ラボ
フールズゴールド社の代表であり、伝説のサウンドエンジニアである、演道究道さんは、満面の笑みで僕の手を握り、出身の秋田の訛りバリバリで僕に挨拶をする。
そんなすごい人の随分と気さくな様子に、僕は恐縮しながらも思い出す。
そうだこの人——僕は前にこの人に会っていたのだった。
母さんの法事で小学校二年の時、東京に二週間ほど滞在したことがあって、その時に、近くに住んでいたシズ子と僕が仲良くなった(その時の父さんがシズ子に僕と結婚させてやる的な軽口を叩いてしまっていた)のだったが……
そりゃそうだ。
その時にシズ子に会ってたのだとすれば、親の究道さんにも会ってるよな。
僕は、薄っすらと思い出して来た。
僕がシズ子と仲良くなって遊んでいる時に、横でニコニコしながら、その様子を眺めていた優しそうな人。それが、僕の父さんも含むオリジネーターたちと共に、第一世代の対業羅DJを確立して行った神話級の凄腕エンジニア、演道究道さんであったのだった。
「まず、まめだべが(まったく、なつかしいな、元気だったかい)」
で、そんなすごい人が、なんだか随分嬉しそうな表情で、フランクに接してくれてるようで、僕は事前の緊張も解けて、嬉しいやら、でもやっぱり恐縮するやら、そんな感じだった。
なんだが、ずいぶんと優しく、楽しそうに、僕を見る究道さん。
でも、その目は、軽薄でも、甘やかすでもなく、しっかりと強く僕を見つめていた。
そうだ、今日、僕ははこの人とじっくり探求しなければならない。
僕は、今日、ここに旧交を温めに来たのではない。
ある使命を帯びてやって来たのだった。
——僕は、ドラムンベースを自分のものにしなければならないのだった。
僕は、この後、近々に、ドラムンベースのミックスで業羅を人間に戻さねばならない、そんな機会があるのかもしれなかったのだ。
なぜそんな風に思ってるのかは、後で説明するけれど……
——そのために使える時間はそんな長くはない。
だから僕はここに来たのだった。
この家にあるサウンドシステムと、そして、この人となら僕はできる。
究道さんの優しくも強い、瞳を見て、僕はその決意を強くするのだった。
でも、
「んだら、ままくってげ(じゃあ、入ってまずは何か食べようか)」
唯一の問題はこの人が訛りが強過ぎて何を言っているのか分からなかったことだった。
まあ、とは言え、フィーリングでなんとなくわからないでもないが、ちょっと困ったなこれって僕が思っていると、
「と(お父さん)、カケルだばきゃしゃでるべった(カケルが困ってる)——標準語でしゃべるべき」
「ん?」
シズ子が、究道さんに近寄って、小声でなんだか言うと、
「んだな…………カケルくん。じゃあ、君、中に入る」
標準語を喋るようになったのだが——なんだかシズ子みたいなカタコト言葉みたいになって。
「はい」
「うん、んだば……じゃなくて——最初、お茶でものむ」
問いかけなのか命令なのか分からない言葉遣いもシズ子みたいだし——なんだか顔も無表情になって……
なんだ、これは、あれだな。遺伝だな。
と言うか、さすがに僕も(もう2章分も付き合って)シズ子のカタコト無表情キャラの秘密に気づいていたんだけど、そのお父さんのこの様子に——その正しさを確信するのだった。
この人たち、訛りを隠そうとすると、カタコト無表情キャラになってしまうと。
と言うのも(これは後で知ったのだけど)僕とシズ子が初めて会ったのは東京だったけど、彼女はその前後、生まれてから幼稚園時代と小学校の高学年から中学校の途中までを親の秋田の実家で過ごしていたのだった。
その時に親の地元の言葉が体に刻み込まれ、——それを無理して隠そうとするとあのカタコト言葉と無表情となってしまうようだった。
で、なんで東京に住んでいた前後にシズ子が秋田にいたかといえば……
まずは「前」のほうだが——
シズ子の父親の究道さんは、オリジネーターたちと一緒に、もっとも危険な時代の対業羅パーティの数々に参加して生き残った古強者であるのだが、次世代にバトンを渡して戻って来た故郷、そこでどっと出た、それまでの戦いの疲れ。また、強羅への対処方法を確立すると言う大事をやり遂げた満足感もあり、究道さん的には、戻った故郷で生まれたシズ子とともに、その後は、実家の自動車整備工場手伝いながら自然豊かな中で子育てをして余生を過ごすくらいのつもりだったらしい。
ところが、やはり究道さんほどの人は世間が放っておかなかった。
業羅の対処方法がだんだん確立されて、それが高度化、機械化、自動化されてくると、その装置を正確に作れる技術、その技術をサウンドシステムにまとめ上げる技術が求められる。
