ディーバ
もちろんマクロス意識しているこの作品ですが、今回はいつもにも増してマクロス風味の、なんだかまだ明かされぬ主人公カケルの母親の秘密、事件についてちょっとだけ迫ります。ヒロインズのそれぞれの心模様と合わせてお楽しみください。
僕らは、美希さんに言われるがまま、家の奥に入った。
「私のこと覚えてる?」
「は、はい」
「ふふふ、ありがとう」
妖艶な笑みを顔に浮かべながらそう言う、美希さんを見ながら、僕が思い出していたのは、シズ子と会った小学生の時、一緒に遊ぶ僕らを楽しそうに見つめていた姿だった。
そして、その時は、まだ小さな僕は、親が何をやっていた人なのかも知らず、ましてや一緒に遊んでいる子供の親のことなんて深く考えることもなく今に至るのだけど……
閃光美希。その人のことは、僕は繰り返して何度も見ていたのだった。
成長してから見せられた母親の戦いの様子。
素性も何も分からない業羅に向かって、最前線に立つ若き日の母さん。
父さんのDJにあわせ、業羅に迫られ、怯える人々の前に出て歌う。
業羅が暴れ、雷が落ち、大地が割れようと、……一歩も引かずに、歌い続ける。
その歌は清涼な風のように流れ、業羅を吹き抜ける。
女神のような慈愛を孕むその歌声は周囲に響き渡る。
それは、業羅を引き上げる。
業羅は、一瞬戸惑うかのように動きが乱れ……
その瞬間、ビートが消え、シンセのドローンと母さんの高音の祈るような歌声だけが地を満たし……
火焔を吹きあげながら暴れていた業羅の動きが止まる——踊り出す。
——大歓声。
爽やかに笑う母さん。
業羅は、人間に戻りかけていた。
歌声に浄化されたかのように、なんだか透き通った、結晶のような様子。
だが、ここからだった。
業羅がそのまま「あっち」に行ってしまわないように、——人間に戻すためには、そんな歌声が必要だった。
そして、それは——
閃光美希!
記録映像の中、その人は、母さんの肩を軽く叩くと、マイクを握り、熱く感情を込めて歌い出す。
その、誰でも、業羅の中から思わず飛び出してきそうな妖艶で、感情豊かな表情は、そのまま、今僕の前にいるその人で……
「その表情? やっと——記憶つながったかしら」
「はい!」
そうだ。この人は、母さんの大親友にして一緒のヴォーカルグループで業羅との数々の戦いをいっしょにくぐり抜けた、閃光美希であったのだった。
そんな人がシズ子のお母さんだったとは、今の今まで全く知らなかったのだが、
「ふふふ、やっぱりシズちゃんは話してくれてなかったのか——私がカケルくんのお母さんとは掛け替えのない大親友であったこと。それ話したらもっとカケルくんと親しくなれてたかもよ」
ちらりとシズコを見る美希さん。
すると、
「親のことは親のこと。私には無関係。私は実力でカケルを奪取」
また無表情で、そんな大胆なことを言うシズ子だった。
まあ、その無表情の下の、本当のシズ子は、本心はどんな風に思っているのか? 今のその表情の下に本当の感情が隠されていることを知る僕は、なんだかそれはどんな気持ちなのかとふと気になってしまう。
無表情のまま、その心の奥は見せないで、キリッと美希さんを見つめるシズ子の……
——そんな娘のことを微笑ましそうに目を細めて見つめる美希さんだった。
でも、
「あらあら、まあ、頼もしいこと……でも、あなたが本気なら——使えるものはなんでも使う気ぐらいじゃないとだめよ。ごらんなさい……」
美希さんは、顔を急に険しくして、シズ子に諭すような口調で言うと、今日一緒にくっついて来た面々をざっと眺める。
そして、
「この子なんて——流石のシズ子も負けそうなくらいの超絶美人で……おまけに程よく腹黒そう。お名前は?」
まずはミクさんを見て言う。
「栖原未来です。みんなには、ミクスと呼ばれています」
ミクスさんはちょっと探られているような美希さんの眼光にも、まるで平然とした表情で手を伸ばして握手をする。
なんだか、ちょっと失礼な感じがするくらい、何か疑って探るような美希さんの目の様子だった。
でも、平然とにこやかにその目を見つめ返すミクスさん。
すると、
「うん。いいわね、君。その肝の座り方」
美希さんは感心したように言う。
でも、
「本物を得るにはもう一皮向ける必要あるってとこかしら」
ちょっと惜しいと言ったような表情。
「本物?」
意味がわからずにきょとんとした様子のミクスさん。
「本当のあなたの気持ち……それがあなたに芽生えた時には——ふふ、いえ、娘のライバルにこれ以上教えるのはやめとこうかなあ? でもあなたはまだ変身を残している。それだけは言っておくわ」
「変身?」
なんだか納得いかない様子のミクスさんであったが、美希さんはそこで話を打ち切って、今度はコン子に視線を移す。
ちょっと、ギクッとした感じで顔をひきつらせるコン子。
「——あなたは、確か幼なじみの子よね。斜向かいの家に住んでいる。昔、カケルくんがまだ赤ちゃんの時、訪ねて言った時に、遊びに来てたでしょ。まだ五歳にもならない頃だと思うから覚えていなかもしれないけど……」
