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101話 宣戦布告に牙を剥きまして

 朝五時に起床。手早く着替えを済ませ、寝床を整える。

 外で準備運動をして、巡回ついでにランニング。終わったら各自で朝食を取るが、私はその前に武器の手入れをする。

 元々持っていた剣とは全く違う、出来合いのものは、すぐに刃こぼれしてしまって、扱いに困る。

 ナディアキスタに借りたエルフの剣が、とても良く馴染んだ分、より使いにくくなってしまった。

 返さずに貰ってしまえば良かったと、部屋に戻る時にまた思う。


 ベッド脇に掛けた剣に手を伸ばした時、焼きたてのパンのいい香りがした。

 机の上を見ると、赤チェックの布を被せたバスケットが置いてあった。

 朝起きた時にあっただろうか。寝ぼけていて分からない。


 剣を持ったまま、私は布を外してみる。

 表面を焼いたパンに、レタスやトマト、両面を焼いた目玉焼きとベーコン、オニオンスライスにチーズを挟んだ、豪華なサンドイッチと水筒が入っていた。

 罠だろうか。毒でも仕込んでいるのか?


 毒は(たしな)み程度に使うが、鑑定しろと言われても出来ない。

 匂いを嗅いでみる。表面の色を見て、パンをちょっと持ち上げる。変な色の調味料もないし、特別匂いの強い香料を使っているわけでも無さそうだ。

 水筒の中身も、ばらの花を使ったハーブティーのようで、ちょっと飲んでみたが変な味はしない。本来の白湯のような味がして、毒は入っていないようだ。


 サンドイッチも、おそるおそるかじってみる。ふかふかのパンとシャキシャキのレタスの食感が楽しい。卵もぷりぷりで、胡椒が良いアクセントになっていた。

 だが、ほんのりと薬品臭い味がする。どう考えてもありえない味だ。毒を盛られたか?


「ん〜、なんか。ナディアキスタ(自己中魔女)の森の野菜みたいな味だな」


 それを思い出して合点がいった。バスケットの底を漁ると、案の定出てくるモーリスの手紙。


『現在、仮の敵同士とはいえ、侯爵様の御身を案ずるのが執事の務め。朝食だけでもお世話させていただきます』


 モーリスが作ったものだと分かると、安心して食べられる。私は「ありがとう」と感謝しながら、サンドイッチをかじった。



『追伸。ちゃんと毒味をしたようですね。安心しました』



 ──私はモーリスに、獣か何かと思われているのだろうか。


 ***


 真っ白な鎧が朝日に反射して眩しい。

 私はまだ副団長だから前前を歩くのが一人しかいないため平気だが、後ろを歩く兵士たちは目を細めたり、目元に影を作ったりして何とか凌いでいる。

 騎士の国のシンボルとはいえ、もっと色味的に何とかならなかったのだろうか。あまりにも目立ちすぎる。

 さらに言えば、エリオットの鎧は常にピカピカで、騎士団の中でも一等白い。『発光体か?』というくらい輝くものだから、エリオットを直視出来なくて行軍もへったくれもない。


「エリオット、お前もう少し鎧磨く頻度減らせよ。お前が光源みたいで目が痛い」

「そう言うケイティは、剣よりも鎧を磨いた方が良いよ。だいぶくすんでしまってるじゃないか」


 私の鎧は、他の兵士に比べて赤褐色にくすんでいる。しょっちゅう戦場に行くし、誰よりも戦果をあげる私だから、手入れをしてもすぐに赤くなってしまう。


(というか、これエリオット(お前)避けのために血を被ったせいだからな)


