表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/158

113話 情けないな

 植物園の東の窓から伸びる影。

 噴水の底。

 合わせ鏡の回廊。

 ──車輪が外れた馬車の下。


 一日かけて、ナディアキスタと魔女の魔法道具を探したが、一向に見つかる気配がない。

 最終的には、魔女の隠し場所なんて関係なく、ツボの中やゴミ箱を開けて探した。

 噴水前で、私とナディアキスタはしゃがむ。二人揃って、ため息をついた。



「「全然見つからねぇ〜〜〜」」



 暮れゆく国で、私は彼に文句を言う。ナディアキスタは不満そうに応戦した。


「魔女の隠し場所と言われる所、本当に全部見たのか?」

「この俺様が残すなんてことはしない。お前こそ、隠せそうな場所はくまなく探したんだろうな」

「探索も仕事のうちだ。当たり前だろうが」

「なら何故見つからない!」

「こっちのセリフだ! ナディアキスタ、もっと思いつかないのか? 隠し場所になりそうな所、(まじな)いでも何でも!」

「朝からずっと探索の魔法を使っている! けれど見つからないんだ! そろそろ俺様の魔力も尽きる!」


 そう怒るナディアキスタは、確かに疲弊(ひへい)していた。彼が(まじな)いを使うのも、魔法を使うのも、いつも短時間しか見ていないから、どれほど長く使えるかなんて知らなかった。

 長い時間生きているだけあるが、魔力量は時間と共に増えるのだろうか。それとも、元から魔力が多かったのだろうか。


「魔力は修行とかで鍛えて増やせるのか?」

「阿呆な事を聞くな。強靭な肉体だろうと貧弱だろうと、魔力そのものの量は変わらん。だが、使い方を学べば、少ない魔力を長く使うことも、魔力を蓄えて強大な力に変えることも可能だ。大事なのは自分に合った使い方を知ること。魔力量にこだわっている間は、どんなに足掻いても力は身につかん」

「最初の部分だけで話が終わるかと思った。丁寧な解説ありがとう、おじいちゃん」

「殺すぞクソガキ」


 短い休憩を挟み、私は立ち上がる。

 国で探せないのなら、近辺を探しに行ってみよう。昨日の森や、獣人陣営の山。どうせなら、魔女信仰者の獣人たちに、話を聞いてみようか。本を読むより多い話を聞けるかもしれない。


 ナディアキスタも立ち上がり、魔法道具探しを再開する。

 今までが簡単に見つかり過ぎただけなのだ。本来ならきっと、これくらい苦戦するものなのだ。

 明日までまだ時間はある。邪魔さえ入らなければ、存分に動けるだろう。



「いた! ケイティ、ナディアキスタ殿!」



 遠くからエリオットが慌てた様子で駆けてくる。

 汗を流す姿もイケメンだな、なんて思っている場合ではない。エリオットは「早く来てくれ」と私を急かす。


「どうした。急げと言われても、私は鎧を着てない。団の仕事か?」

「そうだけど、ちょっとマズい。早く来てくれ」

「何があった。まず説明を──」


 私が事情を聞こうとすると、ナディアキスタの体が淡く光り出す。ナディアキスタは途端に切羽詰まった表情になり、私を見る。


魔女召喚だ(弟に呼ばれた)。俺様は務めを果たしに行くぞ」


 そう言って、ナディアキスタはくるんと回る。カランコエの白い花弁に包まれて、ナディアキスタは消えた。

 私はエリオットの方を向く。

 エリオットが焦る。ナディアキスタが弟に召喚される。今のこの国の状況。何となく予想は出来ていた。それでも私は、「違う」と信じたかった。


「何があった?」


 早まる鼓動がうるさい。左手が自然と剣に伸びる。

 ──頼む、違ってくれ! 私の予想なんて外れてくれ!