「はい。でも——」
と緊張した感じで言うコン子。
「でも?」
「いえ、覚えているとかじゃなくて……シズ子さんのお母さんは何か勘違いしているのでは?」
「勘違い? 何が?」
問い詰められて、
「私はカケルと幼馴染みなだけで、他に別にどうこうとか……」
「どうこう?」
「好きだとか、恋人になりたいだとか……」
と言いながら、顔が真っ赤になっているコン子。
「へえ? そうかしらね? とてもそうは見えないけど? ならなんで今日くっついて来たの?」
なんだか、獲物を捕まえた猫みたいに嬉しそうな顔の美希さん。
「それは、カケルが心配っていうか……なんていうか……」
「心配? やっぱり他の女の子とくっついちゃわないか心配?」
「いえ、そうじゃなくって。私はカケルの保護者がわりっていうか……」
と、少し目線をそらしながら、自信なさそうに言うコン子。
「ふふ、そういや確かにカケルくんのお母さんから私、昔メールもらってたわね」
そんなコン子に、チェックメイトの宣言をする美希さん。
「……?」
「カケルを任せられそうな女の子見つけたから、『シズ子ちゃんも安心してちゃだめよ』って」
「——ってそれは、『任せる』って、それは私が責任持ってカケルに素敵なお嫁さん見つけてあげるの頼まれたって言うか……それ以上でもそれ以下でもないって言うか……」
コン子はいつもの「言い訳」を口にするが、
「ふふ、でもその『お嫁さん』、あなたがそうなっても別に構わないのではなくて?」
「……!」
美希さんの言葉に絶句して、今まで以上に真っ赤になってしまうコン子なのだった。
……
そして、コン子は、そのまま下を向いて、しばらくすると、僕の方を振り向いて、
「カケルの馬鹿ー! 馬鹿、馬鹿!」
なんだか、意味不明に怒られた上に、背中をどかどか叩くのであった。
「な……」
なんだ、なんなんだ!
と僕は、コン子に言いかけるが、
「うん、仲が良いことで——でも幼馴染ちゃんは、慢心しないことをお勧めするわ……で、最後にこの子だけど……」
美希さんは、今度はじっと舞を見る。
すると、コン子も僕もその様子を見て、言い争いをやめて、
「?????」
頭の中に疑問符でいっぱいになってしまう。
ああ、そうか美希さん、まさか舞のことまで? そんな風に思っている?
いやいや、いままでの二人が僕と本当にどうこうなのかは置いておいて、舞はさすがに、
「あの、美希さん……」
と僕は言う。
「はい?」
「舞は——この子は僕の妹なんで……」
「えっ?」
美希さんは、随分と意外そうな表情になって、舞を見つめ、一瞬絶句すると、
「へえ、今回はそう言うの選んだんだ……」
となんだか謎めいたことを言うと、
「まあ、良いわ。舞ちゃん。かわいい妹さんもようこそ演道家に。ともかく——なんだか若い人たちの面白そうなあれやこれやは大好物だから……娘の恋のライバル大歓迎よ。今夜はたっぷりくつろいで——あとでできるなら……いろいろ聞かせてくださいね!」
僕らはそのまま食卓に案内されるのだった。
*
食事は、究道さんの地元から取り寄せたと言う、地鶏やら牛肉やら、美希さん地元(北海道らしい)から取り寄せたカニやらの、豪勢な食事が並ぶ。
僕は、それを見て、思わずよだれがと言うか、すぐにでもがっつきたい気分が満々となったのだった。
でも、僕はお呼ばれ先であんまりがっつくのも失礼かなと最初はおそるおそる食べていたのだが——食べ始めたら止まらない。
女子陣は、この間美希さんが東京に出張した時にスイーツ店巡りしてゲットしたと言うケーキやらマカロンやらなんだか男子には正体不明の名前のブツやらに、早々に興味が移ってしまって、肉とカニはほぼ僕一人に任されている状態で、ならば残った肉やら甲殻類やらは、
「あら、やっぱり若い子がガンガン食べてるの見るの楽しいわ。ほら、召し上がれ」
次々に更にご馳走をよそってくれる美希さんの絶妙な煽りに次々に食べてしまう。
でも、
「うぷっ……」
散々食べ続け、
「あら、もう腹一杯かしら? 響さんや究道の若い頃はこんなもんじゃなかったけど?」
いや、そんなこと言われても、身体能力も化け物じみていた父さんたちと一緒にされても、いくらなんでももう腹には何も入らんよ、となっている時に、
「……なんだ? まだまんま残ってるべか?」
救世主はあらわれたのだった。
「あなた……準備は終わったの」
「ああ……」
美希さんに言われて、頷きながら食卓に座り、目の前に置いてあった鳥の腿を手づかみで取ると、そのままかぶりついて一口食べながら、
「調整はばっちりだべ! カケルくん!」
サムズアップしながら、満面の笑みを貯めて言う究道さん。
それはとても充実した表情。
そう、サウンドシステムの準備を終えて——それはきっと会心の出来ばえだったに違いない。
このあとの一夜のため。
この、ドラムンベースに狂う一夜に向けて、
「どでんすなよ(びっくりするなよ)!」
究道さん最高の音を用意してくれたに違いないのだった。