漆黒の瞳:sideセルツ
人の事をつい、観察してしまうのは癖みたいなものだ。
だから、みはるの表情の変化にもすぐ気付けた。
セルツは夕食の時、みはるが不思議そうな顔をするの見て、何かまずいものでも入っていたのかと焦った。
(今日は俺が狩ってきた魔物の肉だ。
味も…、特に変わった所はないが。)
豆と豚肉の煮込み料理。
味付けについては、香草と野菜を肉と一緒に煮込んでいる、くらいにしかセルツにはわからない。
しかし、この世界では一般的な料理で魔物の肉もそうだ。
「豚肉…?」
「…どうした、ミハル?」
「えっと、私がいた世界のお肉と似てる気がして…。」
「…口にしてはいけない物なのか?」
セルツは色々な理由で口にしてはいけない決まりがある肉なのかと思ったが。
「いえ、違います。
その…世界が違うのに、食べ慣れた食材があるのが、何だか不思議で…。」
「…そうか。
(ミハルが嫌いなものでもないのなら、良かった。)」
「…もしかして、心配させてしまいました?」
「心配、というか、口に合わなかったり、口にしてはいけないものかと気になっただけだ。」
「そうですか。
ありがとうございます。」
心配していた、と口にしてしまったら、まるでみはるのことをずっと見ていたように聞こえるのでは、とセルツは言い直した。
けれど、みはるは自分が言おうとしていたことはわかっているようだ。
「このお肉ってもしかして、セルツさんが狩ってきたんですか?」
「そうだ。
魔物の肉でホッグと言うんだ。」
「魔物…。
ホッグは強いですか?」
「いや、そんなに強くはないかな。
駆け出しの冒険者でも狩れる。
魔物、ではあるが人に攻撃はしない。」
「…畑を荒らしたりするのですか?」
「うん。」
セルツも冒険者に成り立ての頃はよくホッグを狩っていた。
「ほっとくと、畑の作物は全て食べられるしな。」
「農家の方にとってはものすごく困りますね。」
「あぁ、それに、ホッグに食い荒らされた場所は次の作物が育つまで2年以上かかるんだ。
だからギルドも無料でこの魔物に関しては依頼を引き受けているんだ。」
「え。
それなら、冒険者の人の報酬はどうなるんですか。」
みはるのもっともな疑問に、セルツはあっさりと答える。
「狩ってきたホッグをギルドに売ればそれなりの金になるんだ。」
「なるほど。
どうして、ホッグが食い荒らした場所は作物が育つまで時間がかかってしまうんですか?」
「ホッグの牙に作物に有害な毒があって、それが消えるまで時間がかかるんだ。」
「農家には本当に困る魔物ですね。」
「うん、傍迷惑だ。
毒がある理由も、なわばりを示すためだからな。」
「?
食い荒らしたらなわばりを誇示しても意味ないんじゃ…?」
「食い荒らすのはあくまでも独り身の成獣だけだ。
子連れの場合、子供の為になわばりを示す。
子供が自分で食べれるようにするためにな。
独りで行動しているホッグが食い荒らすことの方が多いのは、冬を迎える為に早い段階から栄養を蓄えておく必要があるから、と聞いたことがあるな。
後は…、他のホッグが来ても、先になわばりだと印がつけられていた場合は、その印で自分よりも強いかどうかわかるとか。」
「なるほど。
もしも強ければ、そのなわばりを荒らすことが出来ないと。」
「あぁ。」
「セルツさんは、魔物についてよく調べるんですか?」
「まぁ、な。
冒険者に成り立ての頃は、知識が武器と言われてな。
その癖と言うか…。
弱い魔物は基本、群れている。
その理由は何なのか、甘く見てはいけないのだと、調べてよくわかった。」
「確かに。
事前準備は何事にも必要ですね。」
セルツはふと、自分ばかり話している事に気付いた。
(駄目だ。
このままでは俺が倒して楽しかった魔物の話をしてしまう。)
流石に女性相手に、しかも食事中にそんな話題は厳禁だ。
戦闘狂のセルツにも、その程度の配慮は出来る。
「ミハルは、好きな食べ物は何だ?」
「そうですね…。
果物とか、お菓子…、甘い物は好きです。」
「果物か…。
(今度、ミハルに果物を採ってこよう。)」
「セルツさんは?」
「俺は野菜が好きだな。
田舎で暮らしていたから、野菜をよく口にしていた。」
「お肉はあまり食べないんですか?」
「うーん、肉も好きだし食べるが、食べ慣れているのは野菜と、魚も好きだな。」
「どういう料理がお好きですか?」
「煮込み料理だな。
焼き魚も好き。」
兄弟達と、よく川で魚を釣って焼いて食べていた。
美味かったから、食べ過ぎて母が用意してくれた晩飯も食べれなくて。
母に叱られたこともあった。
(あの時は、本当に怖かった…。)
父が5人いたが、本気で怒った時の母には誰も勝てなかったのだ。
まぁ、怒る理由は主に酒の飲み過ぎとか、母にちょっかいかけた男を返り討ちにしてやりすぎたとか…、そんな理由だが。
「セルツさん、あまり私に気を使わないで下さいね。」
「…どうして、そう思ったんだ。」
