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ある日、地獄に招かれた  作者: 梶 央実
8/20

亡者の誘い

獄卒は踊っていた、糸も吹き出している。けれど、ほとんど役に立っていない。先ほどから吹き始めた強風が、何千本、何万本とある蜘蛛の糸をほとんど吹き飛ばし、ほんの数人を巻き取っているに過ぎない。

なぜ、こんなことがある!

焦りが満ちていた。

憤りが満ちていた。

絶望が蔓延する。

「畜生―っ、僕のせいだ、白、くろー」ショウの目の色がおかしい。駄目だ、これはいけないと感覚で分かった。

「ちがう、違うわ、あなたのせいでは。落ち着いて、ショウ!」叫ぶが、風が声を飛ばす、耳に届かない!駄目だ、誰か、誰か助けて!

ショウはもう、亡者たちを引き離しているのではない、投げ飛ばし、蹴とばし、叩きつけている。理と、言っていなかったか、この世界では亡者を傷つけることは、絶対許されない理。

少しの思考の乱れが、隙を作った。気が付くと亡者たちが体中に張り付く。

 全身が異様な臭いに包まれ、怖気だった。 

 それは《蛆虫》の感覚ではなかった。

 肉の様な感覚でもない。

 木の様でもない。 

 ただ、ねっとりと張り付き、身体の中に入ってくる。

 悪いものが入ってくる、入ってきて私の中を黒く浸食する。

 白と黒の泣き声が絶え絶えになってきた。あの子たちを助けなければと思い、身じろぎをする。何とか自分に取りついている亡者を払い除け、白と黒を助けなければならないのに!

だが、亡者に掴まれているところから、やる気や熱意、希望といったものが流れ出ていく。震える歯を食いしばる。鈍い動きしかできない、迷いが出てきた。もうやめたい。

もう一度、歯を食いしばる。自分のためだけならば諦めていただろう。

少なくとも、いつもの私ならそうだ。

 そう、それほどまでに白と黒は私にとって大切な存在なのだ。

なぜ?

 なぜ?

 二人は夢の中の住人にすぎないはず。

 でも大切な存在。

 ―大切?本当かい―

引き剥がそうと握った亡者の肉体を通して、亡者の思考が流れ込んでくる。

 ―ちょっと構われて浮かれただけさ。利用されて腹を立てていたろう、忘れたかい?―

黒い穴だったはずの亡者の目に怪しい光が灯る。

 ―生意気だろう?あいつらはよ、大人であるお前も子ども扱いだ―

 ―生意気だ―

 ―生意気さ―

 ―同じ地獄の住人のくせに、威張っていやがるー

 ―そしてお前もさ、死んだ暁にはよ、ここにきてあの池に浸かる同じ住人さ―

 ただの黒い穴と思っていた亡者の口が奇怪に歪んだ。

 ―だからこいつらも、お前を利用して自分らの株を上げようとしたのだぜ―

 ―どうせ、地獄に落ちるやつを利用したって、良心が痛まないからな―

 「そんなことないわ」

 ―けけけ、そうかい。でもお前さん、現世に居場所ないだろ?―

 「そんなこと、ない」

 ―隠さなくてもいいさ。お前はいじめられっこで、両親や両親以上に可愛がってくれるはずの祖父母からも無視されていた―

 ―知っているんだぜ、祖父母が他の孫たちに、お年玉やプレゼントを渡すところを一人離れて見ていたよなー

 「か、関係ないでしょ」

 ―今だって、似たようなものだ。ろくに成績を上げられないお前は、職場でも疎ましがられている―

 「だ、黙りなさい」

 ―隠すな、隠すな―

 ―帰りたくないと、思っているじゃないか―

 ―俺たちもそうだった、だから分かるのさ。俺たちは仲間だからな―

 ―いまも、これからも―

 ―仲間だよー

 ―仲間だー

 ―仲間には良いことを教えてやるよ。助かる方法さ―

 ―このじゃり2匹を喰らうんだ―

 「何わけのわからない・・・どきなさい!」精一杯強がって叫んだが、声の震えは隠せなかった。

 ―怒鳴ったって駄目さ、お前もうすうす気づいているだろ―

 ―地獄に仏、けけけ、偉大な神仏の力―

 ―曲がりなりにも神仏の手がついた、このじゃり2匹、喰らって、その魂を取り込めばいいことあるぜー

 「そんな訳ない、ち、ちがう、」やっとつぶやいた。顔を冷汗が伝う。

 ―いいことあるぜ、例えば仕事もうまくいくぜぇ―

 「ば、ばかな事を。」

 ―ばかはお前さ。これが真実さ。―

まとわりつかれ、畳みかけられて、思考が空回りする。

―そうだよ、一緒に食らおうぜ、けけけ―


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