表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/158

103話 一度目は失敗

 獣人族陣営で、私は明日の対談の件を伝える。

 ナディアキスタは驚き、オルカは嬉しそうに耳を動かす。


「だいぶ仕事が早いな。どんなからくりだ?」

「監視カメラの記録を調べたら、人間が襲われる二日前に、昨日聞いた事件が起きていた。それを指摘しただけだ」

「さすがだな。だが、相手は人間だ。卑劣な手なんていくらでも使う。獣人族の長老には、防衛の呪いを施した方が良さそうだな」


 ナディアキスタはそう言うと、ブツブツと何か呟きながら陣営の奥へ歩いていった。

 伝えることは伝えたし、私も帰ろうとすると、オルカが腕を掴んで引き止める。


「ケイト」

「なんだ?」

「ありがトウ。もちろん、喜ぶのは早いガ」

「気にしないでくれ。私が勝手にやった事だ」


 オルカはまた、私の鼻をつまむ。私もだんだん慣れてきた。


「ケイトは、他の人間とチョット違うナ」

「褒め言葉なら受け取るぞ」

「褒めテル。普通は、別の種族に手を貸さナイ。争っているノなら余計ニ。でもケイトは困ってたらスグ、手を貸してくれル。種族なんて、気にしてナイみたいダ」

「······気にしてないさ。だって、魔女とケンカするんだぞ」


 オルカは「本当にナ」とフッと笑う。

 私は山を降りた。オルカは途中まで見送ってくれた。


 ***


 獣の国──議事堂


 私は時計を見ながら、議事堂の前をウロウロ忙しなく歩く。

 エリオットが「落ち着いたら?」と声をかけた。


「君が忙しくしたって、話し合いがすぐに終わるわけでも、和解に繋がるわけでもないよ」

「ああ、そうだな」


 そう言いつつも、ソワソワした気持ちが落ち着くはずもない。

 しかし、対談が始まってわずか十五分。獣人族の長老が怒った様子で議事堂から出てきた。

 エリオットを睨むと、長老は「貴様らが一番理性的、か」と馬鹿にして山へ帰ってしまった。



 私とエリオットは顔を見合わせ、議事堂に入る。

 対談があった部屋に突撃すると、黙々と片付けをするウィリアムがいた。


「おや、騎士団の方々。いかがされましたかな?」

「いや、和解に失敗したのかと」

「ええ。そうです」

「何故失敗したのか、お聞かせ願えないか?」


 私が前のめりに聞くと、ウィリアムはため息をついた。


「最初は、穏やかに話が進んだのです。ですがお互い被害を受けた身ゆえ、ついつい、どちらに多く過失があるかで喧嘩してしまいました。ケイト副団長には申し訳ない。せっかく場を設けていただいたのに」


 ウィリアムは申し訳なさそうに肩を丸めた。

 エリオットは「そうか」と返事をする。


「それでは仕方ありませんね」

「あまりにも、子供じみたことをしてしまいました」


 エリオットはウィリアムを慰める。

 私はテーブルに散らかったままのカードに手を伸ばす。

 監視カメラの映像を写真にしたものだった。そこには、昨日見たはずの女の姿はなく、犬が獣人を襲っているように見せかけていた。


(これは、獣人側が怒るな)


 私は一枚写真をくすね、議事堂を出た。

 エリオットは私を追いかけてくる。


「ケイティ、どこに行く気だ」

「まだ休憩時間だ。調査に行く」

「結果は出た!」

「まだ一回だ」


 呆然とするエリオットを置いて、私は図書館に向かう。


 ***


 分厚い本や、手のひらほどの小さい本。

 古語で書かれたものや、木の板に字を彫った古い本。


 ありとあらゆる本をかき集め、私はテーブルを占領する。

 休憩時間が終わるまで、あと二時間ある。その間に読めるだけ読んでおかなくては。


「えーと、まずは『変化を得意とする魔物の全て』から」


 人を襲い、獣人も関係なく襲う魔物。

 カメラの映像や音声から察するに、人にも動物にも変身出来るのかもしれない。特に獣人を襲った時は犬を連れた女だった。もし、二人がかりで襲ったのなら?


