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【完結】俺は悪党、妹は勇者

作者: 黒木理

 俺の名はヨハンという。俺は極悪非道な人間だ。生まれつきなのだからしょうがない。

 俺はガリア王国の東部にある小さな村で生まれた。

 両親は農民で、俺も農民だった。

 

 俺には妹が一人いる。

 妹の名前はエミリアという。

 エミリアは俺が四歳の時に生まれた。

 両親や俺と同じ金髪碧眼の少女だった。

 俺はエミリアが生まれた時、エミリアを憎んだ。

 俺は四歳にして聡明な頭脳を持っていたから、妹が生まれたことで両親が俺を粗略に扱うようになると予想できたのだ。

 

 俺の予想は当たった。両親はエミリアにばかりにかまって俺をかまってくれなくなった。

 特に母さんは酷かった。

 エミリアが産まれた途端、俺に目もくれなくなった。朝も昼も夜もエミリアばかりを可愛がりやがる。反吐が出そうだ。

 

 エミリアは美人だった。両親や俺と同じ金髪碧眼で、天使のように美しかった。

 両親は俺に「ヨハン、お前はお兄ちゃんなんだから、エミリアに優しくしろよ。毎日世話してやれ」などと言いやがった。

 正直、腹が立つ。


「エミリアじゃなくて、長男の俺を優しく扱え!」

 

 と怒鳴りつけたくなった。

 だが、俺は生まれつき極悪非道で狡猾だった。そんなことをすれば両親から嫌われると予想した。だから、可愛い子供を演じる必要性を認識して、


「分かりました。ボクはお兄ちゃんから、エミリアに優しくします」

 

 と言ってエミリアの世話を毎日甲斐甲斐しくした。

 反吐が出そうだ。

 だが、仕方ない一度約束した以上は履行せねばなるまい。俺は宿敵であるエミリアの世話をした。

 

 エミリアの野郎は、いや正確には妹だから『野郎』ではないが、とんでもないヤツだった。小便やウンコをすぐに垂れ流す。腹が減ると泣きわめく。なんていう身勝手なクソガキだ。

 0歳児というのは手に負えん。

 俺は胸中でエミリアを罵りながら、世話をした。エミリアを甲斐甲斐しく世話すると両親が褒めてくれるからな。親なんてチョロイもんだ。

 八ヶ月後に夜泣きをしなくなった時はホッとしたよ。俺の負担も両親の負担も大分減った。 


「ヨハンは本当に偉いな。これからも一生エミリアを守るんだぞ」


 と、父さんは言った。


「本当にヨハンは立派な息子で助かるわ。エミリアにずっと優しくしてあげてね」

 

 と、母さんは言った。


「冗談じゃない。死ぬまで世話などできるものか」

 

 と反論してやりたかった。だが、しなかった。

 邪悪な俺は両親が望む答えを言った方が自分の利益になると瞬時に計算したのだ。


「はい。お父さん。お母さん。ボクは一生、エミリアを守ります。一生、優しくします」

 

 と誓った。

 予想通り、純真で善良な父と母は俺を絶賛した。

 そして、父は俺の頭を撫でてくれた。母は俺の頬にキスをしてくれた。

 ふむ。計算通りだ。

 しかし、何故こんな善良な両親から俺のような邪神を超えるような悪党が産まれたのだろうか? 不思議だ。俺ほどの知恵者でも理解出来ぬことが、この世にはあると見える。

 

 俺は七歳になり、エミリアは二歳になった。

 計算外の出来事が生じた。

 エミリアが俺になつきやった。   

 どこに行くにも俺についてきやがる。なんて面倒くさい。

 そのせいで俺がどれ程迷惑するのか、こいつは考えたことがあるのか?

 川に泳ぎに行くといついてくる。

 牛の世話をしに行くとついてくる。

 畑仕事にもついてくる。

 当然、家の中では俺にベッタリだ。

 しかも、俺が一緒に寝てやらないと泣く始末だ。ふざけるな!

 夜にまで宿敵の世話をせねばならないなんて、あんまりだろう!

 しかも、両親は微笑ましそうに俺と妹を見やがる。


「本当にエミリアはヨハンが好きなんだな」

 

 などと父さんが微笑しやがる。

 俺は作り笑いをして、毎晩妹を抱きしめて寝た。 

 



 俺は十歳になり、エミリアは五歳になった。

 俺は相変わらずエミリアの世話を甲斐甲斐しくしている。

 理由は何故かって?

