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11話 星巡り強奪作戦 2

 何よりも純粋な白と、それを際立たせる青が、高潔さと威厳を表現するムールアルマの城を、私は麻袋を背負って見上げていた。


 空の色を前に純白の城は、溶け込むことなく存在感を放っている。それがいつしか、気に食わなくなっていた。



 城門の前を警備する兵士を、私は睨みつけた。

 彼らは私を見るなり萎縮(いしゅく)して、オロオロし出す。私は彼らを厳しく指導した記憶はない。別の指揮官の兵士だろう。腕には青い腕章がある。新米マークが外れたばかりなのか。


 私はにっこりと、令嬢らしい笑みを浮かべると、兵士たちに「お疲れ様」と優しく声をかけた。



「門を開けてくださる? 皇帝陛下、皇后様に至急の報告がありまして」



 私が兵士に声をかけると、二人はオロオロしながらお互いの顔を見合わせる。そして、「申し訳ありませんが······」と、恐る恐る口を開く。



「本日は、その······皇后様を、魔女の森にお連れする、期限の日でございますから、そのぉ······誰も、城に入れるなとの命令で」


「あら。私がその魔女の件で、お話があって参ったとしてもですか?」


「魔女の件でなら······いや、でも············『何人たりとも入れるな』と、皇帝陛下直々の命令なので」


「せめて、皇后様にお伝え願えませんこと? 私が来たことだけでも」


「いえ、皇后様にはちょっと······」



 煮え切らない態度に痺れを切らし、私は麻袋の口を開け、中から魔女の首──偽物だが──をつかみ出して、兵士に突きつける。


 その首に兵士は悲鳴をあげて、腰を抜かした。······大した兵士だ。こんなもの、戦場に行けば嫌でも見るというのに。




「もう一度言いますわ。──『門を開けろ』。魔女の件で話がある」




 兵士は膝を震わせ、ずりずりと後ろに下がる。歯をガタガタと言わせるだけで、門を開ける素振りはない。

 私は苛立って「今すぐ!」と命令すると、兵士たちは気絶してしまった。本当に大した兵士だ。ろくに仕事も出来やしない。


 近辺を警備していた兵士が様子を見に駆けつける。私の部下だった彼らは、私を見ると銃を下ろし、剣を構えて敬礼する。私が敬礼を返すと、要件を聞き、城へと駆けていく。


 すぐに城門が開くと、私は麻袋に首を戻し、兵士を跨いて城内を歩いた。


 ***


 城のホールは外観と同じ白を基調としている。

 しかし、外観と違って差し色に使われているのは金だ。シンプルにして煌びやかな内装は、飾らない高貴さを引き立てる。


 新兵時代はよく言われた。『女が騎士なんて』と同じくらい、『お前じゃここは似合わない』と。





「あーーーっ! お姉様!」





 私が感傷に浸っていると、耳を劈く大声が聞こえた。


 見上げると、階段の上から身を乗り出すアニレアの姿があった。

 お付きの従者はいない。アニレアは緊張感のある空気を読まずに、笑顔で階段を駆け下りた。



「来てくれたのね! とっても嬉しいわお姉様! 皆意地悪するの! 『部屋から出るな』って! そんなのつまらないじゃない!」



 心配と刺し違える覚悟の護衛を、まさか『意地悪』なんて。


 アニレアの自己中心的な思考は、一ミリたりとも理解出来ない。したくもない。

 しかも『つまらない』なんて理由で、部屋を抜け出したのだろう? きっと今頃、従者は死にもの狂いで探しているだろうに。



(こいつが皇后って、世も末だな)



 私は困った笑顔でアニレアを叱る。


「皇后たる者が、大声を出したり階段を走ったりしてはいけないでしょう。それに、あなたを守るために言っているのだから、それを蔑ろにしてはいけません」


「もう! お姉様まで!」



 アニレアは頬を膨らませると、私の手を繋いで階段を上がる。



「お姉様が部屋にいてくれるなら、私も部屋に戻るわ!」



 廊下で従者とすれ違うと、アニレアは大層心配されて部屋に連れて行かれる。

 従者は『お前が連れ出したのか』と言わんばかりに私を睨むが、私が少し冷たい目を返してやると、すぐに目を逸らした。



(皇后が皇后なら、従者も従者だな)



