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最後の練習

久々の投稿になります。少し忙しい時期がつづいて——言い訳ですね。

今後はなんとか頑張りたいと思いますが、……アップペースが落ちてもなんとか見捨てずにくだされば……

とか思いつつ、話中にでてきた曲ですが、


Marcus Intalex & ST Files - Dreamworld

https://www.youtube.com/watch?v=Q-7_MDnw3gg


https://www.youtube.com/watch?v=jcFywGqexJ8

Un-Cut - Midnight (Marcus Intalex & ST Files)


4hero ’9 By 9’ のMarcus Intalex & ST Files Remix

https://www.youtube.com/watch?v=KukUgCYGN54


最近、四十代半ばでの訃報が報じられたMarcus Intalexの曲になります。


ドラムンベース界にとってこの偉大なサウンドプロデューサーが失われたのはとても残念ですが、彼の曲はずっと残っていく。私たちはこの曲を聞き続けることができる。そう思いながら、ご冥福を祈りたいと思っています。R.I.P.

 ショッピングセンターから家に帰った僕は、すぐに地下の音楽室に行くと、ドラムンベースDJの練習を始める。


 昨日までと同じように、AIによる分析フィードバックを受けながらのミックス。つなぎをで低音を枯らしてしまった、音を抜くタイミングをミスった。自分で聴いていても見逃してしまいそうな、ほんのわずかな音の変化まで、その人工知能は検知して教えてくれる。


 その他にも、ディープラーニングで構築した様々な人々のメンタルモデルを、シミュレーションプログラムの中に抱えているらしく、様々な人々の予想される反応をデータとして返してくれる。


 老若男女——考えられる様々な人格の、喜怒哀楽——様々な気分の状態での反応を、同時に返すのだった。


 つまり、——同じ曲、同じつなぎ、同じグルーヴに対して、同時にいろんな人の反応をシミュレーションとして返してくれるだけでなく、同時に、——同じ人のいろいろな状態にある場合の反応をシミュレーションとして返してくれるのだった。


 その返しかた、——フィードバックは、統計データとしての数字のほか、可視化されたメーターであったり、——3次元CGで、その表情までもリアルに踊る人々の様子として現したりすることができる。それはまるで、目の前に三次元映像として現れる人々の様子は、まるで本物パーティのようだった。


 いや、それはある意味本物以上。シミュレーションは、その時の場所、時刻、天候や、取り巻く状況なども様々に変えながら、同じDJプレイに関する反応を無数に返してくれるのだった。


 これは、すごい体験だ。と僕は思った。


 なにしろ、このシミュレーションは、一度に何回ものパーティを経験しているようなものだった。僕の一回のプレイに対して、何回も、つまり、僕は1度に何倍もの経験を得られるのだった。


 とは言え、もちろん、シミュレーションは、——シミュレーションだ。現場の、実際に踊る人々の熱狂を感じてやるDJにくらべて、やはり違和感もあるし、これで本当にわかった気になるのはまずいだろう。


 でも、実際の経験と自分の中で対比しながら、——自分のリアルと付き合わせながら行うシミュレーションは、これはこれであり——得難い経験をしているのだと言えた。


 僕は、まだ経験したことのない様々なシチュエーションでのDJプレイを「体験」することができるのだった。


 もちろん、業羅もその中にシミュレーションとして組み込まれている。今までに存在した様々な業羅の情報はもちろんのこと、この間、新たな属性の業羅が現れたことから、現れる可能性のある新種のシミュレーションまでも行い、無数のパーティを「経験」し……


「大体は大丈夫なんだけど……」


 僕は、二時間弱のDJプレイを終えると、それに対して返されてきたシミュレーションの結果を眺めながらひとりつぶやいた。


 パーティに集まった、様々な人々、場所、状況、業羅のタイプ。


 そんなバリエーションに対して、今の自分のプレイがどう言う反応を得たのか。それが無数のシミュレーションの結果として今僕の目の前にあった。


 もちろん、プレイはドラムンベースなのだから、業羅の属性がそれ以外の時はあまり良い結果にならないのは当たり前だし、シミュレーションの状況のパラメータが極端なものもある。


