ジャングル
少し説明くどいかもしれませんが、今後の前振りもかねてジャングル、ドラムンベースの歴史を振り返る回になります。
あと、文中でてくる曲は以下を参照お願いします。
https://www.youtube.com/watch?v=YS-6_J7snKw shy -fxの”original nuttah”
https://www.youtube.com/watch?v=YS-6_J7snKw SL2 ”On A Ragga Tip”
https://www.youtube.com/watch?v=t6i_HvvSMSo Masters At Work ”The Nervous Track ”
ドラムンベース。Drum and Bassと言うクラブミュージックの発生は1990年代半ばに遡る。その名の通り、ドラムとベースを中心に構成された音響空間をもつそのジャンルは、その少し前にクラブミュージック界を風靡したジャングルと言うジャンルの先鋭化、単純化、あるいは平行進化的状況の中で生まれた。
「まあそのジャングルと言う音楽がそもそも奇跡だった。その発生に至るまでに積み重なった、様々なクラブミュージックの世界の広がりもあり、いろんな要素が混ざり合いできたジャングルは、その音楽構造にとても豊かな可能性を持っていた」
食事を終え、また一階のラボに戻った僕らに向かって、隅の一角に設置された小さめのモニターサウンドシステムでshy -fxの”original nuttah”をかけながら究道さんは言う。
これから僕はドラムンベースDJの特訓を行わないといけないのだが、その前にそのジャンルの歴史や特長などのレクチャーを受けていたのだった。
でも、ラボに究道さんと一緒に降りてきたのは僕だけではなく、三人娘と舞もついてきていて、
「ジャングルってあれでしょ? ノリノリのブレイクビーツにレゲエみたいなラップ入るやつ」
僕の家に出入りするうちに結構クラブミュージックに結構詳しくなっているコン子が、究道さんが言ったジャンルを知っていて、ちょっと自慢げな様子で、言う。ちなみにレゲエのあれはラップとは言わんがな。
「正確に言えば——違う。結果としてはそう言う曲がジャングルと言う名前で今はドラムンベースのサブジャンルとして残っている。だが、ジャングルの発生当時はそう言う曲だけではなかった。テクノ風味からジャズ風味、ハウス風味、Masters At Work の”The Nervous Track ”なんかも、いまなら絶対ジャングルって言われないが、でも、あの頃、ジャングルの影響受けた曲だなって自然に思えた。ジャングルと言うのはもっと広がりをもったジャンルだった」
クールモードの究道さんはコン子の知ったか発言にも真摯に答えをかえす。
自信満々だったコン子は、意外そうな顔で言う。
「えっそうなんですか」
首肯する究道さん。
「いや、確かに当時もジャングルと言うのはレゲエ、ラガビートの曲が多かった。それに音楽の構成としてみれば、レゲエやダブのベースとテクノなんかのエレクトリックミュージックが合体したのがジャングルを作り出したと言うのも間違いないだろう。そして、そんなレゲエ、ラガビートの曲をジャングルと言うジャンルの典型と皆認識して、それを強調したシーンが作られていたのもその通り……だが、ジャングルは別にレゲエシーンとの融合で生まれたわけじゃない」
じゃあ、それなら何からと言いたげなコン子の顔。
それを見て、
「ジャングルは……」
究道さんが説明をしかけるけど、
「あの……なんでジャングルって名前なんですか?」
ミクスさんが疑問にたまりかねたかのように言う。
「確かに今かかっている曲は密林っぽいなって感じもしますが——そう言う雰囲気から出た名前なんでしょうか?」
あっ、難しい質問きたね。その答えは、
「それは諸説ある。コンクリートジャングルの音楽だからジャングルとか言う俗説もあったがこれは多分違って——ジャマイカにコンクリートジャングルと呼ばれたスラムがあってそれが起源と言う説はあるけれどね——ハウスミュージックの高速でポリリズムのトライバル風味のものがそう呼ばれたのが発展してジャングルと言う名前のジャンルになったと言う説もあるし、ハウスミュージックがウェアハウスと言うクラブの名前から生まれたようにジャングルと言うクラブがロンドンにあったと言う説もあるし……まあ……」
「つまり、よく分からない?」
首肯する究道さん。
「まあ、言えるのは、音楽界には、アフリカの密林を思わせるようなトライバルな曲をジャングルと表す文化がずっとあって、それをジャンルの名前としてたぶん初めて獲得したのがこのジャングルと言うことだ。正直その名前の起源は不明と言って良いだろう。でも、その音楽的起源は、ジャングルの現れる前夜、その前のレイブミュージック——ハードコアテクノ、特にブレイクビーツテクノにあるのは間違いないと俺は思う」
「ブレイクビーツテクノ?」
コン子のきょとんとした顔を見て、究道さんはアンプにつけたコンピュータをいじって曲をSL2 の”On A Ragga Tip”に変える。
ブレイクビーツにラガマフィンにブンブン言ってるベースライン。
「えっ、これってジャングルじゃないんですか?」
首を横に振る究道さん。
「まあ、そんなジャンルの定義なんてどうでも良いといえばどうでも良いのだが、これはその前のレイブミュージックに属している曲だろう——でもそんなかからジャングルは出てきて、それがドラムンベースへと進化した。つまりジャングル、ドラムンベースはレイブミュージック直系のジャンルであって、それが業羅対策には重要な意味を持つんだ」
究道さんはその言葉を質問したコン子ではなく、僕に向けて言った。
「業羅対策?」
「んだべ? カケルくん。おめもおべだべった(知ってるだろ)?」
クールな口調表情からから、一気に破顔一笑、求道さんが言う。
僕は頷く。
そう僕は知っていた。父さんに聞いたあの時代の事を、セカンドサマーオブラブのことを。
それは、業羅と人類との関わりにおける大きな意味を持つ時代であったのだった。