「さっきまで魔物の話をしているセルツさんは楽しそうだったのに、私に聞かせたくないと思ったから、話を変えてくれたのかなって。」
「俺の話なんて、楽しくないぞ。」
「私は、楽しかったです。」
「血生臭い話でもか?」
「大丈夫ですよ。」
即答したみはるに、本当に大丈夫なのか、と疑問に思うセルツだった。
しかし、食事中に話し込むのもよろしくない。
…というより、中々みはるの食事が進んでいないからか、周りから自分への視線が冷たくなってる気がするセルツは、
「後でな。」
と、食後に話をしようと決めるのだった。
「やっぱり、強い魔物を倒すには時間と手間がかかるんですね。」
セルツの脚色なしの結構血生臭い話を聞いたみはるの感想はそれだけだった。
(怯えられるよりも良いか、うん。)
大抵の女はわざとらしく褒めるか、怯えてくるか、そのどちらかだ。
「セルツさんは1人で戦うことが好きなんですね。」
「あぁ、その方が集中出来るからな。
後は、俺が戦ってる姿は怖いとよく言われる。
生死がかかってるような場で、そんな事に気をとられているような奴と組みたくない。」
もう治らないと諦めているのだから、他人にとやかく言われる筋合いは全くない。
「そうですね。」
「ミハルも、見たら俺の事を怖がると思う。
見る機会があるかはわからないが…、いや、そんな機会がないようにしたいな。」
「…怖がる、ですか。」
じっ、とセルツの顔を見つめ、みはるは首を傾げる。
「怖いセルツさん…。
初対面の時も怖かったですよ?」
「う…。
あれは、その…、すまない。
まさか、ミハルが無害と思わなくて…。」
「?
責めてませんよ?」
「?」
「他の世界から来た人間を手放しで大歓迎の方がどうかな、と。
どんな性格か、どんな経歴なのかもわからないのに…。」
「………そうだな。
いや、あの時とは別の意味で怖いと思うぞ。
客観的に見ても、万人受けするとは到底思えないからな。」
「………怖がったら、すみません。」
みはるは怖がらない、とは言わなかった。
断言出来ないことは口にしないのかもしれない。
(でも、そっちの方が良い。)
申し訳なさそうにこちらを見ているみはるにそのまま伝えると、きょとんとした顔から小さく笑ってくれて。
(可愛いな…。)
その可愛いは小動物っぽいからなのか、違うのか、セルツにはそこまで考えられなかった。
みはるを部屋まで無事に送り届けたセルツは、自分にあてがわれた部屋に。
内装に拘りのないセルツは机と椅子、寝床があれば良いと思っている。
「昨日も思ったが広すぎだろ…。
どうして寝床が別の部屋なんだ、おかしくないか?」
同じ部屋で良いだろうに、どうして別々にするのか、セルツには分からない。
(使わせてもらってるからな、文句を言うのは失礼か…。)
机には、冒険者協会が厳選した自分宛の依頼書が積まれている。
明日からはこの依頼をこなすつもりだ。
(隣町までの護衛。
……この貴族の護衛は遠慮したいな。)
貴族の護衛、と書いて貴族令嬢の護衛と読む。
見目が良いセルツには、かなりの頻度でこういった依頼がくる。
通常は、冒険者協会で断ってくれるのだが…、
(あぁ、この公爵…。)
たとえ、依頼を断っても文句を言われはしない。
但し、それは1回や2回の場合だ。
(この依頼、確か10回目か…。)
10回連続でお断り、というのはさすがに問題だと考え、協会も断りきれなかったのか、と納得する。
いや、そもそも、10回目になる前に公爵が諦めれば良い気もする。
(依頼を選ぶのは冒険者の自由。
この公爵もそれくらいわかってるだろ…。
娘に泣きつかれたのかな。)
どんな背景があっても断るが。
協会宛にこの貴族の護衛を断るように懇願の書類を書いておく。
この令嬢とは一度だけパーティーで会ったが、セルツは一度だけで済んで良かったと本気で思っている。
(見目が良い男を自分の手元に置いておきたいって言う考えが見え透いてるんだよな。
特に結婚するわけでも、恋仲になるわけでもなく、ただ置きたい、それだけだ。)
はっきり言って、傍迷惑な令嬢だ。
取り巻きの男達は全員、セルツやアシード達には遥かに劣るが美形と言えば美形。
(周りからどんな目で見られてるのかもわかってなさそうだ、あの令嬢。)
令嬢は、身分と美しさが自分にあるから男を侍らせるのは当然の権利だと本人が言い、その時の会場にいた全員を文字通り絶句させた。
(今後はこの公爵からの護衛依頼は断るように、と…。)
書き加え、封をしておく。
その後も依頼書を見ていくと、魔物討伐の依頼があり、即決で受ける。
(魔物討伐か…、楽しみだ。)
物騒な空気を出しつつ、明日の予定を頭の中で組み立てる。
そうこうしてる内に眠くなったセルツは寝室へ。
「この広いベッドは何の為に…。
って、あぁ…そういう意味だな。」
みはると一緒に、の場合ならこれくらいの大きさは必要だ。
「さぁ、寝よう、すぐ寝よう。」
余計な事を考えそうになったセルツは体を綺麗にする魔法をかけ、服を着替えてベッドに潜るのだった。




