逆転迷路①
# 0 プロローグ
「もう充分楽しんだ」
、、嘘だ。
口に出した事で、それが理解できた。
俺は楽しめなかったんだという事に。
、、決別しよう。
今日、この瞬間に。
それは、日々への充足感から来るものではない。
「こんなところに、居てもしょうがないのだから、、」
桜が舞い、新しい風が吹き入れる中で彼は行ってしまった。
# 1 迷路
もう、この道を何度走らせただろうか?
一方通行、片道二車線。
高速道路やバイパスでもないにも拘らず、左折ができ無ければ右折すらできない。反対車線も無いことが見てとれる。
そんな、おかしな道を走り続けて五時間にも及ぶ。
「、、、、、、はい、706回目だね」
この道から出られない。
気が付いたらそこに居た。なんて事は、そうそう有りうることでは無いのだろうが
正に気が付いたら車の運転をしていのだ。
全く事故も起こさずに?、、そんな馬鹿なことがあるのだろうか?
目を瞑ったまま運転をしていたと言えば、それはこの状況にイコールなのだから、異常なことには違いない。
とにかく、記憶に無いのだ。
家を出て、車に乗る、エンジンをかける、それ所かそれ以前の事まで全て。
唯一覚えていたのは、自分が真壁世矢という名前である事だけだった。
あ、そうそう、先刻、走らせたと言った表現には誤りがある。
というのも、気がついてからの数分後。
一度現在地を理解しようと、車体を左に寄せ、降りようと試みたのだが、ハンドルは微動だにせず、ただ、真っ直ぐに進むだけ。
どうやら、この車はオートで動くタイプらしく、 そういった事を鑑みるに当たっては、事故を起こさなかった理由にもなるのだろう。
つまりは、走らせているのではなく、走らされている、もしくは、ただ乗っているというのが正しい。
自分で運転していない以上は、遠隔から何者かに操作されているのだろうか?
どこに向かって走っているのか?
いつ頃、到着するのか?
そもそも、このまま無事に着くのだろうか?
何故こういう状況下に陥ったのか?
疑問ばかり増え続ける一方で、実態はおおよそ検討もつかない。
だが、幸いとでも言うのだろうか、どうやら私だけではないらしい。
例えば、右斜め先を走る車体は、僕が気付いたときにはすでにいた。
サイドガラスは黒く塗りつぶしてあり、見るからに外国の物だろうか?
どんな人が乗っているのかまでは、確認できないが、恐らくは、その筋の人が乗っている事に間違いないのだろう。
空気と言ったら、説得力に欠けるが、独特の圧迫感がある。
日常の生活の中では、おおよそ関わり合いになることなど無いのだろうが、今置かれている状況に、ここまで進展が無かった今においては、ある程度の事は理解しておきたかったのだ。
「周りに他の車が無い以上は仕方がないよな、、」
これまで、どんな生活をして、何をしていたのか、何もかも忘れてしまった僕は、手段を選ばなかった。
僕はサイドガラスを降ろすと、勢い良くクラクションを鳴らした。
「パーパパンパンパアアアアア」
すると、黒塗りの車体がゆっくりと右隣にまで近づき、左側のサイドガラスがゆっくりと降りた。
「お兄ちゃん、おじちゃんに何かようかい?」
詰んだかな?
その男はサングラスをかけ、黒スーツを身に纏い、明らかに危険な空気を漂わせていた。
「すみません、あのちょっと道に迷ってしまって、、」
「、、、、」
やはり、関わらない方が良かったか、いや、あのやり方では誰もが不快になるのだろうから、俺が悪い。
そんな、男への不安と自分への落ち度を照らし合わせながらいると、恐いおじさんは口を開いた。
「、、、どうやら、君はここに来るのが初めてのようだね」
「はい」
予想外の紳士な対応?に面食らったが、内心ほっとしていたのと、自分の先入観を非難した。と同時に、男からの言動を読み取った。
前にもここへ、来た可能性があるという事。だとしたら、帰り方も知っているのであろう事を、、
「気づいたら、運転をしていて、、ここには、木もない、水気もない、まるで、未開拓の荒野のようです。いったいここはどの辺りなんですか?」
素直な気持ちだった。
先ずは現状を理解したい。
そして、帰れるかもしれないという期待感からだろうか?
日常には起こり得ない事への、不安は薄れ、
今抱いている感情は、「普段味わうことのできない非日常」への憧れへと昇華し、好奇心が勝ってしまっていた。
それが、どういった事なのかも今は知らずに、、
「おじちゃんみたいな人間は、仕事柄、こんな所に来るのは、さほど珍しい事じゃないんだけどさ」
おじさんはその先に言わんとするであろうことを伝えるべきか躊躇っているようだった。
「、、どういう経緯でここへ来たのかは、詮索はしないよ。でも、こんな所中々お目にかかれるわけがない。そこは理解できるね?」
その言葉で、少し考えさせられた、ここに来るためのきっかけがあるのだとしたら、おじさんは少なくとも、この状況を理解しているのだろうし、記憶もある。ある意味狙って来ているのだろう。だとしたら、俺はどうやってここへ来たのだろうか?
「、、おかしな所ですよね、ガソリンは減らないし、後、気づいたんですけどグルグル同じ所を回ってますよね?ある一定の距離まで行くとDVDのチャプターが変わるみたいに空間がずれて、、」
「帰りたいなら、戻れるさ」
「、、ありがとうございます」
話を遮られたが、悪い気もなく、空気が温かくなった気がした。
「君はまだ、向き合えてないだけなんだ。そして、選択を迫られている」
何を話しているのかわからない。素直に言葉だけ受け止めるのならば、軽く揶揄されている気さえするが、そうではない事が空気でわかる。
おじさんはそのまま続けた。
「君とおじちゃんとでは、見えているものが違う。ここが、何もないように見えるのならば、それは、見つめ治さなければならない。帰るにしても、この先に行くとしても」
そして、俺に言ったんだ。
「君、死んだんだよ」