伝説の巨人
地域創生。
志度生徒会長の言った単語について、正直、その意味を僕は漠然としか分からなかった。
地元を盛り上げるために、何かイベントでもするのだろう、そのくらいの理解だった。
いや、実際に、僕が頼まれたのもそれ、この葉羽市の宣伝のあるイベントを手伝うことであったのだが、——地域創生というのは単に、地元を宣伝して盛り上げようという町おこしのイベントだけのことを言うわけではないようだった。
それは、もっと将来の計画、地域の経済や社会のグランドデザインをどう作って行くかというものなのであった。
人口が減少し経済などの発展の止まっている日本だが、さらに人口が東京などの大都市に集中することで、地方の活力が削がれ地方での人口減少がさらに加速度的に進むだろう。そのせいで、地方が崩壊すると、日本全体の人口減少、経済の縮小も加速する。——政府などにより、今そんな予想がなされているようだ。
だから、各地方が、それぞれの地域性をもって、自律的に、将来に向けて発展活性化することを政府は求め、いろんな施策を行おうとしていたのだった。
この、僕の住む、葉羽市もその地方創生に向けていろいろと考えているようだった。
もちろん、その計画の基本は、産業や教育、恵まれた自然を生かした観光、などであるが、——今回僕が手伝うのは……
「伝説……?」
「そう、伝説ね。我が葉羽市にはある言い伝えがあるの。やるのは、その伝説にちなんだイベントってわけ」
生徒会長の志度さんが語る、この地に残された伝説。それは、この街が昔巨人に作られたと言う伝説だそうだ。
「でね、その伝説というのは——この辺は昔大きな湖の底だったのを、巨人——ダイダラボッチが水を汲み出して干拓をした。そんな言い伝えだそうよ。まあそんな湖なんてなかったって今の地質調査からは言い切れるらしいけど。なぜかこの辺りが昔水の底だったっていう言い伝えがあるの」
その話は、結構有名な伝説だそうで、この辺の子供がおじいさんやおばあさんから聞かされる話の定番だそうだ。
でも。
「カケルくんは聞いたことは無い?」
「無いです……」
僕らの家族は縁あって今はこの街に住んでいるけれど、元々この地にゆかりがあったわけではない。
なので、そんな巨人の話をしてくれる人ももいなかった。
僕は、その伝説を生徒会長から初めて聞いたのだった。
その言い伝え。
「ダイダラボッチ——呼び名は地方ごとでちょっと違うこともあるようだけど、巨人が干拓したり山を削って平地つくったりする伝説は日本のあちこちにあるそうよ。ただ、ここの伝説が変わっているのは……」
*
「結末が二つあるか……」
「結末が二つ? なんのこと?」
「ああ、コン子はこの街の出身だから、おばあさんとかから聞かしせてもらっていたんじゃないか——巨人の話……ダイダラボッチ……」
「ダイダラ……ああ、オイデラボッチの話? 確かに、子供の頃よく聞かせてもらったわよ」
家に帰り、今日もドラムンベースDJの特訓をする前に、食卓に着いた時にふと漏らした言葉。それにコン子が食いついてくるのだった。いつも通り。いくら気心の知れた幼馴染とはいえ、なんの警戒もなく男子高校生の家でゴロゴロしているコン子だった。
まあ、今日は、シズ子はやってこない(いよいよウェブレイドへの納品が危ない感じになって来たフールズゴールド社の手伝いをするようだ)と聞いて、昨日の緊張感あふれる高見家と違って、かなりダラーっとした雰囲気のダイニングであった。
だから、僕も練習を始めるまでは一回完全にリラックスしようと思い、頭を空っぽにしてボンたりとしていたのだが——なんだか夕方の志度会長に聞いた話がふと気になって口から漏れてしまったのだった。
反応を見ると、
「ここではオイデラボッチっていうのかな、生徒会長はダイダラボッチって言ってたけど」
代々この街に住んでいるコン子はもちろんその伝説を知っているようだった。
「ああ、家によって少し呼び方が違う……いや住んでる場所でかな? うん、同じ葉羽市でも住んでる地域でちょっとずつ呼び名が違ったりするみたい。山を超えて隣の町に行ったらデイランボウなんて言うみたいだし……会長はカケルに一番一般的な呼び名ダイダラボッチで言って、混乱しないようにしてくれたんじゃない?」
「そうかも……でも僕はダイダラボッチと言う名前も知らなかったんだけど……もうちょっと教えてもらっても良い?」
「教える? オイデラボッチの伝説のこと?」
「そう。昔湖だったこの葉羽市のあたり一帯をそのなんとかボッチが川の流れを変えて堤防作って干拓して、人の住む土地にしたってこと」
「なんだ。そこまで聞いてるなら、別に私に聞いてもそれ以上出てこないわよ……聞いたのは子供の頃だし、細かいところ忘れちゃったし……」
「いや、その伝説の結末の話だよ。それがなぜか二つあるって……」
「ああ、確かにあるわよ。一つは人が、そのまま、干拓された土地で真面目に土地を耕して幸せに暮らしたと言うのと、もう一つは土地が広がり豊かになったのを良いことに享楽の限りを尽くした人に怒ったダイダラボッチがもう一度この地を水の底に沈めてしまったって言うの……この話って会長言ってなかったのの?」
「もちろん、二つの結末のことは教えてもらったよ。それが、なぜかどっちが正解ということもなく二つ伝わっているってことも」
「じゃあ何が知りたいわけ? 私もそれ以上は知らないわよ?」
「ん? ああ『教えて』なんて言ったから誤解させたかもだけど——僕が聞きたいのは、どっちかって言うとコン子の意見なんだけど……」
「意見? 何?」
「この巨人伝説の結末って、人間がおごり高ぶっているかで決まるようだけど……今の僕らって、どっちになるのかな?」
「はい?」
なんだか唐突な僕の質問に戸惑った様子のコン子だったが、僕はさらに続けて、
「僕らって、実は、今試されているのじゃないのかな? その巨人に」と言うのであった。