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今も強く残るもの。


勉強とセルツとの昼食を終えたみはるは、屋敷を歩いていた。

屋敷内でも1人にならないようにと言われているので、案内人はセルツである。


「内装、気に入らないのか?」

「え?」


みはるがセルツを見上げると、苦笑していた。


「…いや、屋敷の内装を見てからか?

お前、難しい顔をしてるぞ。」

「そんな、難しい顔をしていましたか。

ごめんなさい。」


自分の顔をぺたぺたと触って謝罪するみはるに、セルツは首を振る。

なお、セルツとみはるの少し後ろには護衛の騎士と侍女が1人ずつ控えていた。


侍女の名前はベサニー。

落ち着いた佇まいのスレンダーなモデル体型の女性で、ピンクの瞳と肩まで伸びた青い髪が特徴だった。


「その…。」

「うん。」

「…調度品が高そうな物ばかりだなって、思いまして。」

「気に入らないか?」


もう一度同じ事を聞かれ、みはるは小さく唸る。


「…壊したらどうしようかなって。」


今のみはるは無一文。

もしも壊しても弁償は出来ない。


華美にしていない落ち着いた内装をみはるは気に入っているが、この内装は全て高い物なのだ。

壁に飾られた風景画、花瓶まで、全て高い物。

一体幾らするのか、なんて怖くて聞けない。


…というか、みはるは高価な物には興味がないので、内装を高価にする理由がよくわからない。

この辺りは後見人の理事長がみはるにやらかした事も関係があったりする。



「みはるー、この絵は幾らだと思う?

当ててみろ。」

「えっと…。」

「10万だ。」

「えぇ!」

「て訳で、これはお前にやる。」

「そんな、高い物…。」

「この絵はお前の為に用意したんだから、受け取れ。」


真面目な顔でそんな事を言われて断れるはずもない。

半泣きになった当時9歳のみはるは恐る恐る絵を受け取った。

こんなやり取りはほぼ毎年、みはるの誕生日にあった。


年々高くなっていくプレゼントに喜ぶべきか、泣くべきか…。

それをわからないみはるにとって、「高価な物」=「よく分からない物」と認識されている。


なお、理事長はみはるが困った顔をするのが見たいから、わざと高価な物を贈っていたわけじゃない、とみはるは固く信じている。


(本人にはもう聞けないけど、私が泣く事を望んでいたとは思えないし。

面白がられてた、ってこともないよね。

…多分。)


過去を思い出していたみはるを見つめ、セルツは唐突に口した。


「そうか、なら、これ、壊してみるか?」

「へ?」


廊下の棚に置かれているのは白の一輪挿し。

淡いピンクのガーベラによく似た花が挿されている。


「えっと…?」

「ほら。」


ひょい、とセルツが一輪挿しからピンクの花をみはるに渡し。

そのまま一輪挿しを持ち上げる。


「……!

え、セルツさん、ま、待って!」


一輪挿しを持つセルツの姿を認めると、みはるはハッとなった。


「ん?」

「こ、壊すんですか?」

「うん。」

「はい。

あ、いえ、うん、ではなくてですね?」

「ん?」

「こ、壊しちゃ駄目ですよ。」

「何でだ?」

「何で…?」


問われたみはるは首をかしげて。


「だって、高そうな物ですし。」

「んー、確かにこれは高いようだが、所詮は物だ。

その内壊れる。」


セルツ自身、仕事の関係で今の今まで色々な物を壊してきた。

建物や町の一部を破壊し、さる貴族の高価な馬車をボロボロにし…。

しかし、それらは全て戦っている時に結果としてそうなっただけでもあり、セルツが弁償したことはない。


セルツも自分が暴れた結果なら、と弁償については毎回申し出ているが、それが受け入れられことはない。

その理由は、命の恩人に対してそんな事をさせられない、という気持ちを持つ者。

戦っているセルツが怖すぎて、そんな常識的な事を言い出すなんて、そっちの方が何だか怖い、という者がいる。


今日とて、アシードと戦っている内に談話室の家具や内装に甚大な被害を与えている。

それに比べたら、一輪挿しの1つを壊しても全く問題はないと思う。


しかし、みはるの考えは違う。


「でも、わざと壊したりしては駄目です。」

「なるほど…。

その発想は無かったな。」

「?」


みはるの正論に頷いたセルツは一輪挿しを元に戻す。

ホッ、とため息を吐いたみはるは一輪挿しへガーベラを挿した。


「…もし、ミハルが何らかの理由でこの屋敷の物を壊しても、気に病む必要なんてない。」

「?」

「この屋敷の物を全てかき集めても、ミハル以上に価値ある物は存在しないし、ミハルが殊更物を壊すような人間ではないことくらい、俺達はわかっている。」

「ありがとうございます。」


にこ、とお礼を言うみはると頷くセルツ。


(…セルツさん、もしかして、私が気にしないようにってわざわざ、一輪挿しを壊すって言い出したのかな。)


先程のセルツの言動は全てみはるの肩の力を抜く為の物だと、みはるは解釈する。

屋敷の内装を改めて見ると高そう、としか感想を抱けず、緊張して力が入っていた肩からは余分な力が抜けていた。

多分、壊すつもりは無かったからあっさりとみはるの言葉を聞き入れてくれたのだと考える。


(何だか、必死になってた私、ちょっと恥ずかしいかも?)


