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111話 夜遅くまで

 ナディアキスタが言うことには、獣の国に伝わる(いにしえ)の魔女の魔法道具とは、手鏡だという。


「かつて獣の国にいた魔女は、(まじな)いに失敗した弟子の救済措置として、魔法の手鏡を作った」

「鏡なんて。そんな、おとぎ話みたいな」

「エリオットは知らんだろうな。彼女たちが生きていた時代から、鏡は神聖視され、時には魔力が宿ると言われていた。鏡は大昔から人を狂わせたり、別世界の入口として扱われたり、様々な魔力を発揮している」


 ナディアキスタは無知なエリオットに丁寧に説明をする。

 私も鏡に霊力が宿ると聞いたことはあったが、ナディアキスタが説明したことは、今初めて知った。


「獣の国の魔女は(まじな)いに失敗したら放っておく魔女の中で唯一、手を差し伸べる優しい女性だった。だから鏡に(まじな)いを施し、作り上げたのが『真実を映すもの(ドラセナ・マジナータ)』だ」

「ドラセナ······ん? それ、木の名前じゃないか?」


 婚約者教育の一環で、私はあらゆる花や木の名前、性質、花言葉を教えられた。性質以外はほとんど忘れたが、ドラセナはちゃんと覚えていた。

 ナディアキスタは「そうだが?」と当たり前のように言う。けれど、何故魔道具に木の名前をつけたのだろう。今までの魔法道具はそのまんまの名前だったのに。


「ケイト、お前ならわか······らないだろうな。どうせ必要ない知識なんざケロッと忘れているだろうし」

「よく分かってんな。毒を持つ植物は全部覚えてるぞ。一つ一つお前の体に叩き込んでやろうか」

「要らん実技指導だな。お断りだ。ドラセナの花言葉がその名の由来だろうよ。『真実さ』──彼女は聡明で博識だ。言葉遊びのつもりなんだ。実際、その魔法道具の効果は『歪んだものを元通りにする』。あらゆる出来事を歪ませる(まじな)いの中では、かなり異端な(まじな)いだ。けれど、どこぞの泉や伝説の道具なんて一つの事にしか効果が無いものより、遥かに高い可能性がある」


 つまり、それがあればカロルは元の姿に戻れるのだろうか。

 けれど、一つばかり疑問が残る。


「カロルは科学によって姿を変えられた。それを、大昔の偉大な魔女の魔法道具で、元に戻せるのか? 技術も分野も、全て違うのに」

「あぁ、そうだ。だがこれに関しては、ケイトには散々説明したぞ。“魔女は、全ての職業の元”だ」


(ああ、そういえばそうか)


 ナディアキスタは魔女の成り立ちや、その歴史、派生から何から全て、私に教えてくれた。

 この世に一番最初に生まれたのは七人の魔女。彼女たちが、後に生まれた人間たちに農業を教え、建設を教え、豊かな生活をもたらしたと言われる。

 ナディアキスタの丁寧かつ、根気強いリフレイン講義のお陰で、今だに覚えている。

 ナディアキスタはその話をする度に、私が忘れないように、その言葉を繰り返した。



「残念だが、俺様にカロルを元に戻す技術は無い。いや、正確には出来なくはないが、膨大な時間が必要だ。だが、(いにしえ)の魔女の魔法道具は、俺様に足りない技術の全てが詰まっている。魔女が想定した弟子の失敗は一万通り。それ以上とも言われている。きっと、その魔法道具なら、カロルを元の姿に戻せるだろう」

「はぁ〜〜〜。だが、科学的な進化を遂げた獣の国に、時代遅れな魔法道具があるのか?」

「口を慎め! 古の魔女の魔法道具は、現代科学でも魔女の知識でも、今だ解き明かせない神秘と謎に包まれている。太古から続く(まじな)いであるにも関わらず、その力は今だ最新鋭! 誰にも真似出来ないんだ! 時代遅れだと!?」


