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小人の家事代行屋

作者: 中村ゆい

とある小さなアパートに、田中さんという一人のお兄さんが住んでいました。

田中さんは一人暮らしです。

でも、本当は一人暮らしではありません。

田中さんは知りませんが、部屋のすみっこには小人たちが住んでいるのです。



田中さんがぐっすり眠っている夜、こっそりスマホで遊んでいた一人の小人が言いました。


「ねえねえ、みんな。『小人の靴屋』って知ってる?」

「知らなーい。何それ?」


近くにいた小人たちが、わらわらと寄って来て、スマホの画面をのぞき込みます。

画面には、靴屋に住む小人たちが夜中に靴を作る童話のあらすじが表示されていました。


「へえ。主人が寝ているうちに靴を作るんだね。見えないところで仕事を代わりに終わらせるって、ヒーローみたいでかっこいいねえ」

「でしょでしょ? だからさ、僕たちも靴を作りたいなあと思うんだけど、どうかな?」


最初にみんなを呼び寄せた小人がそう提案し、いいねいいねとみんなが賛成します。

けれど、話を聞いていた小人の一人が、「でもさ……」とみんなを止めました。


「靴の作り方もわからないし、材料や道具もないし、どうするの? それに、田中さんは靴屋じゃないから朝起きて靴が出来上がっていても喜ばないよ。何か他の物を作ったほうがいいんじゃないかな」


確かに確かに、とみんな納得しました。


「それもそうだね……。じゃあ、田中さんのお仕事をお手伝いするのはどうだろう? よく残業を持って帰ってくるじゃない?僕たちで代わりに企画書や報告書を作るんだ」


田中さんは靴屋ではありませんが、会社員です。


「でも僕たち、田中さんのお仕事の内容はよくわからないよ。ナントカの収益が何%どうだとか、消費者のニーズに合わせて新商品の企画をどうするだとかさ……」


確かに確かに、とみんな納得しました。


「じゃあ、家事をお手伝いするのはどうだろう? 田中さんがお仕事に行っているあいだにみんなで力を合わせて掃除や洗濯をするんだ」

「それなら田中さんも喜びそうだね!」


そうしようそうしようと、みんな納得しました。



翌朝、田中さんが仕事に出かけると、やる気に満ちあふれた小人たちは、部屋の中央のテーブルに集合しました。


一人の小人が素早く指示を出します。


「みんなの帽子の色で班を分けるよ!僕たち赤帽子班はお掃除、それから青帽子班はお洗濯、最後に緑帽子班はお料理を担当してください!では始め!」


「ラジャー!」


小人たちはそれぞれが身に着けている帽子の色に従って班に分かれ、それぞれの仕事に取りかかりました。

まず赤帽子の小人たちは、いつも田中さんが使っている掃除機のもとへ向かいました。

しかし、大きな掃除機は小人たちが押しても引いてもビクとも動きません。


「こりゃあ、自分たちには使えないな……」

「掃除機はあきらめよう。小人には小人なりのお掃除のやり方があるよ」


小人たちはまず、床に落ちているホコリを小さな腕で抱えてはゴミ箱に運び、そのあとは家にあったなるべく小さめのぞうきんやタオルを持ってきて水に濡らし、みんなで協力して部屋の隅々まで拭きました。