 両親に「一生エミリアを守り優しくする」と約束したからだ。

 一流の悪党である俺は約束は必ず守るのだ。まあ、正直俺の妹は世界一可愛い。世話をするのはそんなに嫌ではない。

 最近、エミリアは色気づいた。


「お兄ちゃん。私、大きくなったらお兄ちゃんと結婚する!」

 

 と言い出すようになった。


「それは無理だな。俺とお前は血が繋がっている」

 

 俺は冷静に説得した。

 近親婚がどれだけ危険か、そして、それは国法に触れるということを話してやった。 

 俺が論理的に、かつ穏やかに説明する最中、金髪碧眼の妹は泣き出した。


「やだ! お兄ちゃんと結婚する!」

 

 と、癇癪を起こして俺に抱きついてきた。

 俺は驚いた。妹の膂力があまりにも強かったからだ。いや、強いなんてもんじゃない。まるで鬼神のようだ。

 俺は妹に押し倒されて、拘束され、そして、無理矢理唇を奪われた。

 ファーストキスを妹に奪われてしまった!

 エミリアの甘い匂い。そして、柔らかい唇の感触が俺の唇に広がる。

 エミリアは満足したのか、勝ち誇ったように俺から唇を離すと、


「やった! 勝った! これでお兄ちゃんと結婚できる!」

 

 と笑顔を浮かべた。

 この愚妹は、キスしたら結婚できるとでも思っているのか?


「キスしても、結婚はできないぞ」    

「? そうなの? じゃあ、たくさんする」

 

 そういう問題じゃねえよ! 俺はセカンドキス、そして、テンキスくらいまで奪われた。強姦罪で告訴するぞこの野郎!

 いや、それよりも……。


「エミリア、どうしてこんなに力が強いんだ?」

「きのう、夢で女神様に『勇者の力を与える』っていわれて、もらった」

 

 エミリアが、俺を組み伏したままドヤ顔をする。


「なんだと?」

 

 俺は驚いた。嫌な予感がする。

 


 


 俺の予感は当たった。

 五日後、王都から王様の使者がきた。

 薄汚い村に豪華な馬車と五十騎を超える騎士が駐屯した。

 王の使者を名乗る神官が、俺の家に来て、エミリアの前に跪いた。


「『勇者エミリア』よ。女神に選ばれし救世主よ。どうぞ、我が国をお救い下さい」

 

 神官がエミリアにそう告げた。

 両親は驚愕し、俺も驚いた。

 エミリアはポカンとして、指をしゃぶっていた。

 王の使者の話によれば、エミリアは『女神に選ばれた』そうだ。

 なるほど、こういう展開かよ、と俺は即座に理解した。

 

 王の使者は両親を恫喝し、同時に多額の金を渡した。

 逆らえば村ごと滅ぼすと暗に仄めかした。

 両親は嘆き悲しんだ。

 今、大陸全土は魔王に侵略されて滅ぼされかけている。

 エミリアが勇者になったということは、戦争の最前線に送られるということだ。

 神官はエミリアに、


「貴女さまは勇者であられます。神託によって選ばれました」

「これから栄耀栄華は思いのままです」

「大陸全土の国々全てが貴女さまを応援します」

 

 と胡散臭いことを言い始めた。

 信じられるかよ、馬鹿が。

 ふいにエミリアが、


「お兄ちゃんと一緒なら、魔王を倒せるよ。お兄ちゃんも連れて行く」

 

 と宣言した。

 その場にいる全員が驚き、俺自身が一番驚いた。


「無理だろう。俺は平凡な農民だ」

 

 と冷静に答えた。


「大丈夫だよ」

 

 エミリアはそう言うと、俺の手を掴んだ。

 ふいに俺の身体が光りに包まれた。

 そして、俺は力で溢れる出てくるのを感じた。


「これでお兄ちゃんは私とおんなじ力を持ったよ」

 

 とエミリアは事も無げに言った。 

 エミリアによれば、これは女神から渡された力の一つで、自分と同等の力をもつ存在を一人だけ作れる能力らしい。

 エミリアは、


「お兄ちゃんと一緒にいけと女神様に言われた」

 

 と説明した。

 すると神官は、


「ならばしょうがありませんな」

 

 と言って、俺に同行するように命じた。

 逆らえば俺もエミリアも両親も殺される。そう確信した俺は、


「分かりました。不肖、このヨハン、魔王を倒すために身命を賭しましょう」

 

 と宣言した。

 俺は約束を守る。

 だから、エミリアと一緒に魔王を退治することにした。

  

 