 そう願ったところで、エリオットの口から出てくることは、私の胸の奥深くで『あぁ、やっぱりな』とため息をつかせる。



「騎士団が、奇襲を仕掛けた!」



 ***


 ──『団長権限の剥奪』

『主導権の譲渡』『新指揮官による命令』『違反者の厳格な処分』『副団長権限の無視』『団長・副団長の任務離脱命令』


 この全ての指示が下されたのは、ついさっきの事だという。

 エリオットの腹心の部下が、退団・刑罰覚悟で教えてくれた。


「どういうことだ! エルから権限の剥奪は出来ないはず!」

「それが分からないんだ! まさか、この短時間で国に書簡を送ったのか!? 皇帝陛下から直々に許可を取るなんて不可能だ!」

「いや、騎士の国に電子機器なんてほとんどない! 重要書類のやり取りなんか出来るか!」

「やってたらそれはそれで問題だと思うけどね! ケイティもっとスピード上げて。追いつけないよ」

「なんだ。ペース合わせてやった方が良いかと思っていたが、必要ないなら先に行く!」


 私とエリオットは山に向かって駆けていた。

 エリオットから「スピード上げろ」と命令を受けたなら、それに従わない理由もない。

 私はエリオットよりも身軽なのをいいことに、走る速度を更に上げて、山に突っ込んで行った。


 山に入って早々聞こえてくる兵士たちの雄叫びと、獣人たちの唸り声。

 武器と武器がぶつかり合い、一歩歩く事に血の匂いは濃くなっていく。


 獣人達の陣営の前に、黄色い膜のようなものが見えた。

 兵士たちが剣を高く構え、その膜を叩く。

 ガキンッ! と硬い音がする。けれど膜は破れない。切れど突けど、破けぬ膜に兵士たちが苛立ってくる。



「くそっ! 化け物どもめ!」



 膜の向こう側にいるのはナディアキスタだ。

 負傷した獣人たちを気にしながら、この膜のような結界を貼っているのだ。

 負傷した獣人の中には、ウルルやメイヴィスもいる。モーリスが「大丈夫だ」と何度も言いながら、泣きそうになって手当てをしていた。

 痛がるウルルを抱きしめて、オルカは兵士たちを睨んでいる。今にも飛びかかりそうなオルカを、メイヴィスがたしなめていた。


「誰か! 爆弾を持ってこい!」




「やめろ! この愚か者共!」




 私は一番前に立つ兵士たちを蹴り飛ばし、殴り、遠くへと放り投げた。

 私の登場に驚く兵士たちは、警戒しすぎて剣を抜く。私は彼らに更に怒鳴りつけた。


「今すぐ剣を鞘に納めろ! そして山を下れ! お前たちは騎士にあるまじき行為をし、皇帝陛下の御心と、己の魂を汚した反逆者だ!」

「副団長! 命令は拒否します! これは、貴方よりも高い身分の方からの命令であり──」

「貴様! この私に意見するとはいい度胸だ! 教えてやろう! 私より高い身分で命令を下せるのはエリオット団長と、皇帝陛下のみだ!」

「いいえ! 皇帝陛下からのこの書簡をご覧下さい! これは、れっきとした! 命令状なのです!」


 兵士が私の前にその書類を見せた。

 蛇腹折りにされた書類には、騎士の国で使われる書体で、エリオットの部下から聞いた内容と同じ事が書かれている。その下には、皇帝陛下の判印が押され、確かに公的な書類と同じ形をしていた。

 遅れてきたエリオットが私とこの書類を見る。


「──確かに、これは皇帝陛下の書類と同じだね」

「ならどいてください! 我々は、陛下の指示に従って······」



「え? 何言ってるの?」



 エリオットはそう言うと、兵士たちに見えるように書類を掲げた。

 私はその隙に、ナディアキスタに目配せをする。


(──ここから南東の)


 後ろに組んだ手で、ナディアキスタに指示を出す。

 ナディアキスタは指示を受けとると、エリオットの影に隠れて行動を開始した。




「これ、()()()()()()()()()()




