ベースに包まれて
第3章、ドラムンベース編スタートです。本シリーズ既読の方も、これが初めての方も、ラノベ好きの方も、音楽好きの方も、よろしくお願いします。
(2017/3/19)初期構想プロットとちょっとずれてきたのの矛盾点をちょっとだけなおしました。大筋は変えていませんが、シズ子と当日に一緒に練習していると現在のプロットとずれてしまいそうなのでそこだけなおしました。
何でこうなった? 僕は自分の顔のごくごく近くにあるシズ子の顔の体温と、首筋をくすぐる息を感じながら思う。
「カケル、気にすることはない。もっと近づいて良い。ここは狭い」
確かに狭い。
正直、人が二人入るのは無理がある。おまけに、ここに閉じ込められた時に、向かい合うようにして入ってしまったわけで、ならば、畢竟、僕らは抱き合うかのようになった状態になってしまっている。
でも、
「もっと近づく、良い。私、気にしない」
確かに今の自分の状態は苦しい。無理やり腰を引いて、体もずらして、やばいところと言うか、最低限の礼節は保てると言うか、理性が飛んでしまわないようにと言うか、いろいろ苦しいのになんとか耐えている状態だ。
「何? カケル? 私? 嫌?」
いや、嫌じゃないよ。
当たり前だ。男子高校生でシズ子みたいな美少女にくっつかれて、耳元で囁かれて、息かけらられて、髪の毛がさらりと首筋くすぐって嫌な奴が……
「ひゃ!」
「ごめん、カケル。偶然唇が耳たぶに当たったのでつい甘噛みしてしまった。偶然だ」
「いや、偶然ならしょうがないけど……」
偶然で、そのあとぐっと抱きしめられて、顎の下をちょろりと舐められたような気がするけれど、それにしても、
「こまったね。この状態」
「こまった? 何も問題ない。カケルと二人、このまま、とじこまめられたままで死んでも悔いはない」
「縁起でもないこといわないでよ。僕らは助かるよ。ウェブレイドがDFCが来てなんとかしてくれるよ」
「そうかもしれない」
「そうだよ——あっ」
頷こうとして更にシズ子に密着してしまい首筋に唇が押し付けられてと言うか、軽く吸われているような気がするが、
「でもこのまま助からなくても別に良い。最後にカケルを独り占めしたのは私と言う事実が需要。人の生は時間では無い。密度」
「いや人生に大事なのは密度かもしれないが——本気で密度上がってない?」
なんだがシズ子と僕が閉じ込めらているこの空間段々と狭くなって行っているように思えるのだけど。
「(物理)密度が上がるのも問題ない。カケルとより密接にくっつくことが……ん?」
それで押し付けられた、シズ子の柔らかい胸に僕の心臓はどきどきしてしまい、そして次に狙ったように腰のあたりの空間が狭められて、言い訳のしようがない部分を押し付けてしまい……
「——へ? カケル。これ……」
「……………………」
シズ子にそれが気づかれたのが分かり、黙り込んでしまう僕。
「……………………」
シズ子も黙り込んで——横目で見る彼女の頬は真っ赤だ。
でも、
「問題な……い。男……子の生理現……象。カケルが私でそうな……る。むしろ嬉しい」
沈黙を破って、と言うシズ子の声はちょっと上ずって、興奮しているみたい。
でも、
「きゃっ! 痛い」
「大丈夫か?」
ますます狭くなる空間に、胸が押し付けられて潰されて思わずシズ子が悲鳴をあげる。
なんだかシャレにならない圧力が僕らにかかって来たようだ。
このまままだと、本気で人生の最後をシズ子と濃密に過ごして、濃密なひとかたまりになってしまいそうな様子だが……
「あれ?」
「……?」
なんだか聞こえて来た重低音。
ついに対業羅DJが到着したのだろうか。
うねるベースがブンブンと唸り、そこに細かく刻まれるビート。
ん? これはRoni Sizeの”Brown Paper Bag”。
ドラムンベースの名曲が僕らが捕らえられた業羅の体の中にも響き始め。すると、僕らをぎゅっと密着させていた圧力も弱まって……
