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淡い日常

 夜、いつものように僕の家(うち)にやって来たコン子が、なんの迷いもなく、我が家のように台所を使い、お湯を沸かし、急須から古い茶葉を捨ててさっと洗うと、棚から茶葉を取り出して入れて、お湯を注ぎ、


「はい、お茶」


「あっ、ありがと……」


 ダイニングのテーブルの僕の前に置いて向かいの席に座りながらカップにお茶を注いでくれる。


 いつものごとくの日常の一コマ。いつからこんな感じが普通となったのかも分からないくらい昔から毎日のように続く、幼馴染と過ごす夕べであった。


「今日も天気あまり良くなかったわね……」


「そうだね……」


 僕は、コン子の入れるお茶はやっぱり落ち着くなとか思いながら、適当に相槌を打つ。


「今年は大雨があんまり降ったりしないかわりに、梅雨が長引くかもって予報らしいわね」


「ふうん」


「確かに、今年の梅雨って結構晴れる日とか多いような気がするけど、それで蒸し暑かったりして却って不快だよね」


「そうかもね」


「それに霧雨みたいな日も多いけど、ああ言うのって、降られると微妙よね。自転車通学だとカッパ着るかどうか迷って。もっとドバッて降ってくれれば飽きらめもつくけど。なんだかカッパ着てムシムシして汗かくかと思うと、このくらいなら濡れて行こうかなって」


「そうだね」


「……でもね、それで走りだしたら土砂降りになったりして——濡れるのも嫌だけど、制服透けちゃうんじゃないかって気になってしょうがないわよ」


「確かにね」


「この間なんて、周りに雨宿りする場所のまるでない田んぼの中の一本道で降られちゃって、これ絶対に制服透けちゃったヤバいなんて思ってたら、なんだか後ろに気配感じて、振り返って見たら……」


「へえ……」


「いたのは——ススムなのよ」


「へっ? ススム?」


 ああ、僕の悪友ススム。当初の想定以上に出番がなくて、読者が忘れていないと良いけど——と思われるような同級生の男子高校生だ。まあ、今巻は出番はこの回想の中だけと言う話だが、いつかはもっと活躍する回もあるはずなので、もし悪友ポジが好きな読者がいるのならもう少し待って欲しい……って、なんだ? 読者って?


 僕は、自分で自分が考えていることがイマイチ良く分からなくて、一瞬オヤっとなる。キョトンとしてしまうが、


「……? どうしたの? まあ、いいけど……」


 だが、そんなことを知るわけもないコン子はかまわずに話を続ける。


「——で、ススムがどうみてもいやらしい目でこっちを見てるから、自転車止めて、仁王立ちしてギロリと睨んだら、あいつ慌ててハンドルがぐらりと揺れちゃって、そのまま田んぼにドボンって落ちちゃったのよ」


「あっ、それは聞いた。頭から突っ込んだその様子があまりに衝撃的で、何台も車止まって大騒ぎになったとか……少し田んぼを荒らしちゃったって言うので、農家の人に謝りに行ったら、却って同情されて野菜もらって帰って来たとか……なんで田んぼなんかに落ちたのかあいつは言わなかったけど、——コン子のせいだったのか」


「私のせいじゃないでしょ! 私のせいじゃ! いやらしい目で制服透けたの見てたススムが悪いのよ」


「いや、見てたって決まってるわけじゃないだろ。コン子の自意識過剰かもしれないだろ。で、いきなり止まって仁王立ちされたのでびっくりしてハンドル操作間違ったのかもしれない……」


「あれ、随分冷静にススムの肩を持つのね。ここはあせるとこじゃない?」


「あせる?」


「だって、いやらしい目かどうかは置いといて、幼馴染が制服が雨で透けてるところを同級生に見られたのよ? それって嫌じゃないの? 家族みたいな私が他の男にそんなところ見られて……姉とか妹が同級生にそういう風に見られるのって複雑に思わない?」


「それは……」


 確かに、——嫌だ。あのススムのことだから、コン子にそんな深い感情を持つようなこともなく、目の間にスケスケがあったからただ見ただけろう。それは、もっと直情的な話で、いろいろ考えることなく、そのあと田んぼに落ちた奴のことを笑って、それで済ますような話だって思う。

 