 魔女の事となると途端にヒートアップするナディアキスタには、正直ついていけなくなる事がある。私は頭をポリポリかいて、ナディアキスタの説教を黙って聞き流す。

 私が聞いてないと知ると、ナディアキスタは怒りで頭が噴火する。降り注ぐ罵詈雑言の雨を、止めたのはオルカだった。



「兄さん、眠いノカ」



 オルカはのそのそと起き上がり、ナディアキスタを自分が寝ていた寝床に転がすと、子供を寝かしつけるようにリズム良く体を叩く。

 ナディアキスタはものすごく不満そうに「やめろ」と低い声をひり出すが、オルカは「寝ロ」とぴしゃりと言って、ナディアキスタを寝かしつける。ナディアキスタは納得いかない表情でしばらく抵抗していたが、ついに諦めてふて寝する。思っていた以上に早く、ナディアキスタは眠りに落ちた。


 そのあまりの早さに、私とエリオットは目を丸くする。「仮眠でもそんな早く寝られないよ」と、エリオットは呟いた。

 オルカは起き上がると、「すまなイ」と頭を下げた。


「兄さんハ、眠くなるとすごく機嫌ガ悪くなル。確かに怒ってたケド、あれはタダ制御出来なかっただケダ。わざとじゃナイ」

「子供かあいつは。いや、オルカが怒ることじゃない。私も言い過ぎたんだ。起きたらきちんと謝ろう」

「ケイティは優しいな。最後の方、一方的に罵倒されてたのに」

「ナディアキスタは魔女であることを誇りに思っている。私はそれを軽んじた。わざとでないにしても、怒らせたことは悪いだろう」


 オルカは私の鼻をキュッと摘むと、「アリガト」と言った。

 ふと、辺りに風が吹く。メイヴィスの方を見ると、近くに砂時計は消えていて、メイヴィスが疲れた顔でウトウトしていた。


「ああ、ごめんよぉ。時間切れだ。あたしも、そろそろ」

「ああ、ゆっくり休んでくれ。無理させて悪かった」


 私はメイヴィスをモーリスの隣に寝かせ、シャツを脱いでメイヴィスにかけた。エリオットとオルカはギョッとする。


「ちょっ、ケイティ!」

「辺りの見回りに行ってくる。魔物が居たら危ないしな。オルカとエルはここの見張りを頼む」

「シャツ着て行ケ。ばかだロ」

「メイヴィスにかけるものが無いんだ。エリオットのマントじゃモーリスとナディアキスタだけで精一杯だ。メイヴィスが風邪引くだろ」

「キャミソールなんて、そんな薄着で······。せめて俺の鎧着て」

「やだ。動きにくい」


 私はさっさとこの場を離れ、見回りをする。

 耳を澄ませて魔物の音がしないか確認し、警戒しながらテントの周りを歩く。見回りをしながら、私は色々と考えを巡らせる。


(もし、カロルを元に戻すのなら、戦争が始まる前に戻す必要がある。けれど、彼女の今の姿を人間と獣人の両陣営に見せて、彼女が犯人だから戦争しないで、なんて言ったところで、起きたことに歯止めは効かないだろう。それに、カロルが消されかねない)


 ──戦争と、カロルの件。考えることもやることも、いっぱいいっぱいで、私はどうするべきか分からない。


「······溺れてる気分だ」


 見回りしている間に、夜が明けていく。私は真っ赤な朝焼けを、美しいとは思えなかった。

 光が足元から私を照らす。日が昇るにつれて、私は焦り出していた。

 明日には、この辺りも火の海になるのだろう。そして私は、罪なき命を狩ることになる。魔女から貰った剣を振るい、偽りの正義を掲げて。


「──しっかりなさい。ケイト・オルスロット」


 私はナディアキスタに言われた言葉で、自分を奮い立たせる。



「私は、『高潔』の味方なのでしょう? なら、すべきことをなさい。私が思う『高潔』に従いなさい。それが最善なのだから」



 私は朝日に剣を立てた。

 出来ることを尽くした上で、訪れる未来を受け入れよう。

 それが一番、私らしい答えだと信じて。

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