次の曲は同じくRoni SizeとDieの”Breakbeat Era”。
「うわ!」
「きゃっ!」
なんだかいきなり外に放り出された僕らだった。
気づくと地上数メートルのところに放り出されて、このままだと地上に打ち付けられて怪我を——と思った瞬間、
「君たち大丈夫か」
シズ子と僕を受け止めたのはパワードスーツの屈強な男二人。
「はい」
この人たちは……
「俺たちVRが来たからにはもう大丈夫だ」
「安心していいぞ。そして……もしまだ体力が残っているなら踊るんだ」
VR。ウェブレイドやDFCと同じ対業羅DJを行う大手組織。その本拠地はイギリスのブリストルにあるのだが、そういえば最近東京近郊にも支局ができたと聞く。
今回は、その東京からこの葉羽市まで、緊急で駆けつけたのだろうか。VRの航空移動サウンドシステム、DSが空より降り、山のようなスピーカーを展開して、そびえ立っていたのだった。
「うわっすげ!」
僕は、自分の体を芯から揺らす大きなベースの音圧に、思わず声を漏らしてしまった。
ウエゥブレイドのパラダイス・ロフトもDFCのTBも甲乙つけがたい良いサウンドシステムだったけど、これもすごい。
と言うかちょっと別種の、暴力的なまでに低音を出し、地を震わせる、音の力に満ち満ちたシステム。
そして、そこからこのVRの十八番のドラムンベースミュージックが飛び出してくるのだ。
これで盛り上がらないわけがない。
周りを見渡せば、シズ子と僕が業羅に捕まった郊外のショッピングセンターの駐車場には、建物の中からも人が飛び出して来て、なんだか一大パーティが始まりそうな様子だった。
高速のブレイクビートに歌うようなベースがのり、MCのトースティングが入れば、
「Adam Fの”Circles”ね……」
「ランさん!」
いつのまにか、僕の横にいたのはウェブレイドのトップMCのランさんだった。”Circles”がかかり、熱狂した人々が僕を押しのけて前に出る中、僕の肩をポンと叩いて声をかけて来たのだった。
でも、なんでランさんが来ているのにウェブレイドが対業羅DJパーティをしていないのか?
「今回の業羅はね、最初日本政府からうちに派遣依頼来たんだけど——うちのパターン解析でドラムンベース属性って出て……それに東京に支局あるVRの方が早く到着できそうだってことで、彼らに行ってもらうことにしたのよ。でも、私も葉羽市からみの案件だって聞いて、バックアップに飛んだパラダイスロフトに同乗して……先にジェットパックで降りて来たけれど」
その疑問にはランさんが答えてくれたけど——バックアップ?
僕の疑問の表情に気づいた空を差し示す。
成層圏から降りてくるウェブレイドの移動サウンドシステム、確か、何か改造を加えているらしいパラダイスロフトは、空の途中にホバリングして、下で繰り広げられている対業羅パーティーの様子を見守っている。
「どう、カケルくん。良い機会だと思わない?」
はい? 何が?
「ドラムンベース属性の業羅に君のDJが通用するか試してみる……」
えっ?
「それは……」ランさんはちらりと僕を見ながら言う。「君の一週間の成果。それを試してみる絶好の機会だと思わない?」
僕の気持ちなど、すべてお見通し。そういった風な目で僕を見ながらランさんは、
「あのブライアンと自分を比べられるのよ——こんな絶好の機会はもうないんじゃない?」
今、DSでプレイしているトップ・ドラムンベースDJ、ブライアンを指差しながら言うのだった。
曲はShy FXの”Bambaata”に変わる。
僕がドラムンベースを?
それもあのブライアンと競う。
僕は、そんな不遜な——と思いながらも、なんだかワクワクしてしまっている自分に気づき……びっくりしてしまうのだった。
ああ、いや——自分に正直にならなくちゃ。
僕は——それを期待している。
やりたい?
いや、やらなくちゃいけないのだった。