いつも仕事で忙しくなかなかお掃除ができない田中さん。

小人たちのおかげで部屋がかなり綺麗になりました。


青帽子の小人たちは、田中さんの洗濯物が入っているカゴに飛び乗りました。

田中さんは数日に一度、洗濯をします。

今日のカゴにも、数日前から溜まっている洋服が入っていました。

小人たちは「せーの!」と掛け声を合わせて、大きな服を洗濯機の中に次々と入れていきます。

洗剤も入れ、そして洗濯機のおまかせボタンを押して、少し休憩。

洗濯機がピー、と洗濯終了の合図を告げると、今度は濡れて重くなった服を、えっちらおっちらとみんなで運び、部屋の中に干しました。


「本当はベランダに干したかったけど……」

「今日は雨だから仕方ないね……」

「風も強いから、僕たちが飛ばされちゃうかもしれないもんね……」


少し残念ですが、これでお洗濯は完了です。


緑帽子班は、田中さんの晩御飯を作る担当です。

ですが、大きな問題が発生していました。

家に、お料理の材料がないのです。


「田中さん、いつもコンビニのお弁当だもんね」

「お買い物に行くしかないか」

「でも、外は……」


小人たちは窓の外を眺めてため息をつきました。

雨に風。小人たちが買い物に出かけると、全身ずぶ濡れになって、どこか遠くに飛ばされてしまうに違いありません。

それから、買い物をしようにも、お金を持っていません。


「とりあえず、お米はあるからご飯を炊こうよ」

「インスタントのお味噌汁もあるから作れるよ!」

「冷蔵庫に卵だけはあるから、目玉焼きを作ってみようよ」


小人たちは材料がない中、知恵を出し合って田中さんの晩ごはんの準備を始めました。



田中さんが帰ってくる時間になりました。

テーブルの上には小人たちが用意した晩ごはんが並んでいます。

ほかほかのご飯。あったかいお味噌汁。それから、真っ黒にこげた目玉焼き。

小人たちのあいだには、ギスギスした空気が広がっていました。

「……どうしてもっと上手く焼けなかったわけ?」


お掃除担当だった赤帽子の小人が、緑帽子の小人たちを睨みつけました。

緑帽子の小人たちも負けじと赤帽子たちを睨み返します。


「だって、目玉焼きって思っていたよりもひっくり返すのが難しかったんだもん。そんなこと言うなら君たち赤帽子がお料理を担当すればよかったんだ」

「そうだそうだ! 自分たちでやったわけでもないくせに、文句だけ言いやがって! あんたたちだって完璧にお掃除できてないじゃないか、ほら、まだそこにもチリが落ちてるよ!」

「な、なんだと~!」


赤帽子と緑帽子がテーブルの上で取っ組み合いのケンカを始めてしまいました。


「みんな、駄目だよ落ち着いてよ! もうすぐ田中さんも帰ってくるんだから、おとなしく隠れなくちゃ!」

「うるさい! 邪魔するな!」


青帽子たちがなんとかケンカをおさめようとしますが、ちっともうまくいきません。

バタバタと暴れまわっているうちに、田中さんが帰ってきてしまいました。


「みんな、玄関のドアが開いたよ、本当にもめてる場合じゃないってば!」

「な、なんだってっ?」


まずいと思ったときにはもう遅く、田中さんは取っ組み合っている小人たちを見て、驚きのあまり固まってしまっています。

もう逃げようもない小人たちは、覚悟を決めて、田中さんに挨拶しました。


「はじめまして、田中さん。僕たちは、このお部屋に住んでいる小人です」

「実は、小人の靴屋っていうお話を読んで、僕たちも田中さんのために何かしたいと思ったから、みんなでお掃除とお洗濯とお料理をしてみたんです」

「でも、田中さんのために作った晩ごはんの目玉焼き、こがしちゃった。ごめんなさい」

「ごめんなさい!」

「ごめんなさい!」


赤帽子も青帽子も緑帽子も、小人はみんなで田中さんに謝りました。


最初は小人が見えることがどうしても信じられない様子の田中さんでしたが、なんとか無理をして小人の存在を受け入れてくれた後は、小人たちにお掃除とお洗濯とお料理のお礼を言ってくれました。

そして、こげてしまった目玉焼きの代わりに、もうひとつ新しい目玉焼きを作って見せてくれました。今度はとっても綺麗な目玉のかたちでおいしそうな香ばしいにおいがする、完ぺきな目玉焼きです。

