104話 お前は寝ろ
和解作戦その二『娯楽交流』
双方の代表がチェスで仲を深める目的。だが、勝敗が決まるため、獣人側から不満が出てボツ。
和解作戦その三『食事会』
獣人、人間側から料理人を選出し、それぞれに食事を振る舞い、和解を促す目的。しかし、人間側が魔女信仰では食べられない馬の肉を出し、獣人側が一日下痢に苛まれる毒を盛った為、和解どころではなくなり失敗。
和解作戦その四『読書会』
これは一番穏便に進んだ。教育の国であるだけあって、国民のほとんどが読書家で、興味深い本を紹介し合って笑い声も起きる。いい感触だと思っていたが、白熱し過ぎたグループが喧嘩を初めて、そのまま大乱闘。
骨折者が出る始末で、頭を抱えた。しかし本は無事。どこまでも国民性が出る。
その後もいくつか和解案を出したものの、ボツ、見送り、失敗を繰り返し、気づけば四日が過ぎていた。
ほぼ徹夜が五日目になり、流石に私も体力が落ちてくる。
朝の準備運動を休み、訓練中の休憩を仮眠に費やし、昼飯を食べていると、エリオットが私に「休んでおいで」と上着を掛ける。
「髪の毛がパサパサだし、目の下にもクマが出来てる。いくらケイティでも無茶しすぎだよ」
「ん、まだ平気だ。図書館にも行かないと。まだ魔物のリストが出来てない。獣型の魔物の線も視野に入れてみる」
「ダメだ。これ以上は危険だ」
「私の体力を舐めるな。あと二日は持つ」
「ケイティ、約束したよね。俺、『無理だ』と判断したらすぐにやめてもらうって」
私はエリオットに怒られて、あの約束を思い出した。
そういえば、そんなこと言ったような気がする。どうせ止めないと思って好き勝手動いたが、やり過ぎたみたいだ。
かといって、騎士が結んだ約束を反故にするのは信念に反する。私は悩んだが、「分かった」と返事をした。
エリオットは私の頬を撫でながら、安心した表情を見せる。
「午後は休みにするから、寝ておいで」
「分かった。その前に、あと一回だけ獣人陣営に行ってもいいか?」
「約束したでしょ?」
「ちゃんと守る。だから、最後に一回だけだ。魔物のリストを見せて、出来るだけ候補を絞りたい」
「それ、今日じゃないとダメ?」
「明後日から戦争だぞ。ギリギリまで頑張りたい」
私の頑固な姿勢に、エリオットはため息混じりに「分かったよ」と許可をくれた。けれど、その後必ず休むという約束を、半ば無理やり結ばされる。
私は、大きな欠伸をしながら、山に向かった。
***
「······モーリス?」
「はい、何でしょう? お茶ですか?」
「いや、違う。その」
「ブランケットですか。どうぞ」
「いや、違······メイヴィス〜」
せっせと世話を焼くモーリスを止めてもらおうと、私はメイヴィスに助けを求めるが、彼女はにこやかに「ゆっくり寝て大丈夫だよぉ」なんて言う。「止めてくれ」とストレートに言っても、「夕方には起こしたげるからさぁ」と、トンチンカンな答えが帰ってくる。
ついさっきの事だ。山に足を運んだまではいいが、いきなりオルカに抱えられるわ、ナディアキスタのテントでモーリスとメイヴィスが待ち構えてるわで、何が起きているのか分からなかった。
オルカの腕にすっぽりと埋められ、モーリスにブランケットをかけられ、メイヴィスは子守唄を歌う。
モーリスとメイヴィスは、怒りを含んだ笑顔で私の世話を焼く。オルカがそっと、「心配してるだケ」と囁く。
「ケイトが山に入ってくるトキ、モーリスが最初に気づいタ。無茶してるこト、すごく怒ってタゾ」
「それでか。エルにも怒られたのに······」
でも二人の強引さと、オルカの寝かしつけスキルの高さに、私はもう眠くなっていた。けれど、うつらうつらと目蓋は落ちるが、どうも寝るには至らない。
いっそ寝たフリして、夕方までやり過ごそうか。
「おいケイト、起きてるだろ!」
「うるさ。元気かよガキンチョ魔女」
いきなりテントが開いたかと思えば、ナディアキスタが大声で私を呼ぶ。ナディアキスタはつかつかと私の前に来ると、私の顔をぐいと掴む。ちょっとばかり痛くて呻くと、彼は「馬車に轢かれたカエルの真似か?」と鼻で笑った。私はナディアキスタのスネを踵で蹴った。
「いった! いきなり何するんだ!」
「こっちのセリフだアホタレ俺様野郎が」
「悪態つく元気はあるらしいな」
「兄さん、ケイト疲れてル。あんまり乱暴するナ」
「言われずとも分かっている。俺様を侮るな」
ナディアキスタは私の顔を観察すると、パッと手を離す。
