103話 一度目は失敗
獣人族陣営で、私は明日の対談の件を伝える。
ナディアキスタは驚き、オルカは嬉しそうに耳を動かす。
「だいぶ仕事が早いな。どんなからくりだ?」
「監視カメラの記録を調べたら、人間が襲われる二日前に、昨日聞いた事件が起きていた。それを指摘しただけだ」
「さすがだな。だが、相手は人間だ。卑劣な手なんていくらでも使う。獣人族の長老には、防衛の呪いを施した方が良さそうだな」
ナディアキスタはそう言うと、ブツブツと何か呟きながら陣営の奥へ歩いていった。
伝えることは伝えたし、私も帰ろうとすると、オルカが腕を掴んで引き止める。
「ケイト」
「なんだ?」
「ありがトウ。もちろん、喜ぶのは早いガ」
「気にしないでくれ。私が勝手にやった事だ」
オルカはまた、私の鼻をつまむ。私もだんだん慣れてきた。
「ケイトは、他の人間とチョット違うナ」
「褒め言葉なら受け取るぞ」
「褒めテル。普通は、別の種族に手を貸さナイ。争っているノなら余計ニ。でもケイトは困ってたらスグ、手を貸してくれル。種族なんて、気にしてナイみたいダ」
「······気にしてないさ。だって、魔女とケンカするんだぞ」
オルカは「本当にナ」とフッと笑う。
私は山を降りた。オルカは途中まで見送ってくれた。
***
獣の国──議事堂
私は時計を見ながら、議事堂の前をウロウロ忙しなく歩く。
エリオットが「落ち着いたら?」と声をかけた。
「君が忙しくしたって、話し合いがすぐに終わるわけでも、和解に繋がるわけでもないよ」
「ああ、そうだな」
そう言いつつも、ソワソワした気持ちが落ち着くはずもない。
しかし、対談が始まってわずか十五分。獣人族の長老が怒った様子で議事堂から出てきた。
エリオットを睨むと、長老は「貴様らが一番理性的、か」と馬鹿にして山へ帰ってしまった。
私とエリオットは顔を見合わせ、議事堂に入る。
対談があった部屋に突撃すると、黙々と片付けをするウィリアムがいた。
「おや、騎士団の方々。いかがされましたかな?」
「いや、和解に失敗したのかと」
「ええ。そうです」
「何故失敗したのか、お聞かせ願えないか?」
私が前のめりに聞くと、ウィリアムはため息をついた。
「最初は、穏やかに話が進んだのです。ですがお互い被害を受けた身ゆえ、ついつい、どちらに多く過失があるかで喧嘩してしまいました。ケイト副団長には申し訳ない。せっかく場を設けていただいたのに」
ウィリアムは申し訳なさそうに肩を丸めた。
エリオットは「そうか」と返事をする。
「それでは仕方ありませんね」
「あまりにも、子供じみたことをしてしまいました」
エリオットはウィリアムを慰める。
私はテーブルに散らかったままのカードに手を伸ばす。
監視カメラの映像を写真にしたものだった。そこには、昨日見たはずの女の姿はなく、犬が獣人を襲っているように見せかけていた。
(これは、獣人側が怒るな)
私は一枚写真をくすね、議事堂を出た。
エリオットは私を追いかけてくる。
「ケイティ、どこに行く気だ」
「まだ休憩時間だ。調査に行く」
「結果は出た!」
「まだ一回だ」
呆然とするエリオットを置いて、私は図書館に向かう。
***
分厚い本や、手のひらほどの小さい本。
古語で書かれたものや、木の板に字を彫った古い本。
ありとあらゆる本をかき集め、私はテーブルを占領する。
休憩時間が終わるまで、あと二時間ある。その間に読めるだけ読んでおかなくては。
「えーと、まずは『変化を得意とする魔物の全て』から」
人を襲い、獣人も関係なく襲う魔物。
カメラの映像や音声から察するに、人にも動物にも変身出来るのかもしれない。特に獣人を襲った時は犬を連れた女だった。もし、二人がかりで襲ったのなら?
