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110話 希望は魔女にあり

 しばらく鍋をかき混ぜていたナディアキスタは、いきなり立ち上がった。



「っだぁぁぁぁぁぁもう! これだから人間という畜生にも劣る生き物は!」



 突然怒鳴り散らしたかと思うと、小石を蹴って頭を掻き毟る。

 ナディアキスタの荒れように、その場の皆が驚いた。


「どうしたんだ? ナディアキスタ殿」

「どうしたもこうしたもっ! ないっ! だぁから人間は嫌いなんだ!」

「お前が怒っても、私たちはさっぱり分からん。分かる言葉で話せ」

「カロル、カロルといったな! お前は一体、人間に何をされた!」


 ナディアキスタは怒ったままカロルに尋ねる。カロルは言いたくなさそうに顔を背けた。私はカロルの傍に寄って、「大丈夫だから」と彼女を説得する。


「誰も、貴女を責めやしない。ゆっくり、話して貰えないだろうか」


 カロルの手を握り、私はカロルが話すまでじっくり待った。

 しばらく悩んだカロルは、俯いたまま話してくれた。



「私は、『人工獣人』の実験台、なの」



 カロルの言葉にナディアキスタは「やっぱりな」と吐き捨てるし、エリオットとメイヴィスは、目をまん丸にして口を開ける。

 私は聞いた事のない言葉に、ぽかんとしていた。カロルは話を続けた。


「人間と、獣人。彼らは全く別の種族に見えて、とても近しい位置にある。獣人族は、自分と同じ獣人とのみ子を成すが、ごく稀に、人間との間に子を成す事例がある。獣人の遺伝子が、人間に近いのか、構造そのものが人間と同じなのか。元々、獣人族は大昔から研究されている。けれど、一人の科学者がふと疑問を抱いてしまった」




『──人間の遺伝子を組みかえて、“獣人”にすることは出来ないのだろうか』




 私はその言葉にゾッとした。

 それは、私だけではなかったようだ。エリオットもメイヴィスも、カロルが何をされたか分かっているナディアキスタも、血の気が引いた顔をしていた。カロルはナディアキスタに目をやった。『私はどうなっているの?』と不安げな顔で。

 ナディアキスタは咳払いをする。


「ごほん、今、カロルの状態は犬の遺伝子と彼女が本来持っている遺伝子が、“しっちゃかめっちゃかに繋がっている”状態だ」

「と言うと、どういうことだい?」

「獣人族というのは、魔女の弟子が失敗して、動物と融合して生まれたもの。メイヴィスとケイトは知っているな。エリオットは今覚えろ」


 ナディアキスタはカロルやエリオットにわかりやすいように話す。

 獣人の遺伝子は、本来繋がらないはずの特性や構造が、魔女の(まじな)いによって繋ぎ止められ、いつしか馴染み、新たな遺伝子として『成立』したものである。

 だが、カロルの遺伝子は全く別の遺伝子を無理やりくっつけている。色や硬さの違う粘土を無理やり混ぜたような、同じ極の磁石をくっつけたような。

 そして、体は犬の遺伝子と融合しやすいように、下半身を切り離し、本当に、犬を縫いつけた異質な体になっている。


「遺伝子がめちゃくちゃ。体も無理やり縫い合わせたもの。拒否反応で激痛が走っているはずだ。カロル」

「ええ。気を抜けば痛い。けれど、人を襲っている時は、獣人を襲っている時は、とても軽いの。気持ちも、体も」

「──アドレナリンか、感情で制御をかけているか。どちらにせよ今は誰も襲っていない。痛みが戻るのも時間の問題だ。メイヴィス」

「まだ一時間あるよぉ」


 ナディアキスタはそれを聞くと、棒の先を火に突っ込み、鍋の底を三度叩く。


「“片付けろ”」


 鍋の中身は渦を巻き、紫色の煙になって消える。

 ナディアキスタは空になった鍋に水を入れ、歌いながら薬材を入れる。


「古い古い井戸の底 歌に眠る水の中

 (いにしえ)の歌よ 魔女の歌よ

 遊びましょう?」


 ナディアキスタはガラスの棒を自分の傍らに置くと、ヒノキの長い(かんざし)を出した。



「黒いトカゲの鱗 天の川を映した鏡

 星よ流れろ 輝く夜に歌えマーメイド」


「月下美人の花びら 雷の先っぽ

 楽しい刹那(せつな)を 踊りあかそう!」


「死人の目玉 行き先のない道標(みちしるべ)