 最初から媚び売り令嬢の真似をしていればよかったと、今になって悔やんでしまう。



「これより獣人族の陣営に入る! 皆の者、警戒を怠るな!」



 エリオットが号令をかけて、山に足を踏み入れた。

 兵士たちも気を引き締める。


 ──今日は宣戦布告の日だ。


『戦争をするから』と言うためだけに、武力の誇示とはエリオットらしい。一人二人で話をするだけで十分だろうに、そこまで獣人族を恐れる必要があるのだろうか。


 山を登り十数分くらい、山頂の方から勢いよく近づいてくる足音がした。



「総員戦闘準備!」

「今の命令は撤回だ! 武器を下ろせ!」



 エリオットの命令を即座に下げて、私は前に出る。エリオットは私を止めるが、私は騎士団を守るように腕を広げた。


「······ケイト」


 目の前にまで迫り、ぐあと口を開けたオルカは、私を見るとぴたりと攻撃をやめる。私は「そうだ」と返した。

 オルカはふぅと息をつくと、私の鼻をつまむ。


「うきゅっ」

「来るなラもっと早く言エ。警備の連中ニ話を通しておけたノニ」

「いや、私たちは敵だ。手の内を明かすことは出来な──」



「彼女に触るな! 獣人!」



 エリオットがいきなり私の腕の中に納め、剣を抜く。兵士たちが釣られて剣を抜いた。オルカは唸り、牙を剥く。


「やめろ! 争いに来たんじゃない!」

「ケイティ! 君は危機感を持った方がいい!」

「何もしてないのに襲うわけないだろ!」


「獣人族はやりかねないんだよ!」


 エリオットがそう言うと、オルカの目が少し悲しそうに歪んだ。きっと、私の見間違いかもしれない。けれど、決めつけられて息が出来なくなるあの感覚は知っている。



「獣人族だからって言うなら! 話しただけで剣を抜いたお前らは蛮族だろうが!」



 騎士と名乗るのもおこがましい。高潔な魂? こんなヤツらに宿るものか!

 私はエリオットの腕を振り払うと、書簡をオルカに突きつける。


「我々、騎士の国の騎士団は今日より一週間後に戦争を開始する意思をここに表す。騎士団を代表し、ケイト・オルスロットが今をもって、宣戦布告する!」


 オルカは受け取ると、「わかっタ」と言ってエリオット達を見る。


「獣人族代表、オルカが責任を持っテ、我ラの長にお届けスル」


 宣戦布告が終わる。後は帰るだけだ。──帰るだけだった。

 一人の兵士の悲鳴。その直後に聞こえた獣人の悲鳴。その方向を見ると、コンドルの自然型獣人の腕──というか、翼?───から血が流れていた。足を震わせる兵士の剣は血が滴っている。


「何があった!」

「じ、獣人がいきなり!」

「違ウ! 俺ハ警備ノ交代ニ来タダケダ!」


 私は二人の元に駆け寄り、双方の話を聞く。

 二人の話を聞くと、兵士が突然現れたコンドルに驚き、誤って攻撃してしまった。コンドルは私たちがいると気づかず、列の横から姿を見せた。ただの事故だった。


 私はコンドルの翼の付け根を縛り、止血をする。傷の深さを確認するが、表面をかすったくらいでとても浅かった。


「大丈夫だ。剣だから、傷口が綺麗だから血が吹き出したんだ。魔女に診てもらえ。必ず治してくれる」

「ナゼオ前ガ魔女ヲ?」

「気が合わなくてな、無駄に覚えてるだけだ」



「兵士を襲うなんて、やはり野蛮だ!」



 エリオットが怒り、オルカにそう吐き捨てた。

 オルカも不満そうに牙を見せる。


「ちょ、エル! ただの事故だ!」

「事故なものか! 兵士が防衛したんだぞ!」

「反射だ! 今、二人から話を聞いた!」


 エリオットは怒りが収まらないのか、剣を引き抜いた。その剣は、オルカの首を狙う。私は咄嗟に飛び出した。



「やめろぉぉぉ!」



 オルカは目を見開いた。私の首から血が一筋流れる。

 防御した剣は真っ二つに折れ、足元に転がる。エリオットの剣は、私の首の真ん中で止まっていた。


「ケイト」

「······何ともない。大丈夫」


 エリオットが剣を引いた。同じく真っ二つに折れた剣を見て、「馬鹿だろう」と私に言った。

 エリオットの剣は、私の剣を折った後、折れた剣によって横の力を叩き込まれて折れたのだ。

 私はエリオットの言葉に、我慢していた怒りが爆発した。


「バカだと!? 少なくともお前に言われる筋合いはない! 何故双方の話を聞いた私が間違いで、起きた事柄を見ただけのお前が正しいんだ! 大体、今日は宣戦布告をするために来たのであって、争うために来たんじゃない! 宣言一つに軍を率いる方がよっぽどバカだ! しかも襲ったわけでもなんでもないオルカを攻撃するなんて! 騎士団長の品位が知れるぞ!」


 私はエリオットの手から折れた剣をたたき落とす。

 エリオットは不満そうにしつつも、「帰るよ」と兵士を連れて山を降りる。私は少し残り、彼らがいなくなったところでオルカに深く頭を下げた。


「すまなかった。エリオットがあんな行動に出るなんて、予測を怠った私の落ち度だ」

「イヤ、ケイトは悪くないゾ。ちゃんと、俺たちと仲間ノ話を聞いてくレタ。手当てもしてくレタ。謝る必要があるのナラ、それは剣を抜いたあの男ダ」


 オルカは私の頭をわしわしと撫でると、コンドルに肩を貸して山を登っていく。オルカは一度振り返った。だが何も言わず、陣営に帰った。

 私は、本当に獣人族が人間を襲ったのか不思議でならなかった。


 彼らこそ、理性的だというのに。

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