目を開けたら異世界。
「私達との子供を、貴女に産んで欲しい。」
「へ?」
間抜けな声を上げてフリーズした『加納みはる』は、悪くない筈だ。
(とりあえず、此処、どこなの?)
先ずはそこから。
美形の7人の男性が一目で高価とわかる甲冑や服を着て、目の前にいる。
その背後には、抜き身の剣や杖を持った人達が控えているので、彼らの護衛だろう。
杖を持っている人間は魔法使いかな?と頭の片隅で考える。
だが、それよりも気になっている事があった。
(何だろう…、この感じ。)
目の前にいる美形の7人も、笑みこそ浮かべているが、目は笑ってないので警戒心が丸出しだとわかる。その背後の護衛達も、まるで彼女が猛獣に見えているのか、構えを一切解いていない。
(え、私、そんなに怖いの?
いきなりとびかかったりしないよ!
平和ボケしてるとか、天然って評判、嘘だったの!?
それとも、私みたいな平和ボケしてるっぽいのが、この人達からするとおかしいの?
…どうしよう、抜き身の剣持って、こんなに構えられてたら、落ち着いて考えられない!
でも、こんな時こそ冷静に…。)
目を瞑って、かるく深呼吸。
その瞬間、周りの空気がざわついたのはもう気にしない。
(よし、冷静になった。)
周りを見れるだけの余裕は出てきた。
だだっ広いこの空間は広間なのか?
柱や天井には細かな彫刻がされている。
抜き身の剣、杖、高価な西洋風の甲冑や服をこんなにも沢山の人間が持ち、全員肌や目、髪の色などが現代日本ではお目にかかれない、と判断する。
(日本じゃない。
でも、地球上に紫や緑の髪の人は多分、漫画や小説、アニメの中にしかいないよね。)
仮に芝居やドッキリなら、どんなに手が込んでるの?と言いたい。これだけ美形の人達と小物類などなど揃えるのは、お金がかかりすぎる。
そして、先程の言葉ー。
(自分達との子供を産んでほしい、って言ってた。
でも、目の前の7人の人達の中には服装や、容姿も雰囲気も明らかに後ろの人達とは格が違う人もいる。
つまり、明らかに身分の高い人が何人もいるのに、私みたいな平々凡々な小娘を捕まえて子供を産んで、って、余程の理由があるということ。
見たところ、女の人には困ってなさそうだけど、どうして私?)
その余程の理由とは何なのかがわからない。
何処かに答えは転がってないかな、と自棄になって7人を見つめていたみはるは、一人の青年の違和感に気付いた。
氷の様に整った冷たい容姿は美しく、あまりの冷たさにスキー旅行で見た真冬の夜を思い出す。
因みに吹雪の夜だった。
今は愛想笑いをしているが普段は無表情だろう。何しろ、
「何故私がこんなことをせねばならんのだ。」
と、目が雄弁に語っていたのだ。
あんまり表情を出すのは嫌なのかもしれないと、みはるは当たりをつけた。
他にも同じような目をした人がいたので、それについては何も思わない。
ただ、
(この人、耳が長い。)
髪の間から細長い耳が覗いていた。
そう、ファンタジー小説ではお馴染みの、エルフ。彼はその種族なのだろう。
(え、と、つまり?異世界ってこと?)
一番しっくりくる、この答え。
(…小説で、そんな話は聞いたことあるけど。)
自分がこういう事になるなどと、思うわけがない。
頭が一気に痛くなった。
おかしい。
自分はただ、寮に戻る前にスーパーに行こうとしてただけなのに。
クッキー作ろうと考えてただけなのに。
地面が揺れ、足下がぐらついて、驚いて地面に座り込んだ。
怖かったから目を閉じて、やりすごしてた。
揺れが収まって、安心して目を開けたら、さっきの言葉を言われた。
「あの、此処はどこなんでしょうか?」
「此処は、貴女方に言わせると、他の世界になります。」
(…やっぱり。)
一番最初にみはるに声をかけた男性がにこやかに答えた。
とりあえず、座り続けるのは相手に失礼なので、立ち上がる。
目の前の男性の年齢は自分より5歳位上の、20歳前後か。
短い金髪と、黒に近い青…紺碧の瞳。
柔和な顔立ちで、おとぎ話に出てくる王子様、そのもの。
だが、みはると話していても目は笑ってないどころか、怪しい動きをしようものなら首に剣を突き付けるつもりのようで。
(剣から手、一瞬も離してない。体付きもがっしりしてる。
美形だから、笑顔は素敵なのに、目も雰囲気も明らかに、悪辣な魔王を前にした勇者の殺意なんですけど。)
その表現が適切なのかは置いといて。
「この大陸の名前はティアラナと言います。」
「ティアラナ大陸…。」
「はい。」
にこりと微笑まれても心が暖まらない。
「詳しい説明は別室でさせてもらいますね。」
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案内されたのは、さっきの広間よりも小さいが調度品が高級な物で揃えられている応接室のような部屋だった。
「お荷物と上着をお預かりいたします。」
控えていたクラシックなメイド服の女性が、緊張した様子でみはるに声をかけた。
(危険な物なのか、わからないよね。)
みはるが彼らと話してる間に、異世界の物を調べたい、或いは武器になりそうな物は無いかを確認したいのだろう。
学生鞄は黒で留め具に校章が彫られていた。
同じく、校章入りのマフラーも外して渡す。
焦げ茶色のピーコートも脱ぐと、制服だけになった。
(楽になった…。)
冬物の服は結構重いので、自分の体(主に胸)が圧迫されてる感がある。
(背は低いのに、どうして…。)
今の今までも自問自答し続けたが、この胸が大きい理由は、未だにわからない。
「それでは、失礼いたします。」
みはるの荷物を持って、完璧なお辞儀をした侍女は部屋を出ていった。
「どうぞ、かけて下さい。」
「失礼します。」
一言断ってソファーに座ると、体が沈みそうになるくらい、ふかふかだった。
(やっと、一息つけた。)
今からが自分の知りたい事を知る為の時間なので気を抜き過ぎるのは駄目だが、程々に気を抜く。
この部屋に来るまでもずっと、後ろからついてきた護衛達の視線や、この7人からの品定めの視線を感じて歩いて、疲れた。
(…この部屋、応接室で良いかな。何か仕掛けがあるから、護衛の人が1人も入ってこなかったとか?)