 でも、ちょっと、ムッときている自分に僕は気づく。


 やっぱり、コン子がそんな風に他の誰かに見られるのは嫌だ。


 僕は……


 でも、それはコン子の言うように、家族の誰かが、そんな風に見られるのが嫌だと言う感情ではなく、——もっと生々しく切実な僕の気持ち。


「ん? どうしたの?」


 僕は、思わずコン子をじっと見つめてしまう。


 とっくに気づいている、自分の感情。小さい頃からずっと一緒に過ごした幼馴染が、「それだけ」ではない——何者かになっていた。それが、なんだか怖くて口にできないその気持ち。


 なんだかきっかけがあれば、ふと口に出してしまいそうなそれ。


 今日もまた、そんなモヤモヤとした気持ちを抱えながら、優柔不断な僕はごまかすように、微かに笑い……


「なんだか、変なの?」


 いつものようにコン子は僕に優しく笑いかえす。


 ああ、何度繰り返したのか分からないこのやり取り。


 生ぬるくも、——心地よい日常。


 もしかして、僕らは一生こんなやり取りを続けるのでは。そんな風にさえ思えてしまう毎日(クリシェ)


「………………」


「………………」


 僕らは、ずっと、こんな微妙な距離を取ったまま。でもお互い離れられずにずっとこんなやり取りをしてそのままずっと……いや、その距離はきっと……



 ——ずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずー



「ん?」



 ——ずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずー



 これ見よがしにお茶を音を立ててすする音に振り向けば、


「負けキャラナンバーワンの幼馴染のターンはもう終わり。この後は真ヒロインの時間」


 昼休みの約束通り、僕の家に来てくれていたシズ子が湯呑み茶碗をテーブルに置きながら言う。


「……くっ。ずっと無視しても帰らないのねあなた」


「帰る? なんで? 私は今日カケルに呼ばれてやって来た。呼ばれてないのにやって来て、お呼ばれが特別イベントにならない幼馴染とは違う。今日が私の特別。ヴィクトリー」


 挑発するように、Vサインをコン子に突きつけるシズ子だった。

 

 それにカッとして顔を真っ赤にするコン子。 


 なんとも、どうしても、相性の悪い二人であった。


 昼休みの約束通り、シズ子が僕の家にやって来たが、当然コン子と鉢合わせで、——良く考えたらこりゃまずい。いがみ合ってる二人をなんの考えもなく一緒にしてしまったと後悔した僕は、この後どうなるのかなと、ずっと心配していたのだが、シズ子が、なぜか、ずっと大人しくて、今日はこのまま騒ぎにならないで終わるのかな? って思ってたら、やっぱりそうはいかないようだった。


 僕も、シズ子が一緒のテーブルにいるのを無視していたわけじゃないけど、コン子が彼女がまるでいないように振る舞うし、シズ子も何も言わないので、どう絡んで良いのか分からずにほおって置いてしまったのだったが、


「なにを! クール無表情キャラだって結構な負けキャラじゃないの!」


「単なるクールキャラでない私は、弱さと、深みを持つヒロイン。惰性で微妙な距離から動けなくなったキング・オブ・負けキャラの幼馴染とは違う」


「くっ! 方言萌えやギャップ萌えを隠し持っていたとは確かに少しびっくりしたけど……結局あなたは色物、カケルはミクスと結ばれるべきなの」


「ふん。さすが負けキャラキング。自分の気持ちをごまかしたまま、自分に都合の良い女をかけるにくっつけて自分を納得させようとしている」


「都合の良い女? 何を言ってるの? ミクスが(料理以外は)完璧な女の子だから、カケルにふさわしいって言ってるのよ。家族同然の男の子には最高の女の子とつきあって欲しいもの。私は、だからミクスにカケルとくっついて欲しいのよ」


「そうかな?」


「そうよ!」


「誓って?」


「誓ってよ!」


「へえ、本当……」


「本当よ!」


「どうかな。私はてっきり、ミクスはカケルと付き合っても、カケルを取っていかない……だから都合よく彼女をくっつけておこうってあなたが思ってた、と思った」


「えっ……」


 なんだか虚をつかれたようなコン子の表情。


 うん。これは、そろそろ……


「まあ、待って——」


 僕は、二人の間に割って入るように言った。


 正直、二人が話してる内容、僕はちゃんと理解しているのか分からないけど(と言うか恥ずかしくてちゃんと聞いてられないような話ししてるから)、そろそろ止めなきゃと思って言う。


「……地下室に行かないと」


 そう、今日、シズ子に来てもらった目的は、コン子と口喧嘩をするためではなく、DJコントローラの設定とその後の練習のためなのだった。


 ならば……そろそろ……それに移りたいのだが……


 頷く、シズ子。


 そして、もちろん、


「私も行くわ!」


 ここで大人しくいなくなるような幼馴染ではないのだった。


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