 正直、その後のことはくだらないことばかりだった。

 全てが予想通りだ。

 俺とエミリアは、国王から歓待された後、魔王軍との戦いの最前線に投じられた。

 そして、五年間血みどろの戦いをした。

 そして、三人の仲間とともに魔王を倒した。

 

 仲間は良い奴らだった。

 戦士ザリアス。

 賢者バレン。 

 魔法使いトリステイン。

こいつらは親友だった。

 俺は人間という生物は全く信用していない。

 人間の本性は全て悪だと思っている。

 だが、こいつらだけは信用した。

 

 だから、魔王を倒す前に今後の展開を話しておいた。

 俺は十五歳で、戦士ザリアス、賢者バレン、魔法使いトリステイン、全員俺より二十歳は年上だった。

 だが、全員俺の意見に賛同してくれた。

 俺の意見とは、


「魔王を倒した後、必ず大陸全土の国々の王達は俺達を殺そうとする」


 というものだ。

 戦士ザリアス。賢者バレン。魔法使いトリステイン。全員が俺の意見に同調した。


「まあ、それが普通だろうな」


 ザリアスが肩を竦める。


「私も予想していました。私達のような怪物的戦闘力をもつ個人を生かしておくのは王権にとっては有害ですから」


 バレンは冷静だ。


「常識の範囲内ですね。私達五人は魔王を倒した英雄です。王家にとっては、有害無益ですから」

 

 トリステインは苦笑する。

 いいね。流石に全員三十代の男。世の中の仕組みが分かっている。

 俺達四人は謀議を重ねた。

 ちなみにエミリアは蚊帳の外。謀議自体を秘密にしている。エミリアは呑気でお人好しだ。他人を疑うことを知らん。

 陰謀に向いているタイプじゃない。

 

 俺達悪党四人組は魔王を倒した後、即座に行動を開始した。

 まず、魔王城の周りで俺達を暗殺しようと派遣されてきた暗殺団を鏖殺した。 


「やはり、俺達を殺そうとしていたな」

 

 戦士ザリアスが怒りを滲ませた。


「これで確定だ。現在の国家群の上層部、特に王達は敵だ」

 

 賢者バレンが断言する。   

俺が頷く。

 ちなみにエミリアは現在魔王城を『浄化』の魔法で浄めている。

 俺はエミリアに、


「一ヶ月かけて、魔王城を浄化しろ。一ヶ月は魔王城から出るな」

 

 と命じた。

 エミリアは俺の命令は全て聞く。


「はい」

 

 とエミリアは答えて、魔王城の最深部で浄化作業に勤しんでいる。当然このことは知らない。知らなくて良い。

 これは俺達悪党四人組……、いや大人がするべき仕事だ。子供には早い。

 





 俺達は、大陸全土の国々の内、三カ国に狙いを定めた。

 三カ国は大国でここを潰せば俺達の身は安全だ。後は小国ばかりだからどうとでもなる。 

 俺達、勇者パーティーを殺害するべく、各国の軍隊が出動した。


「馬鹿な連中だ」

 

 俺達悪党四人組は嘲弄した。

 俺達悪党四人組は、魔王を倒したのだ。

 全員が、十個師団を壊滅できる力を有している。

 それに、馬鹿正直に大軍相手に大会戦をするつもりもない。

 

 俺達悪党四人組は、手分けして三カ国の王都に潜入した。

 容赦は一切するつもりはない。

 自分達で言うのも何だが、俺達は魔王を倒すために五年間、血を流した。何度も死ぬような目に遭った。

 多くの村や町、都市を救った。

 そんな俺達を殺害するような奴らは許せん。

 それに俺は約束を必ず守る。


「分かりました。不肖、このヨハン、魔王を倒すために身命を賭しましょう」

 

 と誓った。だから、魔王を倒した。身命を賭した。

 だが、「王権を守る」とは一言も言っていない!

 俺達悪党四人組の謀略は単純だった。二流の策謀といっていい。だが、三流の小悪党には二流の小細工で十分だ。

 俺は魔王討伐の旅の最初から、十歳の時から、この時を予想して鬼謀をめぐらした。

 現在の王に反発する権力者グループと気脈を通じていたのだ。

 

 俺達悪党四人組は、三カ国の王都に潜入して、病死や事故死に見せかけて、王達を殺害した。

 そして、あらかじめ気脈を通じていた権力者グループとともに権力を簒奪した。

 戦士ザリアス、賢者バレン、魔法使いトリステインは三人とも王家の姫君と結婚して玉座についた。

 そして、俺もとある小国の姫君と結婚してクーデターに成功した。

 俺達悪党四人組は吝嗇ではない。

 即座に国庫を解放して、貴族、国民に金をばらまいた。

 

