エルフの長と海洋国家の王
(…?
何だろう、この視線…。)
みはるが一歩、応接室を出た瞬間に感じたのは、変な視線だった。
視線は護衛の人間と、先程の侍女の様な格好をした者達から。
それと、
(…後ろからも。)
自分の後ろを歩く彼らからも、視線を感じていた。
気にしてても仕方ないので、アシードの後ろを大人しくついていく。
(そこまでジロジロ見られてるってわけじゃないんだけど。異世界から来た人間が珍しいからかな。)
負の感情がこもった嫌な視線、というわけではなく。
(…動物園の檻に入った珍しい動物を観察してる感じかな。)
『加納みはる』という未知の動物にどう接していけば良いのか、模索しているのだろうか。
(…というか、あれ?)
彼らと自分の今の関係性は一体何と言えば良いのか。
(…えと、将来的に私は彼らと子供を産む間柄になる。
でも、この人達は私に妻にはなってほしくない。
妻になる云々の話なら、最初から言ってくれてるだろうし。
…きっと、子供にもあまり会わせてもらえないだろうな。)
それがわかってはいたが、みはるは敢えてその事について触れなかった。
正直、その辺りに関しては子供が幸せならそれで構わない。
一生日陰者でも良いとすら思っている。
最悪、この建物に一生閉じ込められることになっても一向に構わない。
(うん、子供が幸せなら、それで良いもの。)
その言葉に嘘はない。
この世界の常識が無いみはるが不用意に子供と関わり、子供に要らない考え方を教えてしまったらどうなるのか?
子供の内はそこまで影響は出ないだろうが、大人になった場合、どんな影響が生じるのか。
ましてや、王族や大勢の人間に影響力を持つ人物の子供が、この世界とは違う価値観を持っているのは、良くも悪くも、様々な面でまずい。
…それを解っているのに、子供の成長をずっと傍で見ることが出来ないのは嫌だな、という我が儘な気持ちも存在していた。
(…子供の為に、何か出来る事あるかな。)
さて、思考が脱線してしまったが、
(え、と、番、とか?)
いや、番は夫婦という意味もあった、と即座に否定する。
(後は、伴侶、婚約者…、これも違う。
うーん、恋人未満友人未満の知人とか…?
あ、これかな。)
一つだけ訂正を入れるとすれば、「恋人」の部分を「子供を産む間柄」とした方が一番しっくりくる、という事だった。
(先ずは、友人になることから始めていこう。)
知人よりも友人の方がいい気がした。
(それに、名前も覚えないと。)
全員の顔と名前を一致させる、それが今のみはるの最優先課題だった。
(そういえば、この世界のご飯は美味しいかな、女性の服もどんな感じなのかな。それに…)
ころころとあっちこっちに思考が散歩しているが、無いものがあるのなら是非自分で作ってみたい。
という結論に達していた。
長い廊下を歩きつつ、みはるはこの世界に何が無いのか、それを作る事が出来るのかと色々と考えていた。
(子供に直接手料理を食べてもらう事が出来なくても、私がどんな物を食べてきたのか、それを知ってもらう事くらいは許されるよね?)
試しに色々と作ってみて、アシード達にも食べてもらおうと算段する。
加納みはる。
将来の夢の一つは自分の子供に手料理を食べてもらうこと。
「広い…。」
長テーブルの席に着いたみはるは思わずそう口にした。
アシード曰く、この部屋は食堂らしいが広かった。
どのくらい広いのか、みはるには正確に表現出来ないが、自分が通う学校の食堂の半分くらいの広さだ。
ただ、違いを挙げるとすれば、学校の食堂は大人数が使う事を想定しているのに対し、ここの食堂で食べる人間はそれよりもかなり少ないのに、広かった。
(王族の人達からすると、狭い部類に入るのかな?)
正直、ご飯を食べる為の部屋がこんなに広くて良いのか?と思ってしまう位には広かった。
因みに、みはるが座っている席の右にはアシードがおり、左にはエルフの男性。
その左には、褐色肌の男性が座り、その正面には赤の髪と目の少年。
少年の左から順にオレンジの髪の男性、紫の髪の男性が二人いた。
(紫の髪の人達、兄弟なのかな?