 アニレアの部屋に入ると、何人ものメイドがアニレアの無事に涙していた。アニレアは彼女たちを、「どうでもいい」と言って、部屋から追い出してしまった。


 アニレアはベッドに座ると、足をぶらぶら揺らして、不満をこぼす。



「もー、ドレスは重いし、規律とか仕事とか厳しいし。皆で私をいじめてくるし、本当に最悪だわ。オマケに魔女! 私を贄になんて」


「そうね。その件で話をしに来たのよ」



 本来なら玉座の間にいたはずなのに。どうしてアニレアの部屋で興味のない話を聞いているのだろう。


 ナディアキスタと立てた予定が、アニレアの気分で見事に壊れていく。皇帝陛下に首を差し出して、信用を得なくてはいけないのに。


 一方でアニレアは「なぁに? 話って」と、私に期待の目を向ける。

 私が「魔女を討ち取った」とおしとやかな言葉で伝えると、アニレアは「えっ?」と目を丸くした。



「本当に魔女を殺したの?」


「ええ。その話で、皇帝陛下に謁見(えっけん)する予定でしたの。アニレアの無事を知ったら、心の底から喜ぶでしょうね」




「どうしてそんなことしたのよ! お姉様のバカ!」




 アニレアはベッドから降りると、私に詰め寄った。


 アニレアが怒るのは慣れているから、私は驚いた振りをして話を聞く。その内容も自分勝手で、聞いていられない。



「自由に外に出られないし、ずっと城の中で仕事と勉強ばかりやって飽き飽きよ! せっかく魔女の贄になったんだから、魔女に攫ってもらおうと思ってたのに! なんでそんなことしちゃうのよ!」


「そんなことって、アニレア。あなたは皇后なのよ? 皇后がいなくなったら、その空席は誰が埋めるの?」


「そんなの、私が知るわけないわ! お姉様が座れば? 私はもう、皇后なんてやりたくない!」


「何言ってるの! 魔女の贄なんて、生きて森から出られるわけがないわ! 両親がどんなに胸を痛めるか······」


「私可愛いから、きっと魔女も生かしておいてくれるもん! もしかしたら弟子にしてくれるかもしれないし、魔女の弟の中にかっこいい人いるかもしれないじゃない? 素敵な第二の人生歩めるかも!」



 思った通りのワガママっぷりだ。私は怒る気すらも失せて、何も言えなくなっていた。そんな中で、ふと疑問が浮かんだ。

 私は困ったフリしてそれを口にしてみる。



「ならどうして、私から婚約者を奪ったの?」



 ろくな答えなんて返って来ない。分かっていても、聞いてみたかった。その直後に、聞かなければ良かったと思った。




「だって、面白そうだったんだもん」




 ──(はらわた)が煮えくり返る。今までにない怒りでどうにかなってしまいそうだった。




 そんな軽い気持ちで、私の人生を踏み荒らしたのか。

 そんな心底どうでもいい理由で、私が手にするはずのものを奪ったのか。




 魔女よりも、こいつの首を跳ねた方がいいんじゃないだろうか。そんな気すらしてきた。


 私はゆっくりと剣に手を伸ばす。アニレアは私の剥き出しの殺気にも気づかずに、一人で腕を組んでむくれている。




「あ、お姉様のそのネックレス、とっても素敵!」




 私はさっと手を引っ込めて、笑顔を繕った。

 アニレアは、私の胸の上で揺れるネックレスに目を奪われていた。



「とっても綺麗ね。香水瓶のチャームが可愛い。キラキラしてて星のようだわ。ねぇお願い! 私にちょうだい!」



 アニレアの星、【盗っ人の手袋】の特性を使った作戦。アニレアは見事に引っかかった。


 私は怒りを抑えながら、「でも······」と困るふりをする。それっぽくしておかないと、怪しまれるかもと思ったからだ。



 いや、アニレアが怪しむことなんてない。何でも手に入ると思っている強欲な女だ。

 奪いたくなったら奪うだけ。それはさっき証明されたばかりだ。



「ねぇお姉様。私もそれ欲しいの。お姉様ならまた買えるでしょ。私買えないんだもん。ちょうだい!