本当は田中さんはお料理が大好きで上手なのですが、最近はお仕事が忙しく、なかなか台所に立つ時間がなかったのです。


それから田中さんは、もう一つインスタントのお味噌汁を作り、ごはんも小さなお皿によそって、小人たちに配ってくれました。

そして、田中さんと小人たち、みんなで楽しくお喋りしながら食事をしました。

晩ごはんのあとは、みんなで食器を洗って、小人たちが干した洗濯物も、みんなでたたんで片づけました。

小人たちが手伝うと、田中さんが一人でやるよりもとっても早く、終わりました。

早く終わったぶん余った時間で田中さんと小人たちは、食事のときの続きのお喋りをしたり、一緒にテレビゲームをしたりして、すっかり仲良くなりました。


それからも小人たちは、お仕事に出かけている田中さんに代わって家事のお手伝いを毎日続けました。

田中さんもお仕事は忙しいですが、小人たちにお料理を教えたりするのが楽しいらしく、いつもスーパーで食材を買って、なるべく早く帰って来るようになりました。

それに、小人たちには嬉しいことに、「いつもありがとう」と言ってお礼に小人たちにコンビニのおいしいプリンをおみやげに買ってきてくれたり、小人たち一人ひとりに帽子と同じ色の服を作ってプレゼントしてくれたりしました。

実は田中さん、お裁縫も得意なのです。


そうして小人たちと田中さんが毎日楽しく暮らしていたある日、よその家に住んでいる小人が田中さんの部屋を訪ねてきました。

どうやら、小人たちが田中さんの家事をお手伝いしているという噂を聞きつけてやって来たそうです。

黄色い帽子を被ったその小人は、困ったように言いました。


「私の住んでいる家には、小さな赤ちゃんとママが暮らしています。だけどママが風邪を引いてしまって……。ママは体調が悪いのに無理をして家事をこなしたり赤ちゃんのお世話を頑張っています。少しでもお手伝いをしてママを助けてあげたいのですが、どうすればいいのかわからないのです。家事がとても得意だと噂のあなたたちに、力を貸してもらえないでしょうか」


話を聞いた小人たちは、お安い御用と黄色帽子の小人を助けることにしました。

さっそく赤帽子と緑帽子の小人たちが、黄色帽子の小人と一緒にママの赤ちゃんの家へと出かけて行きました。

それを見送っていた田中さんが、部屋に残った青帽子たちに、面白そうに言いました。


「なんだか、小人の靴屋じゃなくて小人の家事代行屋だね」

「家事代行屋?」


小人たちが聞いたことのない言葉に首をかしげます。


「人間の世界には、僕みたいに忙しかったり、色々な理由で家事ができない人の代わりに家事をする、家事代行サービスっていうお仕事があるんだ。君たちみたいだと思わない?」


なるほど、確かに自分たちがやっていることとよく似ていると、小人たちは思いました。そして、一人の小人が提案しました。


「じゃあ、僕たちで家事代行サービスをやろうよ。今日みたいに困っている小人の頼みを聞いて、その家に家事を手伝いに行くんだ」

「いいねえ、ヒーローみたい!」

「そうしよう、そうしよう!」


こうして、田中さんの部屋の小人たちは、家事代行サービスを始めました。

この忙しい現代社会に、なかなか家事まで手が回らない人間はたくさんいます。

そんな彼らを助けたい小人たちの頼みを聞いて、「小人の家事代行屋」は大繁盛です。

こうして、小人たちも田中さんも、仕事をしたり、一緒に家事をしたり、仕事がお休みのときにはゲームで遊んだりしながら、今まで以上に忙しく、でもとても楽しく暮らしました。


もしかすると、あなたの家にも小人たちが住んでいるかもしれません。

小人たちには心優しい者が多いので、あなたが忙しくしているときには、家事をこっそり手伝ってくれるでしょう。

けれど、小人たちはとても働き者で頑張り屋です。

もしも小人たちが家事を手伝ってくれた形跡を見つけたら、家事に精を出しすぎて疲れて倒れてしまわないように、あなたなりの方法で彼らを気遣ってあげてください。

例えば、田中さんみたいにコンビニのおいしいプリンやお洋服をプレゼントしたりね。


そして、小人が助けてくれるほど家事ができない状態であったり忙しかったりする、ということは、あなた自身も心や体が疲れているかもしれません。

場合によっては難しいかもしれませんが、できるだけのんびりくつろいで自分をいたわってあげてくださいね。

え? 田中さんは忙しいのに大丈夫かって?

さあ、どうでしょう……実は、大丈夫ではなかったり、そうでもなかったり、ごにょごにょ。

まあ、彼らのその後のお話は、気が向いたらまた皆さんにお聞かせしましょう。


それでは、ひとまずこれで、おしまい。


誤字脱字があれば後日修正します。

その後のお話は本当に考えているので、時間があるときにまた。

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