 忘れてしまえ 魔女は時間とも(たわむ)れる」



「さぁ、痛いの痛いの飛んでいけ!」



 ヒノキの(かんざし)で混ぜた薬は、ふわりと白い光を浮かせると、青から黄色に変わる。浮いた光は、いくつにも別れてカロルの周りを飛び回る。カロルは光に目を奪われて、ゆっくり手を伸ばす。

 光の一つに指先が触れると、光は私たちの上まで飛んでいき、流星のように流れて消えた。


「──願っておけ。叶うかもしれん」


 ナディアキスタは出来たばかりの薬を木を削っただけの器に移し替え、カロルに飲ませた。


「この呪いは鎮痛効果と、不安を消す効果がある。そして、魔女の弟子の間でもあの流星に祈れば願いが叶うと、伝えられてきた」


 薬を飲み、カロルは器をナディアキスタに返す。

 ナディアキスタが「俺様に必要はないがな」と言うから、私は思わずメイヴィスに目を向けた。メイヴィスは「大丈夫」と親指を立てた。


(感傷に浸ってんじゃないよぉ。あれは本当に『自分は天才だから』と思ってるだけさ)

(心配して損した。ありがとうメイヴィス)


 私はナディアキスタに足カックンした。

 ──ものすごく怒られた。


 ***


「で、偉大な魔女サマが、何で畜生にも劣る人間ごときの所業を『治せない』んですかぁ?」

「いちいち腹の立つ言い方しか出来ないのか!」


 ケンカに発展したその勢いのまま、私はナディアキスタの話を聞いていた。

 カロルの今の状態を確認し、どうなっているかまで詳細にわかったと言うのに、ナディアキスタは「戻せない」とキッパリ言い切った。


「科学と(まじな)いを一緒にするな。全く異なる力に真逆の力を加えたら、カロルが壊れてしまう。戻す方法は『巻き戻し治療法』──されたことを一つずつ順番に、絡んだ糸を(ほど)くように治していく方法」

「メイヴィスのお守りは?」

「いや、あたしのお守りは巻き戻すのも五分だけさ。時間をいじくるのは、全て五分。それは絶対に変えられない」

「ナディアキスタ殿が魔法薬を一つ一つ作るのは?」

「やってもいいが、遺伝子にまで作用するのは難しい。そしてかなり時間がかかる。魔女の呪いは非効率的。魔法薬ひとつに百年待つか?」

「うっ、それは無理だな」

「義賊の森には、あらゆる病を癒す泉がある。そこに連れて行ってみるか?」

「いくら獣の国から近いったって、遠いだろぉ。それに義賊の森は広すぎる。ひとえに言ったって、広すぎるし場所も複雑すぎる!」


 私とエリオットは、あらゆる場所と方法を提案してみる。

 遥か北にある謎の塔の上の槍や、極東の村の鳳凰の尾羽。しかし、どれもこれも非現実的で、カロルの負担が大きいものばかりだった。


 疲れたメイヴィスを放っておいて、私とエリオットが議論を繰り広げていると、ナディアキスタが私とエリオットの口を塞いだ。


「お前ら騎士というのは、即断即決が好きなのか」

だって(ふぁっふぇ)敵の前で(ふぇふぃもふぁえへ)ゆっくり話して(ふっふひふぁまひひへ)られないもん(ふぁへふぁひふぉん)

そうだそうだ(ふぉーふぁふぉーふぁ)お前だって(ふぉまへふぁっふぇ)じっと(ふぃっふぉ)立ったまま(ふぁっふぁまむぁ)じゃないだろ(ふぁぶぁいふぁふぉ)

「やめろ! 口塞いでるんだから喋るな! 手のひらがくすぐったい! この天然タラシども!」


 ナディアキスタは手を離すと、手のひらをローブで拭いた。


「ったく、何のためにこの俺様がいると思ってるんだ!」

「非常食?」

「っかぁ〜〜〜! この女は! 冗談にしても酷すぎる! そう思うだろうメイヴィス!」

「ごめん、笑っちまったからモーリスに聞いとくれ」

「寝てるだろうが! くそ、お前ら後で覚えていろ!」


 ナディアキスタに睨まれ、私は少しだらけて座る。

 エリオットにノールックで足を閉じさせられた。


 ナディアキスタは咳払いをすると、「方法はある」と言った。

 

「獣の国に伝わる魔女の魔法道具だ。カロルを元に戻すのなら、それが良いだろう」


 獣の国の魔法道具とは、一体何なのだろう。

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