「これじゃない。こっちでもないな」
独り言を言いながら、私は魔物の種類を絞っていく。
それらしい魔物を見つけては、紙に名前と特徴を書き記す。
久々にこんなことをしたな、とつい懐かしんでしまう。
騎士団に入ったばかりの頃、戦場で一度大怪我をした。初めて戦う魔物だったから、何に弱いかも、どう戦えばいいのかも分からなくて、立ち往生してしまった。
肩に一撃食らって、そのまま戦線離脱。後に撤退したと聞き、父にすこぶる怒られた。
私は同じ失敗を繰り返さないために、こうやって魔物一つ一つを調べあげて、頭に叩き込んだのだ。
無茶苦茶な詰め込みは、花嫁修業(笑)で慣れている。本当に、懐かしいものだ。
「全て無駄に終わりそうだな」
私の手首を掴み、そう吐き捨てる男がいた。顔を上げると、ナディアキスタが私を見下ろしている。私の手からペンを奪い取り、本を押しのけてバスケットを置く。
「食え」
「はぁ? 何言ってんだ。昼飯ならさっき食べたばっかりだ」
「お前こそ何言ってるんだ。今は夕方の六時だ。騎士の夕飯の時間はとっくに過ぎてるぞ」
ナディアキスタに指摘され、私はようやく時計を見た。
ここに来た時は一時にもなっていなかったのに、もう六時半になる。集中し過ぎた。
「やべ。気がついたら腹が減ってくる」
「モーリスの飯だ。そろそろご飯が恋しくなるだろうからって、わざわざ白米持ってきて炊いて、お握り作ってたぞ」
「出来る執事でとてもありがたいが、モーリスに『無茶をするな』と伝えてくれ」
「主従がそっくりでなければ、伝えてやっても良かったがな。黙って食え」
「図書館での飲食は禁止だ」
「こういう時だけ育ちの良さを発揮しやがって過集中常習犯め」
ナディアキスタは私の腕を引き、外に連れ出す。
広場の噴水にまで引っ張ってくると、ナディアキスタは私を噴水の縁に座らせた。間にバスケットを挟んで、自分も座る。
ナディアキスタは監視カメラの位置を確認すると、噴水に右腕を肘まで突っ込んだ。
「おいっ」
「話しかけるな。この季節の水は冷たいのに我慢してやってるんだぞ」
ナディアキスタは呪文を、歌うように唱えた。
「目を覚まして 水に眠るもの
歌っておくれ 水の底に落ちた声よ
私を光から隠してちょうだい
深い水の中で踊るもの
私の歌は美しいでしょう?」
すると、噴水の水がぽこぽこと泡を飛ばす。
飛んでいった泡は、カメラにくっつくと、ポンッ! とカメラを包み込んだ。
全てのカメラを泡が包み込むと、ナディアキスタは腕を引き抜き、服の裾で水を拭った。
「全てを包み隠す、魔女の呪いだ。終わりの呪文を唱えるまで効果は続く。今、カメラの記録を書き換えている。俺様達は映ってないだろう」
「便利だな。こんなことも出来るのか」
「ああ、師匠がよく使っていた」
「悪い、平然と地雷踏んだ」
「構わん。下にあったのは大鍋とゴブレットだけだった。煮溶けた女が美味かったらしいな」
「開いた傷跡自分で広げんなよ。反応に困るだろ、二重の意味で」
二人でお握りにかじりつく。何も話さないまま、一個目のお握りを食べきってしまった。私がもう一つに手を伸ばすと、ナディアキスタは大きく伸びをした。
「──あんまり根詰めるな」
────え、今、心配された?
私がキョトンとすると、ナディアキスタは咳払いをする。
思ったより照れくさかったのか、背中を私の方に向けた。
「ん、いや。その、まぁ何と言うか。お前は馬鹿だから、本の内容を詰め込んでも意味が無いというか」
「はあああぁ!? お前、私をバカにすんなよ! 小さい頃から飽きるほど本を読んできたんだぞ!」
「なら、普段から策略を練るようにしろ。口を開けば『殺す』だの『首落とす』だの、脳筋もびっくりだ」
「心臓を頂戴する」
「言い方を変えればいいってもんじゃない! だから馬鹿なんだ! ばぁぁぁか!」
「うるせぇな! バカバカ言いやがって!」
結局こうなるのか。
ナディアキスタと、お互いに罵声を浴びせながら、夕食を済ませる。
ナディアキスタは「もっと頭使え能無し侯爵!」と最後まで罵倒して帰った。
私は彼の後ろ姿に舌を出す。私もそろそろ宿に戻ろう。
日が落ちる道を歩いた。私は次の作戦を考えながら宿に入った。