ありそう。
とは言え、応接室にいる人数がこの美形の7人だけなのは精神的に助かった。
「先に謝罪を。」
「え?」
「こちらの都合で貴女をこの世界に呼んだのです。申し訳ありません。」
そう言うと、みはるに7人全員が頭を下げた。
「あ、頭を上げて下さい…。落ち着きません。」
自分と同年代か年上の、身分が高そうな美形に頭を下げられると、途端に居心地が悪くなった。
何となく、元の世界には帰れないとわかるが、呼びつけた彼らの事情がわからないので、どうして良いのか、反応に困る。
「…そうですか。」
先程からみはると話している紺碧の瞳の人は、少しだけ、警戒を緩めた。
説明してくれるのは、やはり紺碧の瞳の人だった。
「私の名前は、アシード・レグスティ。20歳です。
他の6人については、追々、ということで宜しいでしょうか。」
「はい。」
今紹介されても、様々な説明を聞いてる内に忘れそうな気がするので、素直に頷く。
「私の名前は、ミハル・カノウと言います。歳は16歳です。」
「ミハル、とお呼びしても?」
「はい。」
「今、貴女が一番気になっていることについてですが、貴女は元の世界には帰れません。」
「そうですか…、」
さらりと言われた言葉なだけに、みはるはじわりと胸が痛くなるのを感じる。
(何となく、わかってたけど。)
世界を越える理屈はわからない。
それでも、自分の想像を超えるくらいには大変だと、その程度ならわかった。
「…呼びつけておいて何ですが、ご家族は?」
「小さい頃に亡くなりました。」
「親類は?」
「…いません。」
「…友人や恋人は?」
「友人はいます。恋人は、その、そういう人はいたこと、なくて。」
みはるの通っていた学校には寮があって、自分の近くの部屋の人とは自然と仲良くなって、何処かに出掛けたり、一緒に勉強したり。
特に仲が良かった女の子二人は、休暇の時はみはるを自分達の家に招待して、一緒に遊んでいた。
友人関係では充実していたのだろうが、みはるには誰かを好きになった経験や、告白もされたことがないから、恋人はいない。
周りには恋人と一緒に出掛けただの、好きな人の言動に一喜一憂している姿をよく見掛けたが、みはるにはそういったことが縁遠い気がしていた。
「…なるほど。本題に入りますが、貴女を呼んだ理由は、最初にお話した通り、私達7人の子供を産んでいただきたいのです。」
「……それは、決定事項ですか?」
答えはわかっていたが、確認する。
「無論、いきなり顔を合わせて今すぐ子供を産んで欲しいと、無茶を言うつもりも、無体をする気もありません。
一人一人と言葉を交わし、貴女に私達を好きになってもらいたい。」
実力行使をして子供を産まされる事はなさそうだ。
それを聞いて良かった、と思えるほど、みはるは単純ではない。
(…どこまで信用出来るかはわからない。)
彼ら7人の顔を見るに、今の所は暴力や薬を使って無理矢理、というつもりがないのは本当だろう。
(先の事を考えると、私に子供を産ませるつもりなら、そんなストレスや負担はかけない、かけるわけにはいかない、とか?)
それなら、全員との子供を産み終わったら?
子供をただ産み、自分に養育は認められてないのか?
子供の育つ環境は?
彼らは子供に愛情を注ぐのか?
彼らを誰も好きにならなかったら、暴力を振るわれる危険性は?
(私が一番確認しないといけないのは何だろう?
…口約束とか、どこまで信用出来るのかな。)
自分にとって、一番大切な事は、何だろうか?