「これじゃない。こっちでもないな」


 独り言を言いながら、私は魔物の種類を絞っていく。

 それらしい魔物を見つけては、紙に名前と特徴を書き記す。


 久々にこんなことをしたな、とつい懐かしんでしまう。

 騎士団に入ったばかりの頃、戦場で一度大怪我をした。初めて戦う魔物だったから、何に弱いかも、どう戦えばいいのかも分からなくて、立ち往生してしまった。

 肩に一撃食らって、そのまま戦線離脱。後に撤退したと聞き、父にすこぶる怒られた。

 私は同じ失敗を繰り返さないために、こうやって魔物一つ一つを調べあげて、頭に叩き込んだのだ。

 無茶苦茶な詰め込みは、花嫁修業(笑)で慣れている。本当に、懐かしいものだ。




「全て無駄に終わりそうだな」




 私の手首を掴み、そう吐き捨てる男がいた。顔を上げると、ナディアキスタが私を見下ろしている。私の手からペンを奪い取り、本を押しのけてバスケットを置く。


「食え」

「はぁ? 何言ってんだ。昼飯ならさっき食べたばっかりだ」

「お前こそ何言ってるんだ。今は夕方の六時だ。騎士の夕飯の時間はとっくに過ぎてるぞ」


 ナディアキスタに指摘され、私はようやく時計を見た。

 ここに来た時は一時にもなっていなかったのに、もう六時半になる。集中し過ぎた。


「やべ。気がついたら腹が減ってくる」

「モーリスの飯だ。そろそろご飯が恋しくなるだろうからって、わざわざ白米持ってきて炊いて、お握り作ってたぞ」

「出来る執事でとてもありがたいが、モーリスに『無茶をするな』と伝えてくれ」

「主従がそっくりでなければ、伝えてやっても良かったがな。黙って食え」

「図書館での飲食は禁止だ」

「こういう時だけ育ちの良さを発揮しやがって過集中常習犯め」


 ナディアキスタは私の腕を引き、外に連れ出す。

 広場の噴水にまで引っ張ってくると、ナディアキスタは私を噴水の縁に座らせた。間にバスケットを挟んで、自分も座る。

 ナディアキスタは監視カメラの位置を確認すると、噴水に右腕を肘まで突っ込んだ。


「おいっ」

「話しかけるな。この季節の水は冷たいのに我慢してやってるんだぞ」


 ナディアキスタは呪文を、歌うように唱えた。


「目を覚まして 水に眠るもの

 歌っておくれ 水の底に落ちた声よ

 私を光から隠してちょうだい

 深い水の中で踊るもの

 私の歌は美しいでしょう?」


 すると、噴水の水がぽこぽこと泡を飛ばす。

 飛んでいった泡は、カメラにくっつくと、ポンッ! とカメラを包み込んだ。

 全てのカメラを泡が包み込むと、ナディアキスタは腕を引き抜き、服の裾で水を拭った。


「全てを包み隠す、魔女の(まじな)いだ。終わりの呪文を唱えるまで効果は続く。今、カメラの記録を書き換えている。俺様達は映ってないだろう」

「便利だな。こんなことも出来るのか」

「ああ、師匠がよく使っていた」

「悪い、平然と地雷踏んだ」

「構わん。()にあったのは大鍋とゴブレットだけだった。煮溶けた女が美味かったらしいな」

「開いた傷跡自分で広げんなよ。反応に困るだろ、二重の意味で」


 二人でお握りにかじりつく。何も話さないまま、一個目のお握りを食べきってしまった。私がもう一つに手を伸ばすと、ナディアキスタは大きく伸びをした。



「──あんまり根詰めるな」



 ────え、今、心配された?

 私がキョトンとすると、ナディアキスタは咳払いをする。

 思ったより照れくさかったのか、背中を私の方に向けた。


「ん、いや。その、まぁ何と言うか。お前は馬鹿だから、本の内容を詰め込んでも意味が無いというか」

「はあああぁ!? お前、私をバカにすんなよ! 小さい頃から飽きるほど本を読んできたんだぞ!」

「なら、普段から策略を練るようにしろ。口を開けば『殺す』だの『首落とす』だの、脳筋もびっくりだ」

「心臓を頂戴する」

「言い方を変えればいいってもんじゃない! だから馬鹿なんだ! ばぁぁぁか!」

「うるせぇな! バカバカ言いやがって!」


 結局こうなるのか。

 ナディアキスタと、お互いに罵声を浴びせながら、夕食を済ませる。

 ナディアキスタは「もっと頭使え能無し侯爵!」と最後まで罵倒して帰った。

 私は彼の後ろ姿に舌を出す。私もそろそろ宿に戻ろう。


 日が落ちる道を歩いた。私は次の作戦を考えながら宿に入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