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ある日、地獄に招かれた  作者: 梶 央実
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秘密ー嵐の影ー

傍にに行くと白は何事か感じたようだが、今はそれを話題にしない方がよいと判断したらしい。テキパキと説明を始める。

 「要は、この神木の実を小さく切ったものをあの人たちに食べてもらうのよ。ショウは投げるの上手だし、出来るだけ遠くにお願いね。みぃは 無理しないで近くでいいから、あの人たちに食べてもらえるように、必ず直接海の中に入れてね。土やら何やらつけないようにしてね。」

「土とか付くとまずいの?」

「この地は木の下以外穢れに満ちているから、土とか付くと効力が下がるの。」

責任重大である。一気に身体から汗が出てきた。

「じゃあ、やるよ。」

 戸惑ったり、質問したりの時間は終わってしまったらしい。ひとこと言うと、笑いかけてもくれず、ショウは少し後ろに下がった。先ほどは簡単に投げて、意志の力で届けていたが今度は違うらしい。

その右手に2~3切れの実を持つと耳のわきに構える。砲丸投げのようであるが、左手は少し斜め上に真っすぐ伸ばされ、足は剣道のように前に出した左足で踏み込み、後ろ足の右足を引きつけるという方法で勢いをつけると、最後は左足を軸に腰の回転力もつけて投げた。色々な競技が混ざった彼独自の投げ方であったが、実の切れ端は素晴らしい勢いで海の上を渡っていく。それも光を放ちながら。

 光は全てをまざまざと見せつける。暗い海面が巨大な生き物のように盛り上がり、ぞぞぞとばかりに動いていく。その生き物は腕を伸ばし、頭を高く上げ、手を伸ばし、また伸ばし小さな欠片を必死に追っていく。

 それは骨まで血の色に染まった亡者たちが、他の亡者たちを踏みつけ、押しのけ、引き倒しながら小さな欠片を追っていくさまであった。生臭い異様な臭いも海面が動く度に強くなっていく。

清浄な光の中で、私はいつの間にか赤黒いものに取り込まれ、纏わりつかれる幻影に包まれていた。その赤黒い得体の知れないものが、身体の中に徐々に浸食してくる。声も出せない恐怖に飲み込まれそうになったその時、力強い手が私を掴み、幻影を取り払った。

「ほら、あっという間に終わるよ。」

それは、白でも黒でもなく、いつの間にか戻ったショウであった。

この人は一体どういう人なのかしら。優しいようでいて時々怒りっぽくて、そしてー。

突然、更にまばゆい光があたりに満ち思考が中断される。光の源はショウが投げた実が落ちた辺りである。

「凄いわ…」

「まだまだ、これからだよ。」

光が収束していく。空から血の海に向かって光の柱が出来た。ただし海に向かって光は先細り、やっと届いている状態である。けれどもその光が、生臭く暗い海に今までにない表情を与えている。その光の中に動くものがある。下から上にゆっくり動いている。

なんだろうと目を凝らすと、人間であることが分かった。それも蛆虫の様な亡者ではなく、目も鼻も肉も皮もある人間である。

皮膚に血の色も沁みついていない。壮年のたくましい男性であるように見えた。

「あの実を食べると《人間の心》を取り戻すのだそうだ。神仏の慈悲ということらしい」

皮肉気な口調に目を見張る。

「だってそうだろ。世界を作ったのは神仏だそうじゃないか。じゃあ、この世界も神仏が作ったのだろう。必要だから。まあ、こんなところに落ちてくる奴らだ、こんな場所がふさわしいのだろうさ。なのに、僕たちに『人の心を取り戻す実を投げろ』だなんて、茶番じゃないか!」

ショウは喋ることで一層、この理不尽だという思いに捕らわれていくようである。声の大きさも吐き捨てるような口調も強くなる。

 「やめてショウ、違うわ。」

 白が身体を固くし、自分の手をグッと組んで声を張り上げる。 

 「地獄は神仏が作ったものではないわ。いつの間にかあったものなのよ。」

 「え、そうなの!?」

 思わず口に出てしまった。またその口調があまりに空気に添わなかったらしく、一瞬、皆からキッと睨まれる。

 「え、えーと、だってね。」

 おどおどしていると、ショウが一つ深呼吸して自分を取り戻した。

 「悪かったよ。さあ、みぃも早く投げてしまおう。白黒、手伝ってあげなよ。」

 そう言って、フイと背を向けて離れて行ってしまう。

 「俺はショウを手伝うよ。」

 黒もばたばたと走って行ってしまう。

 「黒はショウが大好きなのね。」

 「そうよ。大好きなの。」

おかっぱ頭が小さく揺れている。顔をのぞくとべそをかいていた。

「やだ。見ないで。」

そう言って両手の甲で涙をぬぐう。そのさまが子どもらしく、また可愛い。時々本当は大人なんじゃないかしら、と思わせる行動ばかりだったせいか、子どもらしさが余計に際立つ。

「わ、私ね。お、お地蔵さまに、このお、お仕事を任せるって言われたの。し、白なら出来るって。な、なのにショウに分かってもらうことさえ出来ない。」

涙をこらえ一生懸命に話す。また一粒、二粒の涙を流しただけだった。

あまりに可愛くかわいそうで、ついまた頭を撫でてしまった。

途端、声も手の動きもぴたりと止まった。そして、ゆっくりと瞬きをすると見上げてくる。

「あ、あのごめん。白が大人なのは分かっているけど、そのそう、お地蔵さまの言うとおり、しっかりお仕事しているよ。大丈夫だよって言ってあげたかったの。」

必死に弁明すると、今度はちょっと俯き恥ずかしそうにしながら

「あ、あのね、」

「な、なにかな?」

「もう一回撫でてくれる?」

見れば耳まで真っ赤である。

「だめ?」

「そ、そんなことないよ。えーと、こう?」

「うん。」

どんなリアクションを取っていいかわからず、ギクシャクと撫でているのに、本人は嬉しそうに頬を染めて目をつぶっている。

改めてこの子は、どういう存在なのかと思う。いい加減、私もこの夢が通常の夢と違うと理解はしている。その特別な夢の中でお地蔵さまに従う存在。でありながら人に甘えたい少女でもある。思考の淵に沈もうとしたその時、

「あーっ!ずっりー。みぃ、俺も撫でて撫でてよぉ。」

と言って黒が頭を私に向かって突き出してくる。とりあえず撫でていると、あろうことか皿を空にしたショウがやってきた。黒の様子をみて優しく笑っている。いつものショウだ。

「ああ、やっぱり終わってないね」

何気ない言葉だが、胸にグッと突き刺さった。

「あ、ごめんよ。非難したわけじゃない。僕も最初の欠片を投げるのに凄い時間かかったから」

「どうして?」

ちょっと、いじけた気分で上目づかいに問う。

「なんていうか、この皿を持つと亡者の視線が突き刺さってくるというか、妙に緊張しないかい?」

確かにその通りである。

「訳のわからない状況で、緊張する状況だと物事はサクサク進まないものだよ。」

本当に何というか気配り君である。先程のように怒りをたやすくぶちまける人物のように見えない。

「さっきはごめんよ。」

しまった。ここでは心を読まれるのだった。

「僕は白、黒より長くここにいるんだ。時々どうしようもなくイラついてしまうんだ」

「え!」

それはとんでもない話なのではないか。大変な事だと思ったが、会話を拒絶するようにサッと立ち上がられてしまう。

「早く終わらせてしまおう。そうすればみぃは帰れると思うよ。」

今度も顔を見ることは出来なかった。



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