セルツはきっと演技していたのに、気付かずに必死になってた自分はどう映ったのかと、恥ずかしくなったみはる。

セルツは自分より少し年上だが、社会に出て立派に(?)働いているから、相手の力の抜き方を心得ているのか、と尊敬するみはる。


(凄いなぁ、セルツさん。)


セルツが本気で一輪挿しを壊すつもりでいたことを最後まで気付くことなかった。




屋敷内を一通り見終わった2人は、書庫に来た。

文字を習い始めたみはるでも読める本を探しにだ。


本があるということは、印刷技術が発達しているのか?

と、思ったみはるだが、どうやら違った。

この世界の本は基本的に原本を書き写しているだけとのこと。

完全なる手作業。

写本家が存在しており、誤字、脱字、誤訳などが無いように細心の注意を払っている。

本に挿し絵がある場合も画家が一冊の本を模写して描いているらしい。


そんな背景のある本は高級品な上に数が少ない。

その為、基本的には都市部にしか出回っていないが、田舎には都市部から商人達が出向いて本を売りに来てくれるので、購入することは出来る。




「あぁ、これは良いな。」


セルツの言葉に、美しい装丁の本に見とれていたみはるは振り向いた。


「この本は俺も子供の頃に読んでいた。

薄いし、難しい単語は出てこないから。」


セルツから渡された本をぱら、と捲ると確かにみはるが習ったばかりの単語が少しずつ出ている。

白黒だが挿し絵もあり、子供向けのようだった。


(子供の読み聞かせに使う本なのかな?)


絵には騎士と魔物らしき姿が書かれていた。


「…男向けの本だったな、これは。

他のを探そう。」


挿し絵を一緒に見ていたセルツは、女の子向けの本ではないことに気付き、本棚に目を向けた。


「いいえ、この本が良いです。

絵が沢山あって、これなら、どんな内容なのかも、わかりやすいので。

それに、セルツさんが小さい頃に読んでた本なら、私も読みたいです。」


みはるは思った事を口にすると、セルツは小さく笑った。


「そうか。

それなら俺にも、ミハルが読んでいたのはどんな本なのか教えてくれ。」

「はい。」







セルツにも助けてもらいながら、本を読み終わったみはる。


本の内容は、1人の騎士が故郷を苦しめていた悪い魔物と戦って勝利する。

その後、騎士は幼なじみと結婚し、国王からの褒美で故郷の領主になる。

それからは、貧しかった故郷は繁栄し、みんなが幸せに暮らした。

めでたし、めでたし。

で、締めくくられる。


(確かに、子供向けの本だけど、面白かった。)


こういった物語は、この世界にもあるんだな、とみはるは不思議な気持ちになる。


「どうだった?」

「面白かったです。

セルツさんはこの本を小さい頃に読んでいたんですよね。」

「あぁ、母が俺達に読み聞かせてくれた。」

「…俺達?」

「俺の兄弟達だよ。」

「何人兄弟なんですか?」

「5人兄弟で、全員父親が違う。

仲は良くてな、文字が読めるようになったら、兄弟で好きな本を母や父達に聞いてもらってた。

でも、俺はこの本が一番好きだった。」


小さい頃の事を思い出しているセルツは読んだばかりの本の表紙を撫でている。


「どうして、この本が一番好きだったんですか?」

「魔物と戦うのはどんなものなのかと、興味を持ったからな。」

「なるほど…。」


セルツにとっては、強い魔物と戦えるのなら報酬など二の次のようだ。

何故だろう。

納得してしまう自分にみはるは首を傾げた。


「お母さんにも、そう言ったのですか?」

「あぁ。

母曰く、何かに興味を持つのは良いことだと。

父達にも、魔物と戦いたいのなら、先ずは強くなれと言われ、毎日鍛練を積んだ。」


この一冊の本が今のセルツの根幹を作った。

そう、小さい頃の経験が今にも影響を強く残しているのだ。

勿論それは、セルツに限った事ではなく、みはるが高価な物に反射的に身構えるのと、ある意味同じ事なのかもしれなかった。

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