10話 星巡り強奪作戦
作戦を立てた次の日。
雉を二羽と、薄汚い麻袋を引っさげて、私は国へと帰る。
狩人の格好のまま国に戻ると、街には新聞が出回っていて、その大見出し記事には『オルスロット侯爵家、魔女の贄に選ばれる!』『国母アニレア様が魔女のご指名!?』『オルスロット侯爵家苦渋の選択はいかに』などと書かれていた。
私はまず家に帰り、父と母に報告をする。
父にはご機嫌取りの雉を渡し、母と二人、ダイニングに集まってもらう。
父はソワソワと落ち着きがないし、母も顔色が不安定だ。
私が軽く咳払いすると、二人は背筋が伸びた。
「ケイト、魔女はどうなった?」
「なかなかに手強い相手でした。私の奇襲にも応戦し、未知なる力を用いて戦うその姿に、どう立ち向かうべきか悩むほど。私が事前に立てた作戦のことごとくが──」
「そんなことはいい! 魔女は倒したのか!? アニレアの命がかかっているんだぞ!」
(──私の命は、どうでも良かった?)
父と母は結果を急かし、私の話を遮った。
私はほんの一瞬だけ、冷たい目で両親を見据えて、また、笑顔を繕った。
「······宣言通り、魔女の首を刎ねて戻りましたわ」
私がそう報告すると、父と母は安堵の笑みを浮かべた。
私が差し出した袋の中身を確認せず、両親は胸を押さえて喜んだ。
母は父に寄り添って、「良かった」と涙をこぼす。父はそんな母を抱きしめて、「ああ」と返した。
「これでアニレアは無事なのね」
母の何気ない一言は、私の胸に突き刺さる。せめて、せめて一言だけ、私のことも心配して欲しかった。
「では、アニレアにも伝えるために、私は城へと参りますので」
私は二人に礼をして、自分の部屋にこもった。麻袋をベッドに放り投げ、服や髪に仕込んだ武器を全て床に落とす。
「······クソッタレ」
小声で悪態をつき、ドレッサーの鏡を睨みつける。
鏡に手をつき、私は自分の顔に歯を食いしばった。
ウロウロと部屋の中を歩き回り、気持ちを落ち着けようとしても、抑えられなかった。
苛立って、鏡にナイフを投げつけると、鏡はガシャンッ! と音を立てて割れる。
私は狩人の服を脱ぎ捨てて、いつものドレスに着替えた。
貴族のドレスは重く、複雑なものが多いが、私には着替えを手伝う侍女がいないから、一人で着られるドレスばかりを着る。
しかし、今回は特別な日だ。いつもより少しだけ手間がかかるドレスを選んだ。
深緑の髪と同じ色の、露出の少ないドレス。
実は特注で、ドレスの下にズボンが履ける代物だった。ウエストの下にあるフリルの隙間に手を入れると、スカートの部分が脱げてタキシードになる。
騎士としても、令嬢としても着ていける、実に便利な服だった。
「ほぉ、いい服だな。そんな物も売ってるのか」
「覗くな。女の着替えは高くつくぞ」
いつの間にかナディアキスタがいた。
ベッドの上で、ナディアキスタはあぐらをかいている。
彼は「着替えの後に来たからセーフ」とケラケラ笑っていた。本当に首を跳ねてやろうかと思った。
ナディアキスタはオークの首入りの袋をつつくと、床に散らばった服と武器をさっと見下ろす。そしてフン、と鼻で笑った。
「お前の両親はつくづく馬鹿だな。中身の確認もせずに喜ぶなんて」
「なんで分かった」
「この俺様の首(笑)だぞ。中を確認したのなら、もっと丁重に扱われるはずだ。首も、お前の武器もな」
「······私の判断材料は武器か? まぁ、確かにお前の言う通りだったよ」
私はタキシード風ドレスを着て、よそ行き用の令嬢の髪型に替える。ドレッサーの前に座り、メイクを施していると、ナディアキスタは私のヘアブラシをひょいと取って、私の髪を解いて梳かした。
「何のつもりだ」
「別に。鏡が割れてしまったようだから、俺様が手を貸してやるだけだ。顔も映らぬ鏡で、髪型を確認できるとは思えないからな」
「戦場でいちいち鏡なんて見るか。適当な木の棒一本でもあれば、髪型なんてどうにでもなる」
「だがここは戦場じゃない。大人しくしていろ。優しい俺様が、女っ気のないお前でも似合うヘアアレンジしてやる」
「はっ、お前に女の髪がいじれるものか」
「……魔女の弟は、必ずしも男だけとは限らん。髪をやってくれ、とせがまれたことなんて山ほどある」
ナディアキスタは自信たっぷりに言った。その通り、ナディアキスタの手つきは優しく、手馴れていた。私が普段しないような髪型を、手本もなしに手際よく結わえた。
編み込みで男性的な要素も加えながら、ボリュームのある華やかな女性らしい髪型にすると、ナディアキスタは私の首に、小さな香水瓶のついた金のネックレスをかけた。
「これがアニレアの星を奪う魔法だ。アニレアに渡す時は、ネックレスのチェーンを持って渡せ。香水瓶に触れると魔法が発動するからな」
「布越しはいいのか?」
「いや、手に触れると反応する。だから絶対に触るな」
ナディアキスタはそう忠告すると、私はから離れた。
「お前がアニレアにそれを使ったら、俺様が城に出入りするためのドアが出来る。その時に完全に、アニレアの星を取り替えるから、くれぐれも! その香水瓶に触るなよ!」
ナディアキスタはそう私に言いつけて、瞬く間に消えた。
私は彼がやってくれた髪型にそっと手を当てた。触れた髪束に、生花の感触がある。私は引き出しにしまってある手鏡で、それを確認した。
そこには、騎士の国の花である、白椿が挿してあった。
「······ふん、気遣いなんて」
私は麻袋を持ち、腰に剣を差して部屋を出た。
私がいなくなった後に、ナディアキスタが部屋に戻ってきた。
割れた鏡を指をでなぞり、目を伏せる。
そしてまた、いなくなった。