車の中で
僕は、車の後部座席にすわり、シャンパングラスを手に持つと、横のシズ子がつぐ泡をたてる琥珀色の液体を見つめる。
もちろんシャンメリーだけど。
「ドラムンベース?」
そんな僕を、と言うか横で僕にくっついているシズ子を鬼神の表情で見つめながら向かいの席に座るコン子が言う。
ちなみにコン子は車の中の冷蔵庫に入っていた子供ビールを勝手に取り出してガブガブ飲んでいたので、
「うぷっ——それって、うぷっ、あれでしょ、ゲプッ……ベースと……っぷ! ドラム……」
げっぷを頻発して、少し話がわかりにくいので少し落ち着いてから話してほしいが、
「知ったかの、幼馴染は黙ってほしい。今日は頼まれたのは私。なぜあたなも付いて来る」
煽るシズ子のせいで、
「うぷっ——うるさい、うぷっ、テンプレ無表情女が、私をそんな……ゲプッ……」
そのまま話し続けようとする。
「テンプレっていうなら、お前こそ、テンプレ幼馴染。この車広いから、滑り台でもつければよかった——それを滑ってもらったのに」
「うぷっ——なんですって! うぷっ、私は幼馴染でも、スーパー幼馴染よ……ゲプッ……そんな滑り台なんて叩き壊して」
「まあ、まあ、二人とも落ち着いて……せっかくだからみんなでシズ子の家に行ってみようと話がまとまったんじゃないか」
僕は、なんとか二人を落ち着かせようと仲裁にはいるが、
「いや、話はまとまったにしても——他の二人は認めるとしても、こいつは不要。今から別の車を呼ぶから先に帰ってもらうべき」
「なんですって! 帰るならあなたが帰りなさいよ!」
「だから私は、今、帰るところ。私たちは今私の家に向かっている。やはり、幼馴染は言うことがおかしい。負けキャラナンバーワンは言うことが違う」
「っ! 何よ。幼馴染が負けキャラにしても、無表情テンプレ女だって大抵負けキャラじゃないの。幼馴染のキャラの心配する前に自分のキャラの心配しなさい……っていうか、何言ってるのあんたは! 私は別にカケルを狙ってるわけじゃないんだからね! カケルなんて単に放っておけない幼馴染だってだけなんだからね!」
「なら、私がカケルを貰ってもなんの問題もない。幼馴染に文句を言われる筋合いはない」
「な……なによ! あるわよ。私はカケルのこと、カケルのお母さんに頼まれたんだからね。カケルに良い女性を見つけてあげる使命があるんだからね!」
「じゃあ、もうあなたは用済み。もうその女性は見つかった。カケルは私が幸せにする」
「なにを! あんたじゃ話にならないわ! それなら私の方がまし——って、何言わせるの! 私がカケルとくっ付きたい訳じゃないんだからね! そこんところ間違ったらだめなんだからね!」
なんだか、コン子のいつもの言い訳っぽい発言に、空気を読まずに天然ツッコミかますシズ子は天敵みたいな状態になっていた。
でも、コン子も、ぐぬぬと言うような顔をしてさらに反論して来そうだし……
このままでは、この二人は、ずっと口喧嘩を続けてしまいそうであった、
でも、
「まあ、まあ、二人とも落ち着いてください。だれが兄さんにふさわしいかは肉親である私が良くみてますから」
「「……………………舞ちゃん」」
校門にこの迎えの車が来た時に、ちょうどそこを通りかかって、一緒にシズ子の家に着いて行くことになった舞が、二人を一瞬で黙らせるような発言をしてくれる。
「まあ、とりあえず、つまらない喧嘩をいつまでも続けるような人たちは、その候補にものぼらないとだけ言っておきましょう」
「「……………………」」
うん。舞のおかげで、瞬く間に静かになる車内。
そして、
「ふふふ。じゃあ、黙るが勝ちっていうことですね。今日は私の株が上がりましたか?」
ミクスさんがなんだか楽しそう。と言うかやっぱりこう言う時少し黒いなこの人とか思ってると、
「そうですね。妹的にはミクスさんみたいな人は評価アップです……(ふん、とは言っても兄様をだれにもやるものかいなのじゃ)」
舞が答えた言葉の最後に、
「えっ?」
なんだか変な古風な口調の声がきこえたような?
「あれ、兄さんどうかした? (まずい兄様は妾の心の声聞こえているようじゃて)」
うんやっぱり。
「いや、なんだか——舞が古風な姫様キャラみたいな口調で変なことをしゃべったような」
「何いってるの兄さん。やっぱり、まだ疲れているのかしら? (やばい、やばいのじゃ。余計なことを考えるのを抑え無いといけないのじゃ。無の心。禅の境地なのじゃ)」
「んっ? ……そうだよね気のせいだよね? 禅がどうしたとか聞こえたけど……」
「禅? なんでそんなこと私が言わなくちゃいけないの? (まずいのじゃ。他のことを考えるのじゃ)」
「そうだよな。舞は何もいってないよな——んっ?」
「どうしたの? (うわ、他のことを考えようとしたら、脳内兄様寝顔コレクションが次々に再生されるのじゃ! うへへ……思わずよだれが出てしまうのじゃ!)」
「よだれ?」
「うわああああ! 無し無し! それ無し!」
「はい……?」
「無し! 無し!」
「舞ちゃん……?」
なんだか、いつも冷静な大和撫子の舞が突然乗除不安定になって、妹を良く知るコン子も、何事が起こったのか、こんなのは初めてと呆気にとられているが、
「あっ、着いた」
ちょうど車はシズ子の家に到着して、車内の騒ぎはなんだかうやむやになったまま、僕らはシズ子の家の敷地に入るのだった。
そして、なんだかぐちゃぐちゃになって来た車内の騒ぎもこれで一旦リセットと思うのだったが……
*
「すごいな……」
敷地に入ったかと思ったのに家になかなかつかないのに僕は驚いていた。
小高い丘のふもとにあった門をくぐってから、車は私道らしき峠道をぐるぐると登る。
で、もう五分くらい走っているが、まだ家につかないのだ。
もしかして、この丘全体がシズ子の親の持ち物なのだろうか?
