逆転迷路③
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# 間接章
「将来の夢はサッカー選手に成ることです」
真壁世矢は小学校の卒業文集をそう締め括った。
その言葉に偽りはなく、中学三年時には、所属中学を県大会の優勝へと導き、地区大会も制覇した。
全国大会こそ、思うような結果には至らなかったが、その試合でのプレイが認められ、都内の有名校からのスカウトもあり、来春には実家からの単身上京を控えていた。
師走。推薦入試も終わった頃、息抜きにへと、受験が終わった者を集め、県内の繁華街へと来ていた。
飲食店への移動中。世矢は友人との会話を楽しみつつ、充分すぎる中学生活だったと心の中で振り返る。
新しい友達が増え、夢も日に日に現実味が増して行った。全国大会は心惜しい結果に終わったが、確実に明日へと繋がっている。
そもそも、世矢の頭に成れないという可能性は含まれていない。「俺は絶対になりに行く」それだけを常に考え、そして、着々とその一端に足を踏み入れつつあった。
昼食を終えると、そのまま近くのカラオケボックスへと入った。外に出る頃には、七時を回っており、辺りはすでに夜一色となっていた。
その冬の薄暗さが、イルミネーションや、街の飾りをより一層引き立てる。
繁華街ということも有り、学生や会社帰りの者。家族連れ、等で賑わっていた。
12月下旬。寒さも佳境な時期だが、どこか暖かい。人と人とが織り成す、特別な温度から産まれる雰囲気が、その空間いっぱいに広がっていた。
だがそこへ、場違いな存在が割り込む。
周囲には飲食店やらショップ等が立ち並ぶ、進入禁止の道路。
そこへ、一台の車両が入ってきた。
たまたま居合わせた人々は、道を開け、怪訝そうにその車を見つめる。
運転手は酔っているのか、右往左往と、動きがおかしい。
その時だった。
その男は、車体を急発進させると、歩道に乗り上げ、10人余りを盛大に撥ね飛ばした。
そして、男はそのまま、歩道脇のブティックに突っ込むと、停車したのだった。
男は、病院に搬送された後に間も無く死亡。警察の調べによると、男は違法ドラックを服用していたとの事で、そのニュースは全国的に報じられることとなった。
pm 8:46 同日病院
車に引かれた。
全身が痛い。
でも、大丈夫だ。
足の骨は折れてるとの事だが、なんとか体も動く。
練習に参加できるのは、入学後になるだろうが、、なるぞ。絶対になる。
1月7日
術後の検診で、重度のヘルニアが見つかる。
しばらく、何も考える事ができなかった。
同年 4月
県内の高校に進学した。
入学式の写真に笑顔はない。
3年後
高校を卒業すると、東京の大学に進学した。
やっと来ることができた。
でも、サッカーはやっていない。
あの頃とは違う。
もう、できない。
4年後 pm 8:00
押し入れから、小学校の卒業アルバムを見つけた。
「将来の夢はサッカー選手に成る事です」
と書かれている。
「、、、」
静まりかえった部屋に音がしたような気がした。
一つ、二つ、それは、確かなものへとなっていく。
涙の音だ。
世矢はあの頃の事を思い出していた。
中学の卒業式。担任に言われた言葉。
「可能性は無限大。君にあるものは、一つだけじゃない、だから、きっとまた見つかるよ。大丈夫」
送りの言葉。あるいは、一人一人に向け、考えたであろうその言葉が、逆に彼の首を締め付ける結果となった。
「サッカー頑張れよ」
その一言で良かった。
そう言ってほしかった。
俺には、サッカーしかなかった。
何故そんなことを言うんだ、、
別の道なんて、今考えられるわけがないだろう。
結局、俺には他の事なんて選べなかったよ。
それは、何故なのか?
わかっていたからだ。
あれから七年費やした今でも、「俺は絶対に成れる」と信じている自分があることを。
自信がある。
でも、本当はできるのにそれができない。
その状況に、世矢は長年葛藤し続けていた。
毎日積み重ねたものが、一瞬にして崩された。それは、時が解決してくれるわけでもなく、未完成な時期の心に、余韻を刻むのには充分な事だった。
自分をこんな目にあわせた男は、何も知らずに死んだ。なら、この憤りを誰にぶつけたら良い?誰に文句を言えば良いのだ?
だが、元来、生真面目な性格が災いしたのだろう。誰にも打ち明けることなく一人で消化しようとした。
先日、テレビに同年代の選手が映った。それは、世矢が本来通うはずだった高校の出身の選手だった。
試合中、最善とも言えるポジショニングから、味方のパスを拾うと、滑らかなハットトリックからの勝ち越しゴールを決めた。
「何で?」
世矢は一言そう言った。
その選手に向けた言葉ではない。
しかし、「そこに俺がいるはずだった」という思いを払拭しきれなかった。
せめて、自分で諦めたのならば、踏ん切りも着くものだろう。だが、人に変えられたという事実が、新しい路線へと切り替える事を著しく阻害した。
そして、彼は考え抜いた先に、行き着いてしまう。
「もう充分楽しんだ」
、、、、嘘だ。
口に出したことで、それを理解した。
「俺は、楽しめなかったんだ」
だから、こうするんだ。
大学をでて、社会にもでた。
彼女もできて、色々な場所を歩いた。
でも、それは、必死でまぎらわそうとしていたのだ。
生きる理由がほしかった。
だけど、もう何もかもつまらなかった。
夢だった。ただ、それだけの事と言ったらそれまでだが、
だけど、それでも俺は、サッカーにしか自分の活路を見いだせなかった。
決別するんだ。
そして、成れるところへと行こう。
「こんな所にいても、しかたがないのだから」
翌日、 Am 6:00
彼は、手首を切った。