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ep1.メトロポリタン美術館


 あーつまんない。

 でもそれはよく言えばで、悪く言えばくだらない。もっと悪く言えば、最低。

 何が?って言われたら、”全部”って話だし、原因なんて山ほどあるけど、いちいち説明するのもめんどくさい。あえて大雑把に言うならば、『両親の再婚』『イジメ』『夢敗れる=現実を知る』そう、嫌というほど現実がリアルにはっきりと見えてきて、鳥のように雲の上を飛んで自由に夢ばかり見ていた私は、足にロープを巻きつけられて、地面へ叩き落とされたってわけよ。今じゃ羽を毟られて裸になってまな板の上に乗っているってところかしら。


 ベットに横になって、大きな兎のぬいぐるみを抱きしめながら、ぼんやりとテレビを見る。お金持ちの家の中を紹介している。なんてくだらないんだろう。この人たちは幸せなのかな?そういや柚亜ちゃんもシャネルのポーチを買ってもらったって喜んでたっけ。普通なら羨ましいんだろうね。私は、興味がないだけ。そうだ、興味がないからつまんないんだ。ブランド品も友達にも両親にも……アニメは、つまんなくないもんね。けどその、漫画家になる夢だって、「ヘタクソ」って笑われて一瞬で終了してしまった。「オタク」って笑われて、踏み潰されて消えたー。

 つまらん。

 実につまらん。

 くっだらない。

 最っっ低!


(あかり)ちゃん?ちょっといい?」


 ママがそう言いながら、ゆっくりとドアを開けた。

 なんでいつも腫れ物にでも触るようにオドオドしているんだろう、この人は。

 返事もせずぴくりとも動かない横たわった私に向かってママは続けた。


「夏休みにね、旅行に行こうかなと思っているの。それも日本じゃないのよ。海外なのよ」


 私の耳がぴくりと動いた。

 海外?海外旅行?

 貧乏だったうちには到底考えられない話だ。

 そうか、再婚相手はどうやらお金持ちっぽかったもんなぁ。

 

「行くわよね、ニューヨーク」


 


***




「素敵ねぇ、これがあの、メトロポリタン美術館よ」


 クマというよりパンダな垂れ目の新パパが、絵が好きな私に見せてあげたいと思い奮発した旅行だと、ママが言った。


「灯ちゃん、最近笑わなくなっちゃったから……」


 そう言ってぎこちない笑みを浮かべたママに対して、罪悪感の一つもないわけじゃないんだよ。


「私、モネの絵を見てみたい……」


 初めて私が口を開くと、ママもパパも少し目を輝かせた。


「モネ、モネね、素敵よね、モネも展示してるわよ。楽しみよね。さ、行きましょう」

「灯ちゃんはモネが好きなのかい、私も好きだよ、特に晩年に描いた絵がね、なんだっけあの……ど忘れしちゃったよ、有名な作品なのに……」

「睡蓮です」

「ああそうだったそうだった、睡蓮睡蓮。あれはなんというか、琴線に触れるというか」

「……」


 パンダパパは左ポケットから赤いハンカチを出して額の汗を拭いた。

 それから、ママはカツカツとヒールを鳴らして、そんな彼の後ろについて歩いた。私は更に、その後ろを歩いていく。

 


 ……素敵……。

 ピエール=オーギュスト・ルノワール

 フィンセント・ファン・ゴッホ

 ポール・セザンヌ

 ヨハネス・フェルメール

 フランシス・ベーコン

 グスタフ・クリムト

 パブロ・ピカソ

 クロード・モネ


 どれもなんて美しいのだろう。

 こんなに心が動いたのは、随分久しぶりのことだ。

 想像する、筆を持ち、何かを見つめながら、絵の具をキャンパスに乗せていく姿を。何を思い、何を感じて、ずっとずっと昔に彼らは、絵を描いたのだろう。

 (人の体って、こんなに美しいんだ……)

 忘れかけてた絵を描く情熱が、夢が、枯渇した体内から泉のように沸いてくる気がした。

 描きたい。

 私も、描きたいー!!


 そう強く思った、その時だった。


(あれ?)


 視界の隅で、何かが動いたのだ。

 

(ネズミ?こんな綺麗な場所に、ネズミ?!)


 そう、それは小さなネズミだった。何か光るものを手に持って、じっとこちらを見ているように思えた。


(え?なに?なにあのネズミ、なんか持ってるし……てか、周りの人誰も気づかないのかな?早く退治しないとちょっとした騒ぎになるんじゃ……)


「ねぇ、ママ、あそこにネズミが……」

「why?」

「えっ!あー……ソーリーぃ……」


 ママかと思っていたら見知らぬ外国人だった。

 てか、ママとパパを見失ってしまった。

 なんということだ。

 こんな広い場所ではぐれたらなかなか見つからないじゃないか、14歳にもなって迷子だなんて!

 

 どうしたものか考えその場で固まっていると、ネズミが壁際をそろりそろり歩き出した。いや、まぎれもなくそのネズミはそろりそろりと歩いているのだ!ネズミがそんな歩き方をするわけがない。しかも、こちらを時々振り返っているような気さえする。

 私はその不思議なネズミを追いかける事に決めた。そうこうしている内に、ママとパパも見つかるかもしれない。


(待ちなさい、そこのネズミ!)


 おかしい、誰もあのネズミに気づいている風はない。

 私が早歩きで向かっていくと、気づいたようにネズミは走り出した。

 そして、『デンデゥール神殿』というコーナーへ入っていった。


(凄い、遺跡だ……って、もう、どこに行くのよ、あのネズミ!!)


 感動したのも束の間、ネズミはその神殿の遺跡の中へと入っていき、私は必死で後を追った。こんな所で走るわけにもいかないし、早歩きのままというこの恥ずかしさ。しかし見失いたくない。


(まったく、どこに行ったの?)


 大きな柱が2本立ち並ぶ神殿の中に、私も足を踏み入れた。

 そこは小さな石の部屋になっていて、真正面には神様らしき金色の大きな絵が壁に埋め込まれている。その部屋の隅で、じっとしているネズミを見つけた。 


 (はっはっは、袋のネズミとはまさにこのことね!)


 私がそろりそろりとネズミに近づいて行った時だった。


「ひっかかったな!」


 ネズミは確かにそう言って、持っていた何か光るものを私に向かって投げつけてきた。その瞬間私の体はみるみる光に包まれ、やがて煙のように軽くなり、金色の絵の中に吸い込まれていったのである。



 


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