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100話 話し合いませんか

 魔女信仰とは、その名の通り魔女を崇拝する信仰のことで、魔女が重んじていた規律や作法に(のっと)っているのだそう。

 例えば、日曜日は鶏肉以外の肉を食べない。海の近くで川魚を食べていけない。生まれた子供は十日間、頬に太陽と月の絵を描くこと。十三歳の誕生日にはローブを贈るなど、興味深い規律がある。

 獣人族のほとんどは魔女信仰で、それに合わせた暮らしをしている。


「そのルールの中に、『新月の夜ハ、出歩いてはいけなイ』というのガあル」

「何でだ?」

「新月の夜は月の守護もなく、闇の力が深く引き出されるからだ。魔女が行う(まじな)いも、条件関係なく成功しやすくなる。だがその力に引き寄せられて魔物が襲ってくる危険も高くなる。獣人族は、元々魔女の弟子が失敗して生まれた種族だ。体内の魔力が溢れて魔物を引き寄せやすくなるんだ」


 ナディアキスタの説明に、オルカが深く頷いた。


「だかラ、獣人は家の中デ過ごすんダ。外に出たりしナイ」


 家の中で大人しくしているのなら、家族がいる人はアリバイが出来る。一人の獣人はアリバイ確認が難しいか? 監視カメラはほとんど真っ暗で、外に出たかも家にいたかも分からない。


 けれど、今の話を一度持って帰るのも悪くは無い。


「ありがとう。話が聞けてよかった」


 オルカに挨拶をすると、オルカは私の鼻をつまんだ。


「うぐ」

「······気をつけテ帰レ」


 やっぱりモーリスが何か言いたげにしているが、私はオルカに頭を下げる。

 テントを出ると、ナディアキスタが追いかけてきた。


「オルカは警戒していただけだ」

「分かってるとも。わざわざ教えに来てくれたのか? 優しいお兄様だな」

「うるさい。······ケイト」

「大丈夫だ。何とか取り持つよ」


 ナディアキスタに言われなくとも、初めからそのつもりだった。

 私は山を降り、獣の国に戻る。日が落ちる間際に国に戻ると、エリオットが青ざめた顔で迎えてくれた。


 ***


「······と、まぁ。大まかに言うと、こんなものですわ」

「つまり、犯人は獣人に似た何かだということか?」


 私が獣人族に聞いた話を、ホワイトボードにまとめながらウィリアムとエリオットに伝える。

 エリオットは怪訝な顔で話を聞き、ウィリアムは悩ましげに腕を組む。


「有識者に直接お話をうかがいました」

「ですが、外に出ていない証拠が魔女信仰というのも、(いささ)か信じられませんな」

「もちろんです。ですが、もしこの犯人が本当に獣人族でないのなら、私は魔物の仕業を疑った方がよろしいかと」

「ケイティ、この国のセキュリティで魔物が侵入するのは難しいんじゃないか?」


 獣の国を守る外壁は高さ三メートルほどあり、空からの侵入に備え、迎撃銃が至る所に搭載されている。国内の監視カメラは常にモニタリングでき、犯罪や魔物の襲撃があれば、近くの交番から警察が派遣される。

 特に厳しいのは門だろう。二か所の入口には生体認証と個別コードの端末。勝手に入ろうとすれば、高圧電流の壁に阻まれて最悪死ぬ。その壁によって死んだ魔物は数知れないのだから、この国に魔物が出ることはない。


 獣の国は、武力こそ商人の国に次いで弱いが、警備だけで見れば、騎士の国にも劣らない。


「けれど、同じく三ヶ月前に獣人族が人間に襲われる事件が起きてます」

「あれは獣人族が勘違いしたんですよ。人間型の獣人に襲われたんでしょう」

「同じ獣人で、見間違うことなんてありえましょうか。その時はカメラを確認しまして?」

「しませんよ。人間が獣人を襲えるわけがありませんので」


 なんと言えばいいだろう。このモヤモヤを。

 自分たちが襲われたら血眼で犯人探しをするくせに、訴えられたら知らん顔をする態度の悪さ。

 私は舌打ちしたい衝動を抑え、「話し合いませんか」と提案する。


「今一度、獣人族と人間とじっくり話し合い、平和的解決を目指してはいかがでしょう」


 それが一番いい。誰も死なず、犠牲も少なく、手っ取り早い。

 だが、ウィリアムは腕を組んだまま、難しそうに唸る。


「こちらも、仲間が襲われていますゆえ。話し合いで解決するとは思えませんな」

「そうだな。それに話し合ったところで、獣人族が納得するとも思えない」

「野蛮な民族と和解など、副団長殿はお優しくてらっしゃるが、少しばかり非現実的なことをお考えのようだ」

「明日に備えてもう休もう。明日宣戦布告をする。その後からみっちり訓練をするつもりだ。ケイティに指揮を任せ──」



「はぁ?」



 我慢していた素が、ついうっかり出てしまう。

 私から発せられる低い声に、エリオットは肩を揺らす。ウィリアムはあんぐりと口を開けた。


「どいつもこいつも、『平和が一番です』って面してるくせに。結局何だかんだ理由をつけて、獣人族を殺したいだけだろうが」

「なっ、ケイティなんてことを!」

「し、失礼ですぞ! 私は、国民の不安を取り除きたい一心で!」



「その“国民”に、獣人族が含まれてないのはどうしてだ」



 私の突き刺す一言に、ウィリアムは口を閉ざす。エリオットは私の肩を掴み、「彼女は疲れているようです」と、適当なことを言って席を外す。


「ケイティ、今のは言い過ぎだ」

「うるさい。エルはなんの為にここに来たんだ」

「それは、最悪の事態を防ぐ為だ。もし戦争になっても、被害は最小限に抑えた方がいいだろう?」

「なら、獣人族以外の犯人を探し出すのが最善策だ。もしも獣人族に危害を加えるような事があれば、私だって容赦しないぞ」


 私はエリオットに忠告して部屋に戻った。

 久しぶりだ。ベットと小さな机があるだけの狭い部屋。実を言うと、旅先の宿の方が落ち着く。私はベットに寝そべり、一つだけある大きな窓から夜空を眺めた。

 月が満ちゆく前の細い三日月。暗い部屋に差し込むわずかな光は、私をあやす様に眠りに誘った。

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