106話 あれが魔物か?
ナディアキスタを筆頭に、私たちは別れて魔物の捜索をする。
メイヴィスは西へ。モーリスは東、オルカは南。私はナディアキスタと一緒に北側を探すことになった。
オルカからそれぞれに通信装置を渡された。ナディアキスタは、最終確認をする。
「いいか。魔物探しは日の出までだ。雄鶏が鳴くより先に国を出る。見つけたらまず、俺様に知らせろ。悪魔族かもしれんからな」
「それに、もしかしたら憑依型の魔物の可能性もある。だから、戦闘になったら、気絶させてくれ。やむを得ない状況になったら、即殺せ」
「むっ! この俺様のセリフを奪うとはいい度胸だな!」
ナディアキスタの軽口を無視して、私は三人に一番重要なことを告げる。
「──自分と、仲間の命を優先しろ。もし魔物に力負けしても、決して勝とうとするな。逃げろ。誰か動けるものを呼べ。とにかく逃げろ」
私は、戦場に慣れている。ナディアキスタも、恐ろしいことなんて、人生何十回分と経験しているだろう。
けれど、私の目の前にいる三人は、ほとんど戦ったことは無いだろう。如何に獣人、クウォーターといえど、負ける時は負ける。三人と握手をしても、戦った経歴なんて何も無い、柔らかな手をしていた。
モーリスはある程度の護身術を身につけさせたが、彼には悪いが、所詮その程度なのだ。
死なないこと。この重要さは、幾度となく死線を乗り越えた者にしか、分からない重要性だ。
ナディアキスタは、私の言葉にトゲを刺すことも無く、「そうだな」と同意した。
「死なないことは、一番大事なことだ。この世のなによりもな。ケイトは、この大切さをよく知っている。これは俺様も、見習わねばならんところだ。お前たちは獣人である前に、俺様の弟だ。死なれては困る。だから、危険だと判断したら、迷わず俺様を呼べ。“弟の刻印”は、その為にあるのだからな。モーリスは俺様が渡したお守りを使え」
ナディアキスタはモーリスにそう言うと、モーリスはそのお守りがあるであろう胸の辺りに手を添える。
私は三人に最後の一言を添える。それは残念なことに、ナディアキスタとかぶってしまった。
「もし誰を呼べばいいか分からなくなったら、ナディアキスタを呼べ」
「無事な奴が分からなかったら、ケイトを呼ぶといい」
「「こいつ、絶対死なないから」」
三人は、呆れた顔で喧嘩する私たちを見ていた。
***
獣の国──北側の街
先進的な国の割に、八百屋、魚屋、肉屋と古風な店が並ぶ北の街。元々この辺りだけの国が、いつしか発展して今の形に至ったと学んだが、改築しているとはいえ懐かしさが残る。
綺麗に区画整理された他方の街と違い、この辺りは曲がりくねり、坂がある。昔の地形が、ハッキリと分かる。
「ケイト」
「なんだ」
「ん」
「あ?」
ナディアキスタがいきなり話しかけたかと思うと、剣を私に押し付ける。私はそれを受け取り、職業のクセで刃の確認をする。
「おい」
「なんだ」
「これ、真珠の国で借りたヤツだろ」
手に馴染む剣の柄。刃の透き通るような美しさ。まだ覚えている。この剣を振った時の、感触を。
「慈悲深い俺様が、哀れな騎士のために下賜してやろうと思ってな。魔女の森の保管庫にしまったものを、わざわざ持ってきてやったのだ」
「もっと仕事が落ち着いてたら、きちんと職人に頼もうと思っていたのに」
「今の今まで出来合いの剣で妥協していたんだろうが、お前の剣さばきはあまりにもガサツ。どうせすぐに折れて使い物にならなかったんだろう」
ナディアキスタは肩を竦める。
私は試し斬りにナディアキスタを切りたい衝動に駆られるが、ぐっと堪えた。
「くれてやる。だからきちんと使いこなせ」
「うるさい。お前に言われなくとも。脆い剣とは全く違うんだ。折るものかよ」
私は腰に剣を提げる。
ナディアキスタはそれを見ると、「良く似合うな」と皮肉っぽく褒めた。私は「はいはい」と流す。彼はいつになったら素直になるのだろうか。
「──ナディアキスタ、止まれ」
「どうした、ケイト」
ふと、音が聞こえた。
足音だ。だが、その足音が人間のものかどうか、判断出来なかった。
私は耳を澄ませる。その足音を聞き逃すまいと、神経を研ぎ澄ませた。
──形容しがたい音だ。
爪が当たっているようだ。反対の足が地面に着くまでの時間が限りなく短い。歩幅が狭いのか? いいや、まるで──
「犬の足音?」
だとしてもおかしいだろう。犬でももっと、歩幅があるのだから。
「ケイト、警戒しろ。何かが近づいているぞ」
ナディアキスタが辺りを見回す。私も、剣に手をかけて警戒した。
程なくして聞こえる犬の唸りと、人間の吐息。
ひっそり隠れて近づいてきているのが分かる。
入り組んだ道で、見通しが悪いのが恨めしい。音を捉えても、姿を見るまでに至らない。
ナディアキスタと私は、背中合わせで周りに注意を払う。ナディアキスタは指輪をかけて、ガラスの棒を出す。
私は左手で、剣をほんの少しだけ抜いた。
「バウァウ!」
「ナディアキスタ!」
犬が吠え、ナディアキスタに噛みついた。
ナディアキスタは右腕で顔を庇ったが、強く噛まれてしまった。
倒れたナディアキスタの上を払うように、私は犬の顔を蹴り飛ばす。
ナディアキスタから離れた犬の姿に、私はあんぐりと口を開けた。
女の下半身に、犬の首が六頭分ついているのだ。
足も犬。しかも、十二本もついている。
女はギリギリとうるさく歯ぎしりをして、もう一度ナディアキスタに襲いかかった。
私はナディアキスタに当たらないよう、細心の注意を払いながら、女の顎を蹴りあげる。仰け反った奴の腹に飛び蹴りをねじ込み、ナディアキスタから遠ざける。
「おい、腕!」
「馬鹿者、すぐ治る。集中を切るな!」
私がナディアキスタの傷を診ようとした。だが、後ろから女に掴まれ、足を犬に噛まれた。
「しつこい!」
私は振り向きざまに女の脇腹を蹴り、遠くに飛ばす。
ナディアキスタは立ち上がると、私の腕を引いて、無理やり立たせた。
「足は?」
「何ともない」
「はぁ、間抜けめ。スキュラなんぞに負けたらタダじゃ済まさないぞ」
「やっぱりアレはスキュラか」
「音声と写真、両方の特徴に一致するな」
「あれが今回の事件の正体か。少し面白くないな」
私は剣を抜いた。
ナディアキスタはガラスの棒をくるんと回す。
私に蹴飛ばされたスキュラは、恨みの篭った目で私たちを睨んでいた。