 エリオットはキッパリと言った。


「ちゃんと見たかい? 書体は同じだけど、インクの掠れがないだろう? これ、ペンで書いてないんだ。騎士の国には電子機器なんてないし、皇帝陛下は必ずペンで書類をお作りになる。それに、この判印。皇帝陛下の物とは違う。この花は椿じゃない。牡丹(ぼたん)じゃないか。紙だって、薄くて風が吹けば飛んでしまいそうに軽い。陛下の命令状は、いつだって厚みのある紙で送られてくるよ」


 皇帝の命令状を見たことの無い兵士はいない。入団した時、皇帝から直々に『入団証明書』が送られる。その他にも、緊急時や皇帝の護衛などの命令も、この公的書類で送られてくる。

 ······よっぽどの馬鹿でなければ、この程度の偽物に騙されるはずがないのだ。


「あと、団長の説明に付け足すと、これ蛇腹折りだろ。皇帝陛下の文書は、必ず三つ折りだ」


 見た瞬間に見破れるはずのものを、なんで騎士団が分からないのだろう。

 エリオットは「まぁ、無理もないよね」と命令状をまじまじと見る。


「文書の書き方がそっくりだし、言葉選びも似てる。あんまり細かく見ないと分からないよね。難しいから、間違えたんだね」


 エリオットは爽やかな笑顔で兵士たちを励ます。

 エリオットに偽物だと言われている間、顔色が悪かった兵士たちが安心したような顔で、「そうなんです!」と口々に言う。



 ──それを黙らせるのは、私は仕事だ。





「ほざけ! 襲う口実を手に入れ無防備な者を傷つけた輩に! 弁解の余地は無い! 何が『分かりませんでした』だ! 何が『間違っただけです』だ! 貴様らの愚行で、罪なき命が危ぶまれた事を忘れるな!」





 久しぶりに本気で怒った。体が焦げてしまいそうな熱さが、溢れ出して止まらない。


「今『間違っただけだ』、『分からなかった』、『知らなかった』と口にした奴は覚えておけ。この私が、騎士の信念というものを、今一度叩き込んでやる。それとも、うっかり『間違えて』貴様らの家を焼いた方が覚えるか?」


 足が震えて立てなくなった兵士たちに、私は言った。


「剣を納めろ。今すぐ山を下れ」


 誰も、私に怯えて動けなかった。

 今だに私に剣先を向ける兵士もいる。私は剣に手をかけて、「聞こえなかったのか」と、もう一度命令した。



「剣を納めろ! その子鹿のように震えた足で山を下れ! 出来ない奴は、今この場で! 退団処分にしてやる!」



 目に見えない速さで、私は目の前の兵士の剣を折った。

 剣を折られた兵士はボロボロと泣き出し、腰が抜けた。兵士たちは逃げるように山を駆け下りる。

 肩で息をする私に、エリオットはふぅ、と息をついた。

 エリオットは腰を抜かした兵士を立たせ、「早く行きなさい」と背中を押す。


「あれ、ナディアキスタ殿たちは?」

「逃がした。昨晩のメイヴィスのお守り。あれを使えば、エリオットが偽物の説明をしている間に、遠くへ逃げることが出来るからな」

「なるほど。さすがケイティ」


 エリオットは辺りに誰もいなくなったのを確認すると、私を抱き寄せて「ごめんね」と謝った。


「ケイティに怒鳴らせるなんて、団長失格だ。君の評判を利用して、恐怖で支配するのは、あまりにも······正しいとは言い難い」

「いいや。私が選んだ道だ。けれど、あぁもう最悪だ」


 傷ついたメイヴィスや、ウルルの姿が頭から離れない。

 泣きそうなモーリスも、怒りで狂いそうなオルカも。

 私はその場にしゃがんだ。顔を膝に(うず)めて、「悔しい」と呟く。



「──守れなかった」



 もっと気づくのが早かったら。もっと早く兵士たちに追いつけていた。

 悲劇なんて、起きなかったのでは?


「悔しいなぁ。約束、したのに。私じゃ守れないかもしれない」


 自分の無力さを痛感する。

 どんなに強くても、どんなに策を巡らせても、事に気づくのが遅くては意味が無い。

 エリオットは私に、慰めの言葉をかけなかった。黙って背中をさすってくれる。今は、それだけが嬉しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