 幼稚園のバスに業羅が現れた。巣鴨に観光に来ていたおばあさんの団体の中に現れた。マッチョの集うジムの中に現れた。……


 いやいや、確かにかなり極端な例だが——こう言うことが起きないとは限らない。


 僕は今までの対業羅のDJは、二回とも自分の学校で、気心が知れている連中を前にしてのプレイであったのだ。ホームゲームであったのだ。


 もし今後、街中で突如現れた業羅に対処しなければならないのなら、僕は、いろんな人々を相手にDJをsなければならなくなるのだった。その時、どんな人たちが、どんな思いでそこにいるかわからない。


 それでも、DJは、そんな雑多人々を音にのせて、パーティを作り出さないといけないのだ。


 もしかして、業羅への恐怖で、踊るどころではないかもしれない。


 もしかして、茫然自失して、心が無反応になっているかもしれない。


 もしかして、怒りで、踊ることの楽しさなどまるで感じられないかもしれない。


 そんななかでも、僕はパーティを作り上げていかなければならない。


 そう言う意味では、結果が悪いシミュレーションこそ、僕が真摯に反省し、良く良く(かえり)みなければならないものと言えた。


 特に、


「あれ、なんだこれ? ずいぶんと結果が悪いな……」


 シミュレーション名は——業羅が修羅場の中に現れた?


「……修羅場?」


 モニターに表示されたシミュレーションの概要を見れば、それはどうも、『この泥棒猫!』的な発言が出そうな、男女の愛憎渦巻く修羅場のようだった。


 まあ、確かに、そんな状況の只中に業羅が出ると言うこともないとは言えないだろうが。


 そこに、僕がいる?


 ……一体どんな状況なんだ?


 と心の中で呟くと。


「——再生いたします」


「え?」


 頼んでもいないのにAIが勝手にシミュレーション結果の再生を始めたぞ?


「カケル……」


 ん、シズ子?


 目の前にシズ子——の3D映像が現れる。それは、いつものシズ子——よりなんか……なんと言うかシリアス度が強いと言うか……ヤンデレ度が大きくなったような。


「……私のこと好きだよね」


「…………」


 なんと言うかこれにどう答えてもバットエンドしか待っていないような気がしてならない、シズ子の雰囲気。


 よくよく見直して見れば——手には包丁!


 似合う。似合うが。怖い。

 