 貴族も国民も阿呆だ。

 金があれば心も買える。

 全員が歓呼して英雄である俺達悪党四人組を「王」として認定した。

 エミリアは何が何だか分からない顔をしていた。

 だが、俺が抱きしめて、


「魔王に操られていた悪い奴らを倒した」

 

 というとすぐに納得した。

 ちょろいな。

かくて、大陸の超大国三つと小国の王が変わった。

 これでエミリアを守れるだけの権力を得ることが出来た。俺は少しだけ安堵した。





 俺は二十歳。エミリアは十五歳になった。

 俺は小国の王として、美人の王妃とともに幸福に暮らした。

 国民も貴族も愚かで、俺を「善良な王」として崇めてやがる。

 妻である王妃も完全に騙され、


「ヨハン様は本当に善良な王ですわね」

 

 と毎日のように言う。

 それは違う。

 俺は自分の身を守るために善良な王を演じているだけだ。

 

 俺の本質は極悪非道だ。

 奴隷制度を無くしたのも、医療費、学費を無料にしたのも、孤児院を以前の百倍に増やしたのも、全て俺の保身のためだ。

 殺害した前の王の治世とは比較にならないほど俺の国は富み栄えている。我が国には「貧困」「餓死」がない。

 

 これは俺のためだ。

 こうすれば、自国民も他国も俺を、偉大な王。素晴らしい王様と誤認する。こうしておけば、クーデターが起こされる心配がない。

 それだけだ。

 

 俺が王様とは思えないほど質素な生活をして、農民や乞食に手厚い福祉をしているのも、当然、自分の保身だ。

 ここまで「善良な王」を演じればクーデターは起きない。俺を殺せば治世が乱れると誰もが確信しているからだ。


「私は王妃とは思えないくらい慎ましい生活をしてますけど、私は陛下の妻になれて幸福です」

 

 と妻は語る。

 可哀想なヤツだ。俺に騙されてやがる。

 俺は単にお前の顔と性格と身体が目当てで結婚したんだ。ついでに声も、上品な仕草も好きだし、趣味も合うしな。


「陛下は私以外の側室をとられず私だけを愛してくれますもの……」

 

 妻が頬を染める。

 違うな、お前一人で満足してるだけだ。

 どいつもこいつも、俺の本性を知らん。

 人間はなんて愚かだ。

 俺の秘密を知ったら、誰もが俺を軽蔑して憎むだろう。

俺の秘密は誰にも知られるわけにはいかない……。


 


 



 俺は二十五歳。エミリアは二十歳になった。

 エミリアが、婚約者を紹介したいと言いやがった!


「ふざけるな!」 

 

 俺が玉座で怒声をあげると、全員が驚いた。家臣も妻も怯えている。俺が声をあらげるなと初めてだからだ。


「ふざけるな、と言われても……。もう、決めました」

 

 エミリアは澄ました顔で言う。

 翌日、エミリアが婚約者を連れてきた。

 戦士ザリアスの実弟、バイガルだった。

 一時期、俺達のパーティーの荷物持ちをしていた男だ。

 美男子で、長身で、性格が良く、戦士ザリアスの弟だから、王族だった。話してみると頭も良いことが分かった。

 気にくわん! ぶっ殺す!


「俺の妹と結婚したいようだな」

 

 俺は全身から殺意を吹き出した。


「は、はい! お義兄様!」

「決闘だ! お前がどれ程の男か見てやる!」

 

 俺はエミリアと同等に力を持つ、大陸屈指の戦士だ。

 バイガルは怯えて逃げると思ったが、


「畏まりました! 胸をお借りします!」

 

 と叫んだ。そして、俺に尊敬の生差しをむけやがる。やめろ!

 王妃も家臣も、エミリアも微笑ましい顔で俺とバイガルを見る。俺が適当に戦って、バイガルの男を立てると思い込んでいるのだろう。

 悪いがこいつは殺す。

 俺は両親に「一生エミリアを守り、優しくしろ」と言われて誓った。俺は約束を守る。

 



 王都から三十キロ離れた荒野で殺し合いをした。

 というか、一方的に俺がバイガルを痛めつけた。

 バイガルはズタボロになった。

 右腕と肋骨を五本へし折った。


「どうだ? エミリアを諦めるか?」

 

 俺はバイガルに言った。


「ま、まだです!」 

 