とすると、シズ子って、実はとんでもないお嬢様?
ジャンク屋ってそんな儲かるの?
って僕は、心のなかで呟く。
たまに行く国道沿いのシズ子の親のやっているジャンク屋を思い浮かべながら、このシズ子の家の敷地の大きさに、混乱していたが、
「さすが、フールズゴールド社代表取締役社長兼会長の家ね。ウェヴレイドやDFCのシステムを一気にとりしきる会社の責任者の自宅だけあってたいしたものね」
「えっ?」
舞の発言に僕はあれ? ってなる。
そういや、パラダイスロフトのブースに入った時、機材のあちこちにフールズゴールド社のマークがついていたけれど、
「あれ、カケルってシズ子がフールズゴールド社の社長の娘ってしらなかったの? っていうかフールズゴールド社って知ってた? それがこの街の企業だって?」
「はい?」
素でそれを知らなかった僕は、コン子の言葉にも、キョトンとした様子で、目を宙に泳がせるが、
「私たちの葉雨市一番の企業というだけではなく、対業羅のサウンドシステムの製造から発展して、今では音楽機材の他に、エンジンや専用半導体の製造まで手がける、最近の日本で一番の成長企業ともいわれていますね」
「……?」
ミクスさんの発言に、さらに目を泳がせる僕であった。
そんな僕の様子を見てシズ子が言う。
「と言ってもそれは親の話。私は私の力でカケルを幸せにする」
なんだか少し鼻をふくらませて力が入った感じのシズ子であった。
すると、それに、コン子は、
「ふん、親の力無しではあなたあなたなんてザコよ」
とか言って、ミクスさんは、
「確かにシズ子さんは成績優秀だから将来は有望ですよね」
とか茶々をいれているが……
って、このみんなのやりとり、って言ってことは——本当にそうなの?
つまりシズ子は日本でも有数の新興企業の娘で……
だとすると?
「待って、待って……じゃああの国道沿いのジャンク屋は?」
僕は疑問に思っていることを口にするが、
「ああ、あれはお父さんの趣味」
と、あっさりと衝撃の事実を告げられる。
実は、なんだかあの店にポツンと店番して、たまに行くと、ジャンク品から的確に、さっと必要な部品を選んでくれるシズ子は、なんだかスッとしてかっこいいよなって思っていたのだった。
身近の、気さくな頼れる友達。そう思っていたのだった。
でも実は、凄いお嬢さんだったなんて、身近な仲間が、なんだか遠い世界の人にいきなりなってしまったかのようで、僕は少し寂しい感じがした。
いや、シズ子はそんなこと気にしないだろうし、僕も彼女の素性を知ったからと言って、変に付き合いを変えるつもりはないが……
なんだか、相手がお嬢様と思うと、少しビビってしまう小市民——である、僕は、そう思えば高貴な感じに見えてくる彼女の表情の薄いきりっとした顔をまともに見れなくて、不思議そうに僕を見てくる目から顔をそらしてしまう。
僕は、ちょっと複雑な気分で、シズ子の家に向かう。
なんだが、少しびびりながら。
——でも……
実は……
そんな緊張は、実はその後、あっという間に終わってしまのだった。
と言うのも、
「あっ、お父さんだ」
車は丘を登りきり、その頂上の、自宅というよりはまるで研究所のようなモダンな建物の前、そこに立っていたのは僕の父さんの盟友のエンジニアにして、今は大会社の責任者、もう四十歳はとっくに越えているはずなのだが、とてもそうは見えない程に若々しく、でも威厳もたっぷり、まるで美丈夫の戦国武者って感じの男の人だった。
その人はシズ子の父親、僕の父さんはエンちゃんと呼ぶ、演道究道。今は起業家(このことは今日初めて知ったが)にして、そして今でも、たぶん、世界有数のテクニックを持つサウンドエンジニアなのであった。
そんな、凄い人に睨まれて——僕はちょっと、と言うかかなり緊張して車から降りるのだが、
「おお、カケルくん!」
僕と目があうと、にっこりと破顔したエンちゃんこと、演道究道さんは、
「まめだべが(久しぶり。元気かい)。へば、こ(それじゃ、中に入って)」
なんだかなまりすぎて、良く意味の分からない言葉を言いながら、
「んだば(それじゃ)はやぐ(さっさと)、ドラムンベースだば、すべった(ドラムンベースをやろう)」
僕の手をとても親しげに握るのだった。
すると、僕は、その手の感触に、緊張なんて一気に吹き飛んで——この人に会った、小さい頃のことを思い出すのだった。