あまり似てないけど。)
そんな事を考えていると、自分の前に料理が置かれた。
(そうだ、マナーに注意して食べないと。)
地球で教わったマナーを記憶の底から引っ張ってくる。
異世界で食べた料理の結論。
「ごちそうさまでした。全て美味しかったです。」
みはる自身、不思議で仕方がないのだが意外にも美味しかった。
食べ慣れない味で、何のお肉なのか、野菜の名前も解らないが、美味しかったので良しとする。
(うん、これなら毎日食べれる。
脂っこくないし、しょっぱくもない。
…………でも、やっぱり自分が食べ慣れた物も食べたいから、料理させてもらおう。)
故郷のご飯が食べれない。
それだけで旅先で心細くなる人間もいると聞いた事はあるが、正にその通りだ。
現に、どんなに食べれる料理だったとしても、毎日食べると想像しただけで精神的なダメージをくらった。
(食べる事は生きる事。
成る程、確かにそうだね。)
「ミハル。」
「はい。」
「落ち着いたようですし、私以外の6人の紹介をさせて下さい。」
「はい、お願いします。」
「まず、耳が長い彼はエルフ族の長で、年齢は529歳です。
名前は、クレイスト・アズ・シギュロス。」
外見年齢は20代半ば。
瞳は灰銀。青みがかった銀髪を首の後ろで括り、それを無造作に肩に流している姿が、不思議な位に気品に溢れていた。
顔立ちが精緻に作られた氷像の様に整っているからか、無表情であることが寒々しく感じてしまう。
自分の左に座るクレイストは、本当に綺麗だった。
(さっきの作り笑顔も、綺麗なのに冷たかったな。)
心からの笑顔ならばきっと、冷たくはないだろう。
「クレイストだ。」
それだけ言うと、こっちに話しかけるな、とばかりに食後のお茶を飲み始めた。
(…?)
みはるは一瞬、ファンタジー小説の様にエルフは人間嫌いなのかと思ったが。
先程目が合った時には侮蔑の感情は見られなかった。
そもそも、人間嫌いなら自分の隣に座るかな?と考える。
ということは、
(…話すことが苦手なのかな?)
取り敢えず、クレイストにはこちらからはあまり話し掛けないように注意、と心にメモしておく。
「…ミハルの世界にも、エルフはいたのですか?」
「え?」
「クレイスト殿を見ても、驚いていないので。」
確かに、エルフを見ても驚かないのなら、みはるがいた世界にもエルフは存在する、と考えるのは妥当だ。
「あ…。
いえ、エルフの方は私がいた世界にはいないです。
ただ、神話や物語の中に出てくるので、少し知ってるだけです。」
ファンタジー小説や映画、ゲームといった創作物にも出てくる位、エルフは有名です、とは流石にまだ言えないし、この世界のエルフと地球の物語上のエルフを同一視するのは危険で、失礼だ。
「…エルフがいないのに、神話や物語に出てくるのか?」
話を聞いていたクレイストの言葉に、みはるは内心、気分を悪くさせたかな、とドキドキした。
「はい。
…でも、私が知らないだけで何処かで生活してるかもしれないですけど。」
或いは、神話の時代にエルフは存在していたのかも?
「…そうか。」
クレイストは呟くと、またお茶を飲んだ。
(…怒って、ないよね?)
無表情過ぎてよくわからないクレイスト。
「大丈夫ですよ、ミハル。
クレイスト殿は怒ってませんから。」
「…ありがとうございます。」
「…クレイスト殿が怒ったら、本当に怖いですから。」
「そうですか…。」
アシードのひきつった笑顔にみはるも同じ笑顔になった。
「クレイスト殿の隣に座っているのが、アンヴェル・イム・シェンラック殿。27歳です。」
「よろしゅうな、嬢ちゃん。
名前長いさかい、好きに呼んでや。」
「よろしくお願いします。
(関西弁!?)」
関西弁によく似た訛りに、みはるは驚いた。
(よく似てるけど、昔話した事のある関西の人とはイントネーションが微妙に違うような?)
みはるも関西弁に詳しいというわけではないので、異世界の訛りと地球の訛りは違うから?と考えた。
「アンヴェル殿は海洋国家、シェンラック国の王であり、王になる前は優秀な商人として知られていました。」
「王子様の時から、ずっと商人をしていたのですか?」
「うちの国は交易が盛んでなぁ、王家の人間は教育の一環として商人になんのが決まりみたいなもんなんや。」
「なるほど…。」
アンヴェルの肌は褐色で、髪はウェーブがかった黒。首の後ろで一纏めにして背中に流していた。
琥珀色の瞳が、みはるを面白そうに見ていた。
また、他の6人同様美形で、彫りの深い顔立ちだった。
大人の色気と掴み所の無い笑顔に、みはるは内心困惑した。
掴み所の無い笑顔を浮かべる事が出来るのは、本心の隠し方をよく知っていて、相手の本心が何処にあるのかを知る術を持っているからだとわかったからだ。
(こういう人って初めて見た。
私の考えてる事を全部見透かしそう。
うーん、でも、見透かされて困る事もないよね。)
「それとな、嬢ちゃん。」
「はい。」
「俺のこの口調なんやけど、気になれへんの?」
「気になりませんよ。私の知り合いにもよく似た言葉を使う人がいますから。」
「ふーん、そか。」
ニッと笑うアンヴェルが何を考えているのか、みはるにはやっぱりわからなかった。