 バイガルが突撃してきた。

 俺はバイガルを叩きのめした。

 五十回以上、打ち倒してもゾンビみたいに起き上がってくる。

 俺は正直疲れた。

 面倒くさい。

 

 俺は治癒魔法をかけてバイガルを治癒した。

 そして、バイガルに歩み寄る。


「おい。バイガル。エミリアを一生守れるか?」

「はい!」

「エミリアを一生優しくするか?」

「はい!」

 

 バイガルが俺に尊敬の眼差しを向ける。

 俺は鼻を鳴らした。


「……じゃあ、約束を守れよ」     

 

 俺はバイガルをエミリアの結婚相手として認めた。

 俺は生まれて初めて約束を破った。

 まあ、バイガルがエミリアを一生、優しくして守るならば不履行にはならんだろう。

 いや、不履行だな。約束を破った事実は認めよう。

 俺は両親に報告して謝罪した。

 両親は俺の王城の一室で隠居しており報告すると、なぜか褒めてくれた。

 

 一ヶ月後、エミリアの結婚式がはじまった。

 新郎のバイガルが浮かれている。腹が立つ。

 だが、エミリアは幸福そうだ。

 まあ、良いか。バイガルは頼りないが俺もいる、暫くはエミリアを預けてやってもいい。

 


 



 


 俺は七十五歳になった。

 今、俺は病魔に冒されてベッドで寝ている。

 俺は妻や息子、孫達と話した後、エミリアを呼んだ。

 俺の罪を懺悔するためだ。 

 俺は誰にも言わなかった罪を話す。

 確実にエミリアは俺を軽蔑するだろう。

だが、死ぬまで秘密を抱える苦しみにもう耐えられん。


「お兄様……」

 

 エミリアがきた。エミリアも老婆になっていた。当たり前か。もう、七十歳だもんな。


「……俺の秘密を話す……」

 

 俺は秘密を暴露した。

 俺には前世の記憶がある。

 俺は前世でイギリスという島国の人間だった。

 

 そして、西暦一千九十九年、十字軍の遠征に参加して多くの人間を殺した。

 俺は極悪非道だった。

 敵対する兵士を百人以上殺した。

 民間人も殺した。赤子さえも殺した。


「俺は悪の化身だ。俺は今まで自分を恐れてきた……」

 

 俺がそう言うと、エミリアは俺の手を両手で握りしめた。


「そんなことを恐れていたのですか……」

 

 エミリアは優しく言った。


「お兄様、安心して下さい。前世と現世のお兄様は別の人間。別の人格です。お兄様が前世で聖者であろうとも、悪党であろうとも、お兄様とは何の関係もありません」

 

 エミリアは愛おしそうに目を細めた。


「だが、俺はまだ罪がある……。俺はお前が生まれる前に、お前を憎んだ。父さんと母さんが、お前に愛情を注ぐのを見て嫉妬した……。生まれて前の赤子を憎むような人間は悪党だ……」

 

 俺が罪を告げると、エミリアは驚いた様に目を見開き、次いで目に涙を浮かべて微笑した。


「そんなこと気に病むことはございません。本当にお兄様は善良ですね」

 

 エミリアはそう言うと、俺の頬にキスをした。


「愛していますよ。お兄様……。生まれ変わっても、私はお兄様の妹になります。絶対になりますよ」

「……俺と結婚したいんじゃないのか?」

「もう子供じゃありませんよ」

「そうか。なら、安心だな……」

 

 俺は微笑した。肩の荷がおりた。

 心が晴れた。

 俺は眠り落ちた。

 意識が薄らいでいく。不思議と心地良い。

 




 俺の前にエミリアが現れた。

エミリアは何故か赤ん坊の姿をしていた。

 そして、俺にむかって泣き叫んだ。

 あれはオムツの時の泣き声だ。

 オシッコをしたいんだろう。

 俺はエミリアのことなら何でも分かる。

 すぐに俺はエミリアのお尻を丁寧にふいて、オムツを交換した。

 そして、エミリアを抱っこする。

 エミリアが、まだ泣いている。

 俺は身体を揺り籠のように揺らした。こうするとエミリアは泣き止む。

 ほら、泣き止んだ。

 そして、こう言うとエミリアは笑ってくれる。


「大丈夫だ。お兄ちゃんがいつでもお前を守るからな」

 

 俺がそう言うと、エミリアが笑顔を浮かべた。

 そう、大丈夫だ。俺がずっとエミリアを守る。

 過去も未来も、そして生まれ変わってもエミリアを守る。 

 俺はエミリアのお兄ちゃんだからな。



 



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