何よりも日々変わっていく業羅の形態、その進化に対応できるようなイノベーション、ヴィジョンを持つ技術者が求められる。
そんな人物は世界に何人もいない。ましてやそれをしっかり永続的に運営できる組織にできるような人は。
業羅を現場で知り、またエンジニアとしても起業家としても才能のある人物。
それは——世界的に見ても——なんと言っても演道究道であったのだった。
だから究道さんは、乞われ東京に戻って、紆余曲折ありながらフールズゴールド社を始め、その会社は、今の世界に欠くことのできない役目を担う企業として、たちまちのうちに大きくなって行ったのだった。
この辺りに、僕は初めてシズ子と会い、
そして後ろの方になる——
その拡張の一番忙しい時期、シズ子の小学校高学年の頃に、母親もフールズゴールド社の重役をつとめて多忙だったため、彼女は究道さんの秋田の実家に預けられたのだった。
そして、そこで、おじいさんおばあさんに育てられて……
——そこでシズ子は老人の喋るピュア方言を仕込まれての秋田弁マスターとなったのだった。
で、
「カケル、どうした。立ち止まる。何か考える」
訛りを隠そうとすると不自然な喋りかた、表情になってしまうシズ子。
なんだか、そんなの……
気にしなくて良いのになって思うのだが。
だって、
「自然な、喋りかたのシズ子の方が——訛ってたって可愛い……ん?」
「……………………(っぽ)」
「「「………………」」」
「って……声に出てる!!!!」
ポツリと呟いてしまった僕の言葉に、シズ子の顔が真っ赤になり、残りの女性陣が一斉にジト目になるのだった。
*
ともかく、僕の失言はなんとかごまかして(と言うかみんなもあまり深く突っ込まないことにしてくれたようで)、そのままシズ子の家に入る。
玄関と言うよりも、まるで機材搬入口と言った感じの、鉄の扉が自動で開くと、そこには3階までぶち抜きの大きなホールになっていて、あちらこちらにスピーカーやアンプ、その他の機材が転がっている。
「ここは、実験場。殺風景。上に行く」
「そっ、そう?」
僕は、なんだかヴィンテージから、最新の意欲的な設計のものまで、様々な機材の転がるここにとても興味を覚えたのだが、
「確かに、ここで一休みってかんじじゃないわよね」
とコン子が言う。
確かに、コン子たちは、ここでは落ち着かないだろう——それはそうだろうなと僕は思った。
いろいろ部品も転がって、書類も散乱して、コードが足元を通って、コンピュータのモニターが地べたに並べられたりで、小さな体育館ほどはありそうな広い床が、随分と狭く——と言うか足の踏み場も無いくらいだった。
他もコントローラーの試作品みたいなのが乗ってる棚とか、用途のよく分からない機械が固定されてる台とか——試験用のオシロスコープや計測機器なんかも何個も無造作に落ちているし、天井に三本ほど走るレールに固定されているクレーンには組み立て中の大きなスピーカやパワードスーツの外骨格みたいな物がケーブルで吊られていた。
なんとも雑然としている。ごちゃごちゃとしていて落ちつかない場所。
でも、なんとも興味深い場所。
ここは、プロの現場。
なんとも興味深い。
そんな風に僕には思えた。
ならば、僕は、もう少しここにある様々を見ていたかったのだが、
「ここは、カケルはもう少し見たいかもしれないが——まずは二階に行く。食事用意済」
とシズ子はホールの奥の階段を指し示しながら言う。
「俺は、先に調整する。カケルくん、後で来る」
究道さんはこの実験場に残り、先に準備をしてくれてるようだった。
「父さん頼んだ。私はカケルを歓待」
「了解。上に母存在」
でもなんだか、僕がいるせいで、どうも本当は純朴感情いっぱいキャラの二人が、クーデレに変貌してしまって、この不自然な家族の会話。
なんだか、本当なら暖かく家族団欒の金曜の夜に押しかけちゃって申し訳ないなと思いながら、実験場と言う、この玄関のホールの奥の無骨な鉄製の階段を登って二階に行けば、
「うわー! いらっしゃい! カケルくん。久しぶりね! ようこそ演道家に! いえ……」
そこにいたのはシズ子がそのまま成長して大人の女性になったような——なので超美人の色白の人。
それは、
「この一夜の地獄の特訓にかしら?」
もちろん、シズ子の母親の演道美希さん。
旧姓で閃光美希。その人は、かつて日本を代表するクラブミュージックシンガーで、そして一緒にヴォーカルグループを組んだ……
——僕の母親の大親友であったのだった。