アーテフィシャル・インテリジェンス
話の途中ででてくる、Peshay - Funksterはこちら。
https://www.youtube.com/watch?v=BLZt6_vf4SQ
UKガラージの話ももっとしたいところですが、それはまた今度お付き合いください。
それでは、一週間間あいてしまいましたが、再始動のDJバトルストーリーよろしくお願いします。
地下にある音楽ルーム。それが僕の毎日のDJの練習場所だ。
僕は今日もまたその部屋に降りる。入ると気が引き締まるとともに、安心感もある。いつもの部屋。僕の毎日を作り出している、——僕が僕であることを作り出している部屋。僕が、僕であるために、ある部屋。普通の家庭にはなかなかない、存分に音の中に浸るための部屋であった。
僕は、いつものようにミキサーやターンテーブルの電源を入れた後サウンドチェックがてら何枚かのレコードをつなぐ。このあとドラムンベースのミックスを練習するのだが、それゆえに、まずは別のジャンル、——2ステップでもかけてみようか。
そう思った僕は、Artful Dodgerの”Rewind”からスタート。シンコペーションの効いた打ち込みのドラム。それにレゾナンスのかかった太いベースがからみ、軽快でありながら重い、独特のノリが生まれる。
UKガラージ!
ニューヨークのパラダイス・ガラージとそのフィーリングを引き継ぐガラージと呼ばれるハウスミュージックのひとつの潮流。その起源は、イギリスでドラムンベースあたりのシーンと融合してSpeed Garageというジャンルができた頃に遡る。BPMはハウスの速度、ビートもブレイクビートではなく、打ち込み。でも、なるほどドラムンベース後といえるシャッフルしたビートにダブ的音響工作。それはイギリスのシーンが作り出した新しいガラージサウンドだった。
そして、そこから、今にしてUKガラージと呼ばれる一連の音楽がイギリスで発展する。
一斉を風靡した2ステップ、グライム、ダブステップなどはこのUKガラージ流れにのったイギリスのシーンが作り出した成果であり、今に至るイギリスのクラブミュージックの栄光を背負ったディープなハウスミュージックの流行に至る歴史なのであるが……
——今日は、UK Garage日ではない。
ちょっとUK Garageに気分が乗りかけていた気持ちを無理やりリセットして、数曲のレコードとCDをつなぎ、Duke Dumont feat. A*M*E の”Need U”をかけたところで音を一旦止める。
短く、心地よい残響を伴って、音は消える。
うん。気持ち良い。
気持ちよく気分を切り替えることができる。
——今日もこの部屋は僕の感覚にぴったりの音響を与えてくれる。
家を作る時、父さんがかなりこだわって入念に防音や音響設計をしたこの部屋。シズ子の家のラボにはさすがにかなわないが、ここは音楽のためにまあそうざらにはない一級の環境と言えた。
ここは、僕がラボでの体験を元に練習すには必要にして十分な設備が備わっていると言ってよかった。今、マスターブラスターのでっかいPAが今日もこの狭い部屋には十分な爆音満たしたのだった。
ならば、今、足りないのは、ドラムンベースDJの練習のためのサポートプログラムの導入だったが、
「カケル、完成した。準備できた」
それもシズ子が設定してくれた。
僕が、今まで、アナログとCDで音出しをしている間、横で、ハードディスクをウェブレイド仕様のDJコントローラにつなぎ細かい設定を行い、さらに無線接続のパソコン経由でAIのサポートを受けれるようにする。
僕は、サムズアップをするとニヤリと笑って、ブースから出ていったシズ子の代わりにコントローラ前に立つ。そしてパソコン側のアイコンをクリックして、サポートのAIを立ち上げるのだった。
AIソフトは、少しぐるぐるぐるマークを出したあとに、ロゴマーク、そしてアバターの女性の顔が画面に現れ……
——えっ?
