昼寝坊
そうしてあっという間に今週も最後、土曜の午後だった。
僕は、毎夜、毎夜、必死に練習をした、——その成果を問われる時がすぐ前に迫っていると言う、強迫的とも思われる観念にとらわれててDJを続けたのだった。
最初の夜に出てきた愛絢は次の日からは現れなかったので、AIサポートのみでの練習となったが、初日にあの異世界の謎の少女がAIでは把握しきれない勘所をしっかりと指摘してくれたため、その復習を行う意味では——AIのみで十分すぎるほどであった。
そして、毎日が飛ぶように過ぎて行って……
——ついに金曜の夜ともなれば、それは前の日よりは長め、もう空が白むくらいまで続け、そこでなんだか自分的にもなんとか納得できるようなDJができてきたと確信をえてきたのだったが……
そのあと、バタンと倒れるように寝て……起きたらもう昼もだいぶ過ぎだった。
「うわ、まず!」
僕は慌ててベットから飛び起きると、身支度をする。
そして、
「行ってきまーす」
家の入り口から飛び出すのだった。
今日は、志度生徒会長に頼まれたイベント——その前日の打ち合わせとサウンドセッティングの日なのであった。
郊外のショッピングセンターの一角を使って行われる、地域創生のイベント、『葉羽市 過去、今、そして未来』その準備に僕は駆り出されていたのだった。
基本的には、明日僕が任されるのは葉羽高校が未来の若者代表として、将来の地元の発展に向けての夢を語るパートでの効果音や音楽などを流す役割なのだったが、その練習に僕らが割り当てられていた時間は土曜の午後3時からの1時間であって、——家を出たのが2時過ぎであれば始まりまで間に合うかどうか微妙な感じであった。
もう2時半近くで、ショッピングセンターはコン子の家がやっているジャンク屋のさらに向こう、タラタラ自転車をこいでいたら絶対に間に合わない距離であった。
だから、僕は全力疾走で自転車を走らせていたのだが、
「カケル!」
「ん?」
声をかけられたような気がして、自転車を止めて振り向けば、そこにはスーと黒塗りのバンがが止まって、——なんだ僕拉致でもされちゃうのかと身構えたら、
「乗ってく?」
助手席の窓が開いて、顔を出したのはシズ子。
「あれ、シズ子も?」
首肯するシズ子。
「ショッピングセンターまで機材の設置に行く。カケルもそうなら乗る」
そ言うやいなや降りてきたシズ子は、フールズゴールド社の作業着を来た運転席のおじさんに目配せをする。と、でっかいバンの施錠が解かれた音がして、
「今日はスペース余っている。自転車をここにいれる。帰りももちろん送っても構わない」
降りてきたシズ子が言うのだった。
「ありがとう」
車でショッピングセンターまで連れて行ってくれると言う。このありがたい申し出に、僕は素直に従うこととにして、感謝の言葉を言いながら車に自転車を入れてから乗り込む。
「シズ子の家の会社も今回のイベントに協力してるの?」
「同意。お父さんはまだウェブレイドから依頼の仕事中。ゆえに、私が手伝う」
「ああ、そうなの……」
僕は首肯した。
先週末に僕がシズ子の家に行って以来、シズ子の両親の求道さん美希さんが、ずっとそれにかかりきりという仕事——ウェブレイドはいったい何を頼んでいるだろう?
少し、それに興味がないでもなかったが、
「今日の練習は私が手伝う」
「えっ? そうなの?」
「だから今会場に向かっているところ。ぎりぎまでお父さんの手伝いをしていて遅くなった。でも結果的にカケルに会えてよかった」
一緒に後部座席に乗り込んで、体をぴったりとつけてきたシズ子。その、なんと言うか柔らかいところの感覚に、
「…………」
「カケルどうした? なんで黙る?」
「いや……」
困ってないけど——困ったな。
このあいだの朝にコン子とシズ子が僕のベットで二人で眠ってた時のことが思い出されて、ちょっと体がまずい感じに……気づかれるとまずい部分が——まずい感じで……
「カケル? どうした?」
首をかしげた瞬間、首筋かいい匂いが漂ってくると思わず、頭がぼうっとして……
これ以上くっつかれていると、理性が吹っ飛んで、シズ子の言うことをなんでも聞いてしまいそうになってしまうが、
——ドン! ドン!
ん?
「兄さん! もしかしてショッピングセンター行くの?」
「舞?」
なぜ、妹がこんなところに?
出発しそうになっていた車のドアを叩いたのは、僕の妹の舞であった。
自転車を十分くらい必死で漕いで、家からは結構遠くまで来ていると思うのだが、そんな場所に舞がなぜか通りかかっていたのだった。
確かにここはショッピングセンターに向かうならば僕の家からの最短距離になる道路で、シズ子の家からもそうだから彼女と偶然あったのはまだ分かるが……なぜ舞がここに?
ショッピングセンターに行くつもりなら、確かに舞にとっても最短距離になるが、歩いて行くつもりだったの? 自転車でも三十分ではつかないと焦っていた距離を女子中学生が歩いて行こうとしていた?
やっぱりなにか変じゃないか?
そう思った僕は、疑わしげな目で舞のことを見てしまうが、
「どうしたの兄さん? (まずいのじゃ? 兄様が妾のことを疑っておるのじゃ)」
「…………?」
「私もショッピングセンターに行こうと思ってたのよ(そんな用事はないのじゃ。どう誤魔化そうかなのじゃ)」
「歩いて?」
「ある……そうね、ちょっとこの頃運動不足でたまには歩くのも良いかなって?(運動などする気はないのじゃ。本当は家でゴロゴロしていたいのじゃ。でも、この女狐めが兄様にちょっかい出しそうなのをほうってはおけないのじゃ)」
なんだかまた古風で偉そうな喋り方をする妹の心の声が聞えてくる僕であった。幻聴とはもう言えないぐらい、はっきりと目の前の妹から聞えてくる。
「どうしたの兄さん? じっと見つめたりして? (やばい。やばいのじゃ。兄様がまた妾の心を読んでるのじゃ……そうだ)」
「……いやなんか、へんな声が聞えたような気がして」
「声? 何それ? 疲れてるの? (素数を数えるのじゃ——2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 37……)」
……?
なんだ、数字が聞えてきたぞ。
「カケルどうした? 舞ちゃんも目的地同じなら乗ってもらえば良い」
「舞ちゃんどうしたの?」
「101、 103、 107、 109、 113、 127、 131、 137、 139、 149、 151、 157、 163、 167、 173、 179、 181、 191、 193、 197、 199、 211……」
「「………………?」」
声をあげて数字を数え始める不可解な行動を疑問に思いながらも、車に乗り込んで、僕とシズ子の間にさっと割り込んで座った舞。そして、さっと差し出された妹の手を握りながら、
「じゃあ、出発しようか」
そう僕は言うのだった。