 お姉様より、私の方が絶対似合うわ!」



 私は仕方ない、と肩を竦めてネックレスを外す。

 差し出されたアニレアの手に、香水瓶のチャームを置いた。




「…………最後の最後まで、あなたは強欲なのね。アニレア」


「えっ? 何か言った?」



 私がネックレスから手を離すと、香水瓶のチャームが怪しく光った。


 夜のように黒い光がアニレアの真上に広がり、宝石のように輝く星が広がった。

 その星は、目まぐるしい速さで回り、形を変えると、アニレアを包み込んでいく。



「えっ!? 何なにっ?! 何なのよ! いや、いやっ! お姉様、これは何なの?! ねぇ!」


「さぁ。私にもさっぱり」



 アニレアが星に包まれもがいていると、香水瓶からレモン色の光がふわりと浮いた。

 光の中からナディアキスタが現れると、彼は悪役らしい笑みでアニレアに手を伸ばした。



「ああ、哀れな強欲の星。救いようのない愚か者。

 たった一度でも、(おのれ)の行いを悔やむことがあれば、運命は変わっただろうなぁ」



 ナディアキスタはアニレアの上で、ガラスの棒を混ぜるように振る。

 ナディアキスタの手の動きに合わせて星が回ると、スルスルと一部の星座が抜き出されて、ガラスの棒に纏われていく。


 ナディアキスタがそれらを真っ黒な瓶に入れると、ガラスの棒をアニレアの喉に突き立てた。



「汝、我を怒らせる者よ。魔女の(まじな)いを受けよ。未来永劫、安寧の訪れることなかれ」



 ナディアキスタは呪文を唱え、アニレアの喉をグッ、と押した。

 アニレアの周りを巡っていた星は、アニレアの喉に吸い込まれていき、彼女はそのまま床に倒れた。


 ナディアキスタは意識のないアニレアを見下ろすと、その頭を蹴飛ばした。



「これが、この国の母か。畑のカカシの方がまだ威厳がある。あの親にしてこの娘ありだな」


「それ、私も(けな)されてないか?」


「お前は別だ。オルスロット侯爵家の中では、マシな奴だろう」


「ちょっとは貶してるんだな」



 私はアニレアをベッドに寝かせると、麻袋を手に取った。


 ナディアキスタはさっさと帰ろうとしたが、思い出したようにアニレアの髪の毛を採取し、ドレッサーに深紅のバングルを置いた。



「手土産を置いといてやらねばな」


「何でバングル? 魔法でもかけたのか?」


「いや、あれはアニレアがやってしまった、最大のミスだ。星図で過去を確認して見つけた。良かったな。お前はこれでオルスロット侯爵家当主になる」



 ナディアキスタは私にニヤリと笑うと、ローブを羽織り、ガラスの棒で香水瓶のチャームを叩いた。


 ナディアキスタがレモン色の光に包まれて消えると、入れ違いにアニレアの侍女が部屋に入ってきた。



「オルスロット様、皇帝陛下がお会いになるそうです。あの、皇后様は」


「······私と話していたものですから、疲れて眠ってしまいましたわ。起こすのもしのびないので、このまま寝かせてあげてくださいな」


「かしこまりました。では、玉座の間にご案内致します」



 私は侍女に連れられて廊下に出た。

 長い廊下を歩いた先で、ふと全身鏡を見つけた。そこに映った私は、化粧が少し落ちて、元のつり目が分かるようになっていた。


 全てを睨みつけるようなその目は、安堵していた。




『ああ。······もう、偽らなくてもいいんだ』と。




 髪から白椿が落ちた。

 ぽたっと落ちた。

 その散り際は、最後まで美しかった。

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