目の前で小鍋と三脚を出すと、アルコールランプに火をつけて、魔法薬材を鍋に放り込んでいく。
白トカゲの尻尾。西日を浴びた砂。蔦の上で凍った夜露。夜光蝶の羽。次々に鍋に放り込み、ガラスの棒でグルグルとかき混ぜる様子は、料理とも、理科実験とも見える。
何回見ても、面白いものだ。
「む、しまった。カモミールがない」
「たしか、ウルルがハーブを摘んでいましたよ」
「まだ近くにいるよぉ。匂いがするし」
ナディアキスタとホークス姉弟が話していると、オルカが「ウルル!」と大きな声を出した。
すると、テントが元気に開き、カゴを持った小さな白い狼が飛び込んでくる。
「とーちゃ! 呼んだ!?」
女の子の狼がオルカの肩に抱きつく。
オルカはその子の鼻先を優しく噛んだ。
「ウルル、兄さんがカモミール欲しいッテ」
「にーちゃが? いくつ欲しいの?」
「一つで足りる。持ってるか?」
「あるよ! 今日のウルルはお花屋さんなの!」
ウルルはナディアキスタの前に行くと、カゴの中を見せた。沢山のハーブが入ったカゴは、とても落ち着く香りがする。
「お客さん! 今日は何を買いますか?」
ウルルは『お花屋さんごっこ』にナディアキスタを巻き込む。
嫌な顔をしそうだと思っていたが、ナディアキスタは優しく笑って「カモミールを一つくださいな」と、遊びに乗った。
私は声を抑えて笑った。絶対にやると思っていなかった。
ウルルは「どーぞ!」とナディアキスタにカモミールを渡す。ナディアキスタはポケットから、キャンディを出してお金代わりに渡した。
ウルルはもう一度、オルカの前に来る。
「ねぇ、とーちゃ。いつになったらお家に帰れるの?」
「まだかかるだロウ」
「それってどれくらい?」
「もっと長いゾ」
ウルルは耳を寝かせて、「早く帰りたい」と呟いた。
子供に我慢しろなんて酷な話だろう。ただでさえ争いが起きる直前で不安なのに、家に帰れるかすら怪しい状況で、『弱音を吐くな』なんて言えない。
「──すぐ帰れるように、頑張るから」
気がついたらそう言っていた。
ナディアキスタは「馬鹿め」と私に言う。けれど、ウルルは「ほんと?」と耳を立てる。
「ああ。私は内戦は嫌いなんだ。巻き込まれるのはよっぽどな。だから、君たちがちゃんと、家に帰れるように、私が頑張るよ」
「おねーちゃ、獣人なの?」
「違うよ。私は騎士だ」
「敵なの!?」
ウルルは驚くと、すぐに私に威嚇した。オルカが止めようとするが、私は「構わん」と体を起こす。
「敵だな。けれど、私はそこの魔女の知り合いだ」
「え、にーちゃの?」
「そう。ポンコツ野郎の」
ナディアキスタはわなわなと震えていた。私は彼に舌を出して挑発する。
「にーちゃの知ってる人なのに、敵なの?」
「そう。だから、私はケンカしたくないんだ。それに、君たち悪いことしてないんだろう? それなのに怒られる意味もないじゃないか」
私がそう言うと、ウルルは「うー」と難しそうに首を傾げた。
オルカが「無理するナ」とウルルを撫でた。
「私は、二つの種族にケンカさせないように、止めようとしてるんだ」
ウルルは「そっか」と言うと、私のそばに寄って、自分の頬に私の手を重ねる。
「じゃあ、おねーちゃは『やめようよ』って、言ってくれる人なんだ」
「ふふ、そうだ。賢いな」
「ウルルはね、ウルルって言うんだよ!」
「私はケイト・オルスロットだ」
「ケートさん! よろしくね!」
「よろしく、小さな優しい狼さん。私が、君を早く家に帰すと約束しよう」
私はそう言って、ウルルの小さな手にキスを落とす。騎士の誓いとはいえ、ウルルには刺激が強かったのか、顔を真っ赤にしてテントを飛び出してしまった。
「元気だな、子供は」
「ケイト、お前······エリオットを『天然たらし』と呼べなくなったな」
「は? 何言ってるんだ」
「おうおう無意識か。天然たらしどもで国が成り立つとは。皇帝がハーレム囲っててもおかしくないな」
「一夫多妻制は大昔に廃止された」
「おいモーリス。お前の主人、レンガで殴れば鈍感治るか?」
「いいえ。レンガが割れるので無理です」
「おい貴様ら、私を化け物扱いするなよ!」
私が暴れようとすると、ナディアキスタが私の口に小瓶をセットする。ハーブの香りに紛れて、キマイラの血のような味が喉に流れ込んでいく。
私はすぐに深い眠りに落ちていった。ナディアキスタのムカつく顔が、私をずっと見つめていた。