「こんにちわ! カケル様!」
「愛絢?」
AIのアバターの画面にいっぱいに現れたその顔は、前に別世界に行った時にあった、その世界の僕と一緒に行動していた、舞に雰囲気の似た少女だった。
「なんで君がAIなんかに? いやAIなのかこれ? 君がAIのふりをしてこの世界に介入してきたのじゃないのかい?」
「ふふ。私は愛絢でAI。今はそのどちらも正解でしてよ。私は、今日のAIの仕事はきっちりこなさせていただきますわ。でも愛絢としてもカケル様にお会いしたかったので、これは一石二鳥というものです」
「……まあ、君が何を考えているのか僕には良く分からないけど。それに……あの時の意味も……」
僕はあの別世界で愛絢にキスをされた時のことを思い出している。そこで彼女が言った『毒』『種子』という言葉も。
「どうですかね? 毒の、種子の育ち具合は?」
愛絢は僕にキスをした時に、彼女の毒を、種子を僕の体に埋め込んだと言うのだが……
「——と言っても、思ってわかるくらいの毒なら種子ではないですが……ほう?」
「カケルどうした? なにか問題あるか?」
「カケル? 何? まだ始めないの?」
僕が、AI愛絢と話し込んでDJを始めないのを不審に思ったシズ子とコン子が声をかけてくる。
「ふむ。シズ子さんもいるのですか。彼女もそろそろ本気出す頃ですかね。良いです。良いです。順調そうですね。それでこそ私も毒を仕込んだかいがあると言うものです」
「…………?」
愛絢の言う毒と言うのがなんのことかはわからないが、なんとなくとても嫌な感じが僕の腹の奥に鈍痛として広がる。そう、何か、しなければならないのだが、とても辛いことが始める予感がして……
「まあ、今は深く考えていてもしょうがありません。それより……始めないと」
確かに、
「カケル? もう一度設定見る?」
「カケル、やる気でないなら少し休んでから始めたら」
なぜ今日、ここで愛絢が僕に介入してきたのかは気になるが、それでコン子たちに心配かけてもバカらしい。
「いや——大丈夫! 始めるよ」
僕はコントローラーのノブを回し、最初の曲をロードするのだっや。peshayの”Funkster”、まずはファンキーなJazz Stepの曲からスタートしようとするが、
「時に、カケル様、今日はあのヤンデレ極悪女はどこに?」
また愛絢が話しかけてきて、一瞬、手が止まる。
「ヤンデレ? この間も良くわからなかったけど、誰……」
「ああ、すいません、ちょっと勘違いしておりました——カケル様の『世界一可愛いよ』の妹様は今日はどうしてますか?」
なんだか、永遠の十七歳ばりにきにかかるフレーズが言葉の中にチクっと入っていたような気がしたが、妹が世界一可愛いのは当然なので皮肉っぽく聞こえたのは誤解なんだと思って僕は淡々と答える。
「……舞? なら、今日は中学校の生徒会の仕事で疲れたと言って夕食後すぐに部屋にこもってしまったけど?」
「なるほど……それならば——問題ありません。どうやらヤンデレはヤンデレなりに頑張っているようですから。今日はその日ですものね」
「その日?」
なんだそりゃ?
「ふふ。カケル様。今のあなた様には気にしなくても良いことです。それよりも、腰を折ってすみませんでしたが——今度こそ……そろそろ」
愛絢が横目で見る方向に僕も振り向けば、
「カケルだば、なじょした(どうした)?」
「カケル。疲れてるならなでなでしてあげるからこっちきて」
ブースの前、心配になって地が出て訛始めたシズ子と幼馴染をベタ甘にしようとする駄目男製造機っぽくなりかけてるコン子。
そうだね……
「いいや大丈夫」
二人がこれ以上グダグダになってしまう前に——僕は曲をスタートさせる。
グルーヴィーなホーンから始まった曲は、とてもファンキーなドラムが加わって——そしていきなり最高潮に盛り上がるドラムロール。
僕は、頭でリズムをとりながら、あっと今に曲に乗る。乗りこなす。そして次の曲は……
「いいですよカケル様。その調子でいきましょう、だた——今のベースは少し抜くの早かったですね」
「…………うん」
AI愛絢の的確な指示。それはその後の曲でも続き……
そして、そのまま夜はふける。
このままでは世界が終わってしまうと僕に宣言した少女、愛絢がAIとなって、ニコニコと僕を見つめるのを眺めながら。彼女の言う「毒」とは何かを考えながら。しかし、僕は、DJに熱中するうちにそれもいつのまにか忘れ……