リハーサル
僕は、シズ子が車に乗せてくれたおかげで何とか時間までにショッピングセンターに着くことができた。
そして、
「それじゃまた後で……カケルのセッティングの最後の方は私も手伝う予定」
と言うと、シズ子は彼女の親が経営するフールズゴールド社が受け持っている、このイベントの機材設置の手伝いに向かう。僕は、その姿を目で追いながら——シズ子が手伝ってくれるなら心強い、と自然に心の中にそんな言葉が浮かんで来ることに気づくのだった。
うん。
僕はこの一週間でぐっと、信頼感というか親密感が増して、仲間って感じになった彼女の、無表情のように見えて強い愛情が漏れて見えるその目のことを思い出して……
なんだか彼女とこうやってずっと一緒に物事を成し遂げて行く未来を想像したら……
それがとても楽し暖かで……
僕はそんな未来を期待……
「兄さん」
「ん?」
振り返ると、何だか僕をジトーって言う感じの目の舞だった。
「どうした?」
「いえ、なんでも……」
良く分からないが拗ねた感じの舞であった。
「ああ、そう言えば……舞はショッピングセンターに用があったんだよね? なんか買うものでもあるの?」
「えっ!(ちっ! そういや、何も考えてはおらぬのじゃ! そういえば、さっき、妾はそんな言い訳しておったのじゃ!)」
「——?」
なんだか、また妹の心の声のようなものが聴こえて来る。僕であった。
前の戦いで発言した力——ダンタリオン。それは確かに人の心の中を読む力で、それが時々、日常でもふいに発動してしまって、人の心を読んでしまうようなことが起きている。
そんなことが起きているのには気づいていた。
そして、今も、妹の心の声らしきものが聞こえてはいたのだが……
でも——これは違う。
な・ぜ・な・ら!
世界一、清楚で可愛い妹の舞が、そんなへんな言葉遣いで下衆な話をしたりするわけがないのだった。
いつも冷静、完璧な妹が、焦ったり、あわてたりして舌打ちをしたり、悪態を叩いたりするわけがないのだった。
だから、
「——兄さん。その通りよ。私は下品なことなんて言わないわ」
「下品? その通り?」
「そ——その通りというのは……あれ今いったじゃない? 私は、今日は受験勉強の気分転換に何も目的もなしにここでぶらぶらしたいだけだって……下品じゃなくて、化粧品なんて見るって言ってないわってことで……」
あれ、そんなこと言ったっけ?
「言った! 言ったわよ!」
んん? そうかな?
「そうよ! ぜったいそうよ!」
なんだか、僕の心の言葉にタイミングよくツッコミを入れて来る舞であるが……
「ともかく! 兄さんそんなゆっくりしていて良いの?」
舞の言葉に我に返る僕であった。
「ゆっくり……ああ、そういえば」
僕は、ポケットからスマホを取り出して時間を確認する。
「車で送ってもらって、折角サウンドセッティングの時間まで間に合ったのに、結局遅刻する気?」
舞の言う通りであった。
もう生徒会長の志度さんに言われた集合の時間まで数分しかなく、
「——舞の言う通りだ。すぐに行かなきゃ!」
僕は慌ててその場から走り出すのだった。
で、走り出しぎわに、
「ありがとう、舞! やっぱり舞は世界一の妹だよ!」
と顔だけ振り向きながら、誰が見ても当然のことをつげると……
——ぐへへへへへへへへ!
なんだが、ちょっと下品な歓喜の声が頭の中に聞こえて来る? ——もちろん、そんなの気のせいに違いないけど。
*
と言うわけで、その後、生徒会と一緒に行った、明日のリハーサル自体は簡単なものだった。
ショッピングセンターの多目的広場で明日行われる地域創生のイベント会場。そこで、あらかじめ用意しておいた、効果音や曲、生徒会長や、副会長のスピーチの音量調節や段取りの確認。そんなことを小一時間も繰り返して僕らの準備は終了だった。
で、そのイベントでの僕の役割は、葉羽高校代表として地域の未来に向けてのプレゼンをする生徒会を、音出し係として、あらかじめ渡されていたシナリオに沿って音出しをすると言うもの。
やる事は、単純と言えば単純——正直単調と言っても良い作業であった。
だからか、
「なんだか、こんなことで駆り出しちゃってごめんなさいね。私もこんなイベント初めてで、どうすれば良いか分からないでカケルくんに頼んじゃったけど……」
ちょっと申し訳なさそうな様子の志度会長であった。
「思ったより、簡単そうな作業で……もう世界的にDJとして注目されているカケルくんに頼むようなことじゃなかったかもしれないわ。書記の諏訪部さんにでも頼んでおけばって……今からでもそれでも良いけれど……もし忙しければ」
でも、僕は首を横に振った。
むしろ、
「やらせてもらいますよ。いえ、やりたいんです」
僕は、そう本心から言うのだった。
いや、正直僕はこんなことに関わっている場合ではないかもしれない。
どうやら、僕には、今までにない危機的状況が迫っていて、そのためドラムンベースをモノにしなければならないこと。それは、至高の存在の天音や、AIとしてこの世界にやってきた愛絢らの言動からも間違いなく、フールズゴールド社や、ウェブレイドの人たちも「それ」について何か知っていて、僕にドラムンベースDJの特訓をこのタイミングで課してきたようなきがする……
だから、もしかして、明日はイベントに参加しないで、ずっと練習をしていた方が良いのかもしれない。
でも、
「この地域の、ひいいては世界の未来に向けての僕ら高校生のメッセージを伝える機会なんです。僕はその場に関わりたいんです」
いや、関わらなければならない!
なんとなく——いや、確信を持って僕は思うのだった。
僕は、こんな状況だからこそ、このイベントにかかわらなければならない。
未来について僕ら若者が思いを告げる、そんな場所に僕はいるべきなのだと思うのだった。
そうでなければ——未来が逃げて言ってしまう。なぜか、そのようにしか、僕には思えないのであった。
「わかったわ……いえ、ほんとカケルくんにやってもらった方が、やっぱりタイミングや音量もばっちりあうので助かるので——明日はお願いね」
僕の顔を見て、志度会長は、そう嬉しそうに言うのだった。
それに、僕は首肯すると言う。
「それでは、明日は力一杯頑張ります」
そして、会場の後方、いつのまにかスピーカーセッティングのエンジニアに混じって作業しているシズ子の姿を眺めながら、なんだかこの会場のサウンドシステム、まるでパーティでもやるようなごついのを持ち込んでいるな——?
と、トーク主体のイベントの趣旨からすると過剰な設備を見て、ちょっとした疑念が心に浮かぶのだったが……
順番で、次のリハーサルにやってきた商店街の青年会の人たちがステージの袖で待っているのに気づき、まあ別に大は小をかねるか、くらいに思ってその場から去るのであった。
もちろん——
後から思えばその意味は——業羅と何かある——戦場が始まる。それがこの場所であることは明らかであったのだけれど。
その時は、そこまで深く考えないまま、とりあえず、起きて早々、何も食べずにここにやってきてしまったので、軽く何かたべるかと、僕はショピングセンターの中にあるフードコートへと向かうのだった。