 僕は、思わずちょっと後ずさるが、


「ちょっと、陰気女がなに勝手にカケルを脅してるのよ」


 次に横に現れたのはコン子。こちらも目が随分とマジなような。


 なんだか手にバールのようなもの持っていて……


「滑り台幼馴染はだまっているべき。カケルはあなたのことなんて好きじゃない」


「じゃあ誰が好きなのよ」


 振り向いたシズ子が、前にさし出した包丁が、コン子のバールにちょっとあたってカチッと言う音がする。


「誰って……それは……わ……」


「私ね……」


「くっ……」


 今度はミクスさんが現れて、手にはムチ……? それを、ピシッと地面に打ちつけながら、


「そうなんでしょ? 私にくれるんでしょ、幼馴染さん」


「それは……」


「それとも、いつものように……嘘?」


「…………」


 なんだかすごい剣幕で睨み合う二人——いやシズ子も包丁を両手で握り体に力を込めて……一種即発の雰囲気。


「はあ、だめだめ——じゃ。おのれらなぞには兄様はやれんな?」


 あれ、舞が出てきたぞ。


「あの、舞ちゃんは黙ってて。これは女の戦いなんだから……」


「ほお……ならば妹の出番はないと……」


「そう、カケルと恋愛ができない肉親はだまっているべき」


「そうね、この戦争(ケンカ)に参加する資格は……」


「ほう……」


 ミクスさんの言葉を遮るように舞が言う。


「そんな時はこう言えば良いのかの。『いいえ先輩。これは私たちの戦争(ケンカ)です」


 ニヤリと笑って、背中に隠していたでっかいハンマーを前に出して構える舞。


 ……おいおい。


 いくらなんでも——このシチュエーション。


愛絢(ああや)!」


 僕はコンソールのAIのアバターに向かって言う。


「ふへっ——やっぱりバレましたか」


 この地下音楽室での特訓の初日にAIに融合して現れた、異世界の僕に付き添っていた女の子、愛絢の姿に変わったアバターは、ペロリと下を出しながら悪戯っぽく笑う。


「いくらなんでも気づくよ……物事には様々な可能性——いろんなシミュレーションがあると言っても……」


「妹が——修羅場に入るのは……」


「妹は妹ですか?」


「そうだよ。舞は世界一可愛くて大好きな妹だけど。妹だ。この中に入るのは……」


「ほほう。恋愛対象に入るわけがないと。ふふ、あのヤンデレの御仁にこの場で聞かせてあげたい言葉ですね。どんなに身をよじって悔しがるか……」


「……?」


「——ああ、まあこっちの話で……無視していただいても構いませんので。それよりも……どうでした? こんな状況でのDJはカケルさんにできますか?」


「いや、これは極端すぎるだろ。僕は——こんな状況になるのなら……その前になんとかするよ」


「本当に?」


「……たぶん」


「ふううん……」


「なんだよ、その含みありそうな言葉」


「いや、できるのかなって思いまして」


「何が?」


「たった一言だけで済む話が、ずっと言えないカケルさんが? と思いましてね」


「それは……」


 僕は、なんとなく、愛絢の言いたいことが分かった気がして、言葉を詰まらせる。


 そうだ。僕は、その一言を言えないでいる。


 言えば全てがすっきりするのに、それが全て壊すかもと思えば怖くなり、もやもやとしていいよどむ。


「確かに相手があの天然な(さま)では、言いにくいのもわかりますが……」


 どうも僕の心などすべてお見通しの愛絢は意味深げに笑いながら言う。


「まあ、なるようにしかならない。結局、世の中はそんなものでしょう。本日はこの不肖愛絢が差し出がましい真似をいたしましたが、——そのうちこの経験が何かの役に立つものと信じておりますので」


「……まあ、気にしとくよ」


「ふふ、今日のことはカケル様に私が注入しました毒のせめてもの罪滅ぼし、忠告と思ってくださればと思います」


 相変わらずの、謎の多い物言い愛絢であった。僕は、彼女の言う毒の意味をこの際もっと聞こうと、


「……その毒って」


 話しかけるのだが、


「それ以上は禁則事項ということで……それでは」


 モニターに映る映像は一瞬で、愛絢から元のアバターに変わる。


 僕は……、


「まあ、いいか……」


 なんともスッキリしない感情のまま、小さな嘆息をすると、


「もうちょっと練習しよう」


 再びDJを始める。


 かける曲は、Marcus Intalex & ST Filesの'Dreamworld'。


 つい最近夭折の報が入ったサウンドプロデューサーの作品。


 余人をもって変えがたい、その人の曲を、その時代を、深く噛み締めながら僕は曲を4hero '9 By 9' のMarcus Intalex & ST Files Remixにつなぐ。


 そしてUn-Cut 'Midnight'。やはりMarcus Intalex & ST Filesのリミックス。


 夜もふける。そしてそれが深まるほどに僕のミックスも深くなる。


 なんと言うか、さっきの騒ぎのせいか、へんな(りき)みも消え、僕はこの夜のように、深く深くDJに集中する。


 それはなんというか諦めの境地にも似た——これが最後の練習。


 ——「その」時まで。


 そう、「その」時は、明日であると僕はなんの根拠もなく確信しながら、さらに曲を重ねていき……


 そして——朝。


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