102話 時間の使い方
「何回も言ってるけど、俺は許可しないよ」
「頼む。一週間だけでいい。この一週間で犯人を見つけてみせるから」
「だから、ケイティは突っ走りすぎなんだって。本当に獣人が悪かったら、君はどうするつもりなのさ」
「その時は落とし前をつける。罰だって甘んじて受けよう。けれど、今必要なのは、人間側、獣人側の双方が間違っていることと、正しいことを前提とした行動であって」
「だから、国の監視カメラを漁って一人ひとりに話を聞きに行くつもり?」
「必要なら」
私はエリオットに『諜報』と称しての犯人探しを申し出ていた。かれこれ三時間粘ったが、一向にエリオットの許可が出ない。朝からずっと付きまとう私に、さすがのエリオットもため息をつく。
「ケイティの行動力は俺も認めてる。けどさ、思い込みで動くのは危なすぎると思わないか?」
「エルの昨日の行動みたいにか?」
「うぐっ、ごほん! とにかく許可しない! 絶対に!」
「頼む。私は戦争だけは避けたい。魔物の討伐とは全く違う。お互いに被害を及ぼしているのに、一方が責められるのは道理に合わないだろ」
「君があっちこっちウロウロしてたら、騎士の訓練も疎かになるし、獣人側に寝返ったって言われるかもしれないんだぞ。こっちこそ頼むよ、ムールアルマの守護女神」
エリオットの意見も同感だ。もし獣人が嘘をついていて、本当に人間を襲っていた場合、私が探りに行っていた時間は全て無駄になる。その時間分騎士の育成が疎かになり、いざぶつかりあった時に力で押し負けてしまう。
だからといって、私も引く気は無い。全員が無事に家に帰るためなら、私はなんだってする。
「エルの言うことも一理ある。いざと言う時の戦力不足はかなりの痛手だ」
「だろう? だから──」
「だから、私は自由時間全てを使って行動する」
「はぁ!?」
朝起きて、準備運動からランニングをする。その後訓練を行い、昼の自由時間を調査に当てる。そしてまた訓練をして、夕方から全ての時間を使って調査する。
それなら、騎士の育成も調査も両立する。かなり身体に負担はかかるが、そレくらい我慢しよう。
エリオットは「正気か!?」と私に問うが、頷いて返す。
「それじゃあ、夜寝られないだろう!」
「仮眠で足りる」
「いつ休むんだ!」
「訓練中でも休憩は挟む。そこだろうな」
「君はどうしてそこまでするんだ!」
「言っただろう。私は、戦争だけは避けたい、と」
エリオットは深く、深くため息をつき、脱力してその場にしゃがむ。しばらく考えると「分かった」と根負けした。
「いいよ、許可する。けれど、俺が『無理だ』と判断したら、すぐにやめてもらうよ」
「分かった。それで構わない」
「じゃあ、そろそろ訓練が始まる。君は図書館前の広場で、新兵の訓練を担当して」
「分かった」
私はエリオットの許可をもぎ取って、広場へ向かう。エリオットはしばらく、しゃがんだまま動かなかった。
***
「監視カメラ、ですか?」
「ああ。見せてもらえないか?」
エリオットから許可をもぎ持ったその日の昼過ぎに、私はウィリアムの元を訪れた。執務室で書類仕事をしていた彼にそう頼むと、ウィリアムは目をまん丸にして口を開けた。おかしな顔で驚くウィリアムに、私はもう一度伝える。
「獣人側から、人間に襲われたとの主張があった。念の為、確認したい」
「ははぁ。ですが、おそらく気のせいだと思われますぞ。獣人が人間を襲うならともかく、人間が獣人を襲えるとは思えませんな。そもそも獣人とは体格から違······──」
「それを確認するために、カメラの記録が見たいんだ」
もにょもにょと口を動かすウィリアムに、被せるようにして要求をする。ウィリアムは「女性というのはこうであるべき」なんて私の振る舞いに文句を言いながら、管理室へと案内してくれた。
いくつものモニターが並ぶ薄暗い部屋で、ウィリアムは液晶パネルをタップしながら、三ヶ月前の記録を探す。
モニターがキュルキュルと巻き戻され、薄暗い夜の映像になる。
「止めてくれ、この日だ」
新月の二日前の記録に、鹿の獣人が映っていた。
ホットドッグを食べ歩いている。すると、後ろから髪の長い女が近づいてきた。薄暗くてよく見えないが、犬を一匹連れているようだ。
獣人が後ろを振り向いた瞬間、女は獣人に噛み付いた。獣人は咄嗟に暴れ、女から逃れるが、足に噛みついた犬が中々離れない。犬を蹴り飛ばし、その反動で女がよろける。そして獣人は、風のように早くその場を離れた。
ウィリアムは記録を見て、呆然としている。私は映像から目を離さずに、「これは、気のせいか?」と意地悪な質問を投げる。
ウィリアムは口をパクパクとさせた。
「私なら、獣人側に対談の掛け合いが出来るぞ。下らない戦争をする前に、腰を据えて話をしてみないか?」
私がそう提案すると、ウィリアムはうむむと唸る。
しばらく渋って、「そうですな」と返事をした。
「明日の午後一時、話し合いの場を設けましょう。ケイト副団長には申し訳ないが、獣人族にこの事をお伝え願えませんか」
「了承した」
調査開始からまさかの一時間で、最初の対談の場を設けた。
私は獣人側にそれを伝えるべく、議事堂を出て山へ向かった。ウィリアムは、鹿の獣人が襲われるところを、何度も見返しては、恨めしそうに顔を歪めた。