気だ? まだ残ってるかもしれん」

「また壊せばいい。別の兵器が出てきても、壊せばいい」

「ケイトらしい。が、お前の治療にまでは手が回らん。覚えておけ」


 私はにぃ、と悪役らしい笑顔を浮かべた。


 ***


「さぁさ、エリオット様。助けに来たよォ」


 メイヴィスは笑顔でエリオットと虎の獣人の間に立つ。

 エリオットの方を向いて、「あたしに任しとくれ」と親指を立てる。


「メイヴィス、君は女性だろう。相手は男で、しかも虎の獣人だ! 勝てるわけがない!」

「あら、心配してくれてんのかい? 大丈夫だよォ」


 メイヴィスは「やだねェ」と言ってエリオットの肩をはたく。

 ササラトは虎に、攻撃命令を出す。

 虎の獣人が足音を消して、メイヴィスに飛びかかった。エリオットが庇おうと動く前に、メイヴィスは鋭い蹴りを虎の獣人に突き刺した。


「まだあたしが話してたろォが」


 メイヴィスに蹴り飛ばされた虎が地面を転がると、ササラトは驚いた顔をする。


「お前は······」

「あたしはメイヴィス・ホークスキッド。ケイト様御用達の仕立て屋さ。死にたくなけりゃあしっぽ巻いて逃げるんだねェ。あたしの蹴りは、ケイト様より強いよ」


 虎は負けじとメイヴィスに飛びかかる。低い姿勢で爪を向ける虎を、メイヴィスはひらりと宙を舞って避け、重力を利用して奴の頭蓋骨を砕こうとした。メイヴィスの足は虎が転がり避けたところの地面を穿つ。


「すばしっこい奴だねェ。デカブツごときがっ!!」


 メイヴィスは舌打ちをし、獣人を追いかける。

 ササラトはメイヴィスがエリオットから離れた隙を突いて、エリオットの喉に牙を立てる。



「やめロ!!」



 オルカがササラトの首に噛みついた。

 オルカは複雑そうな顔で、ササラトを地面に組み敷いた。


「······あんたのことハ、信頼していたのニ」

「裏切られた気分か? 一番信じていた奴が、こんな奴だと知って」

「いいヤ。一番は兄さんダ」


 オルカはしれっとササラトの心を刺すと、思いっきり顔を殴って気絶させる。殴った手を振りながらエリオットの近くに戻ると、オルカはエリオットに鼻をつまんだ。


「うぐっ」

「手当てしてヤル。そこに座レ」

「え、いや、これくらいなんてこと」

「ダメダ。銃で撃たれた傷を放っておくト、枯れ枝のようにナル。季節の変わり目デ、ジクジク痛んでモいいナラ放っておくゾ」

「······よろしくお願いします」


 オルカがエリオットの面倒を見ている間、メイヴィスは虎の獣人を追い詰めていく。

 メイヴィスの鋭い蹴りは、木の幹を砕き、地面を穿ち、辺りを破壊していく。虎の獣人も、メイヴィスの攻撃を恐れ、防御出来ずにいた。だがついに、メイヴィスの蹴りが放たれ、足が地面に降りた瞬間を狙い、虎の爪がメイヴィスの心臓を突き刺そうとした。


 メイヴィスは驚いて回避が遅れる。その間にも爪は、豊満な胸に伸びていく。


「あら、嫌だねェ」


 メイヴィスは困ったように笑った。



「──過保護な弟が怒っちまうわァ」



 メイヴィスは横に転がって避けた。その直後に虎の獣人の背中を、モーリスが飛び蹴りで折る。バキッ! と嫌な音がして、モーリスが怒りの形相で倒れてきた頭を、空中回し蹴りで薙ぎ払った。


「姉さんに指一本でも触れてみろ。てめぇをネズミの餌にしてやる」


 気を失った虎の獣人の頭をゴスゴスと蹴り、モーリスは唾を吐き捨てる。先程までの紳士的な態度が嘘のようだ。

 メイヴィスは「もうやめな」とモーリスを止めた。


「ていうか、モーリス。アンタさ、ケイト様のサポートじゃなかったのかい? あたしのとこに来てんじゃないよォ」

「魔女様がいて、侯爵様が完全回復して、俺が必要になるか? あれ見てから言ってくれよ」


 モーリスが指を差す方を見ると、泡を吹いて倒れるウィリアムと、辺りにごちゃごちゃと落ちる、切り捨てられた最新武器があった。

 彼の前に立つのは、月夜に浮かぶ、新緑の騎士と黒い魔女。

 メイヴィスはウィリアムを憐れみつつも、プッと堪えきれずに笑ってしまう。



「──頼りになるねェ。うちの神さんたちってのは」



 風が吹いた。私の髪と、ナディアキスタのローブがなびく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