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117話 汚れた思惑 2

 

「参る!」


 エリオットから合図が来た。ササラトと虎の獣人が警戒する。

 エリオットが煙玉を地面に叩きつけた。視界を煙幕が遮り、私はカロルの手を引いて獣人の隙間を縫って駆け抜けた。


「女を追え。男はどうだっていい」


 ササラトは虎にそう指示したが、その直後眼前に迫るエリオットの剣に目を見開いていた。

 鈍い音がして、私はエリオットの剣が受け止められたことを知る。

 虎の獣人は唸り、その鋭い爪を振り回した。エリオットが後ろに避けると、そこにササラトがいた。


「いつの間に!?」

「人間風情が、獣人族に勝てると思うなよ」



 ──エリオットの悲鳴が聞こえた。

 負傷した足で二人の獣人を相手するなんて、無謀なことをする。


(カロルを森に連れて行けば、ナディアキスタに保護してもらえる。そうすれば私は手が空くから、エリオットを援護出来る)


 何とかエリオットを算段を立てるが、森を手前にして、私の計画は打ち砕かれた。


 ──バスンッ!!


 右の太ももを撃ち抜かれた。地面に潰れてめり込む鉛玉。明らかに拳銃弾なのに、音もなく上から撃ち抜いてきた。


 私はその場に膝をつく。骨が砕けて痺れる足が、脈打つ熱が、声を押し殺しても耐え難いほど痛い。

 とにかく止血を優先し、私はシャツを脱ぎ、片手で太ももを覆う。出来るだけキツめに傷口を縛り、カロルを前に森へ走らせた。

 けれど、カロルも腕、脇腹、足を撃ち抜かれ、森を手前にして倒れてしまった。


「カロル!!」



 私は彼女に手を伸ばす。

 立ち上がりたくても上手く力が入らない。半分這いずるように、カロルを傍に寄った。

 幸い、どれも致命傷には至っていない。私は今しがた巻いたばかりのシャツを解き、口と手で血のついてない部分を細くちぎってカロルに巻いた。


「ダメよ。あなた怪我してるのよ」

「君ほどじゃない。平気だ」


 とはいえ、左腕と右足を負傷している。私に戦うのは難しいかもしれない。今出来るとしたら──




「ああ、いたいた。ああ良かった。“被検体零式”」




 ──敵の足止めくらいか。


 それは優雅な足取りで近寄ってくる。ウィリアムはニコニコしながら、カロルを下卑(げび)た目で見下ろしていた。

 私は剣に手をかける。なんとしてでも、カロルを守らなくては。けれど、ウィリアムは汚物を避けるかのように私の横を通り過ぎると、カロルの髪を乱暴に掴んだ。


「あなたがいると、困るんですよ。我々の違法実験がバレてしまいますから」

「離せっ!」

「おやおや? まさか、命令出来る立場だとお思いで?」


 ウィリアムはクク、と笑うと自分の周りにいくつものドローンを飛ばす。搭載された拳銃の銃口は、カロルの方に向けられる。


「物乞いの命を有意義に使ってやったんです。感謝すべきでは? それとも、道端で朽ちる最後を望んでおられましたかな?」

「私は······」

「まぁ、あなたが研究所から逃げ出して、事件を起こしたお陰で獣人族を国から追い出す事が出来そうですがね。能も無いのに権利ばかり主張して、うるさくてたまりませんな。最新鋭の武器を使えば、いかに獣人族だろうと泣いて逃げ出すでしょうし?」



「戦争は夜が明けたらすぐにでも起きる。あなたの使い道もありませんから」



 ウィリアムは片手でいくつものドローンを操る。ひとつのリモコンで複数の最新機器を操れるのは便利なものだ。だが、その奇妙なカラクリに、カロルを殺される訳にはいかない。


「貴様。分かっていて騎士団を巻き込んだのか? カロルを無理やり、魔物のような姿にしたくせに、謝罪もないのか?」

「はぁ、謝罪? 物乞いに、生きる権利なんてありませんな。なんせ他人に依存して生きるのですから。有意義な使い方があるでしょう」

「いいや、命に有意義だの価値だの、ふざけたことを。お前らのせいで、危険に晒された命がいくつあると思ってるんだ!」


 ──騎士団、種族問わず獣の国の民、カロル、ナディアキスタとその弟たち。


 全ての人が明日あるかも分からない己の命に、怯えながら生きているのに。こいつらは、自分たちの利益のことしか考えられないのか!


 そう思うと腹が立つ。私は鞘を固定する紐を引きちぎり、剣を抜いた。


「おやおや、騎士団の副団長ともあろうお方が、私のような弱き者に剣を向けるのですか?」

「お前は弱者じゃない。卑怯者だ」


 私は、左足に体重をかける。

 剣を握り、出来る限り腰を落とし、狙いを定める。

 ウィリアムはドローンの銃口を私に向けた。


「古めかしい騎士の国に無い、最新の銃器に勝てるものか!」

「そりゃあ、撃たれてしまえば勝ち目はない」


 私は深く息を吸う。力の入れ場所さえ間違えなければ、傷が痛むことも、体に負担がかかることも無い。──そのことにだけ、注意を払う。

 一斉射撃の準備は出来ている。ウィリアムがボタンを押せば、すぐにでも。


 私は壁がボタンに指を添えるタイミングを見計らった。




「────なんと」




 ウィリアムが自慢していたドローンは、一つ残らず地に落ちた。綺麗に真っ二つになって、ガラガラと音を立てる。私の剣は鞘に収まっている。ウィリアムは、何が起きたのか分かっていなかった。


「······使えるものは、全て使う主義でね。騎士団では珍しがられて疲れてしまう」


 極東の村に伝わる、居合の技。度々使ってきたが、足腰の強さがものを言う。ボタボタと流れる血が増え、私はすぐに立てなくなる。指先が震え始めた。あと数回でも振れば、私は意識を失うだろう。

 それでも、彼女に迫る危険を切り捨てられた。──そう、安心してしまった。



「お見事ですな。けれど、どうしてあの程度しかないと、思ってしまわれたのでしょう?」



 ウィリアムの後ろ、獣の国から飛んでくる無数のドローン。その全てに銃器が搭載され、全ての銃口が私とカロルを狙っていた。

 今私が持っているのは一本の剣だけ。ケンタウロスの魔法を退けた、商人の国の時のように銃弾を振り払えるような腕もない。

 引きずる腕と足で、一体何が出来ようか。


 ウィリアムはボタンを押した。

 雨のように降り注ぐ銃弾から、カロルを守るために私が出来るのは、彼女に覆い被さるしかない。

 私は、無意識に名前を呼んだ。



「ナディアキスタァァァァ!!」



 ──答えるように、意地悪なバイオリンの音が聞こえた。

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