ほろ苦い思い出の続き。
このところ、週末は「美女メシ」になっている二人。気づいたらもう2カ月。すっかり勝のペースに乗せられている。平日も、時間が空いた日は勝から連絡して会っている。
ほぼ毎週のことなので、お互いの職場の同僚や関係者に目撃されるようになってきた。もちろん、OB仲間にばったり会うことも。
「土屋さん、見ましたよ。新しい出会い、良かったですね。」
「村木さん、いよいよご結婚ですか?」
「芽衣、どんな人?合コンのセッティングして〜!」
「村木さん、お祝いをご用意したいのですが…。」
「二次会の幹事は任せとけ!」
などなど、色々と言われるようになってきた。そしてお互いの両親に聞こえないはずはなく…。芽衣の両親は「一度連れてきなさい」と言って(芽衣が否定していることもあり)それきりだが、勝の両親はとても気にしている。
しかし、「不交際宣言」はそのままだし、親に言う段階ではないと、特に話さずにいたのだ。
『お母さんが元気なうちに、良い話を聞かせてください。お父さんも楽しみにしています。キレイな人だそうですね。』
ある夜のこと。とうとう、事務所で仕事をしていた勝のところに母親から、こんなメールが届いてしまった。一緒に住んでいてもほとんど顔を合わせないし、鎌をかけてもかわすので、メールをよこしたのだ。
「う…。」
ピピピピ…。またメールだ。
『今、一緒にいるなら連れてきなさい。』
ピロロロロ…。今度は母親から電話がかかってきた。
「お母!仕事してるんだから、おかしなメールしてくるな!」
「なんだー。今日もデートかと思った。で?いつ会わせてくれるの?」
「うるせえ!切るぞ!」
唖然としているスタッフと目が合い、ハッとする。仕事では丁寧な言葉遣いの勝なので、スタッフは相当驚いたようだ。
そろそろ結着をつけたいとは思っていた。しかし、相変わらず見送りはエントランスまでだし、手にも触れていない。側にいるだけでもと思っていたけど、会えば会うほど、一緒にいたくなっている。
さて、と時計を見ると9時になっていた。スタッフももう帰っている。勝も事務所を後にした。
「会いたいな。」
勝はそう呟くと、ごく自然に芽衣に電話していた。
「今、何してる?」
「どうしたの?コンビニに寄って帰るところだよ。」
「今から会えるかな?」
「いいけど。」
芽衣は待ち合わせの駅前のスタバで、ラベンダーアールグレイを飲みながら、勝を待つ間、考えていた。
「そろそろ、ハッキリさせないと。私は、どうしたいんだろう。」
このところ、勝と会うのが楽しみになっている。「今の俺を見て」と言っただけあって、オトナになったし、以前のようにフニャフニャしていない。付き合うことはできるだろう。これが、“好き”ということだろうか?
…でももし、結婚の話が出たら?あちらのご両親も、子供ができなくて離婚した女に用はないだろう。ましてや、勝は長男だ。ないない!あり得ない!ぶんぶんと首を振る。
「何してるの?」
見ると勝が向かいの席に座っていた。
「あ。イヤ…。別に。ところで、急にどうしたの?」
恥ずかしさをごまかすように聞くと、勝が切り出した。
「あのさ。今度の日曜は早い時間から会えないかな?」
「いいよ。どこか連れてってくれるの?」
「…指輪を選びに行こう。」
「指輪?」
「時々じゃなくて、毎日会いたいんだ。俺じゃ、ダメかな?」
さっき考えていたことと重なるけど、まさかね。
「毎日は無理よ。仕事があるもん。」
「仕事は、続けてもいいから。」
「なんであなたの許可が必要なわけ?」
話の流れがおかしいみたいだけど、まさかね。
「結婚してください!」
勝がテーブルに手をついて頭を下げた。
店内がシーンとする。勝の一言と声の大きさに、注目を集めてしまっている。
どうしよう…。
「…はい。」
考えているうちに返事が口をついて出ると、店内に一斉に拍手が起こった。
その夜、勝は初めて芽衣のマンションに泊まった。
とは言っても、いきなりあんなことやこんなことをするためではない。あの場では、勝に恥をかかせまいとOKしたが、気になっていることを解決しないと本当にOKするわけにはいかない。
「話しておきたいことがあるの。」
部屋に入るなり抱きつく勝にストップをかける。
「私は、子供ができないかもしれない。それが離婚の原因だったのは覚えてる?」
「うん。」
「冷静になって。子供ができないかもしれないバツイチ女、あなたのご両親が許すとは思えない。もっと若い、初婚のお嬢さんをお望みだと思うわ。」
「でも、芽衣は検査して、大丈夫だったんだろ?それに初婚とか年齢とか、どうだっていい。」
そう。芽衣は検査を受けたが、前の夫は検査を拒否したのだ。
「そうよ。検査を受けたのは私だけ。だから、本当の原因はわからない。」
「二人で検査を受けよう。俺は芽衣がいいんだ。」
「勝…。」
勝が芽衣を抱きしめる。芽衣も勝を初めて抱きしめる。
ピピピピ…。勝のスマホのメール着信音で目を覚ました勝。裸なのも忘れてメールを開く。
『早く会わせなさい。』
またしても、勝の母親だ。帰らなかったから、怪しまれているのだ。普段なら、連絡せずに友人宅に泊まっても気にしない人だ。
「どうしたの?メール?」
芽衣がコーヒーを手渡しながら言う。
「お袋のヤツ…。」
義母になるかもしれない人だ。芽衣の表情が曇る。
「少し前から、会ってるの知られていてさ。会わせろって言われてるんだ。」
いよいよ、会わないといけない。ますます芽衣の表情が曇る。
「今日、仕事休める?」
勝の問いに頷く芽衣。
「一緒に病院で検査を受けて、帰りに指輪を選びに行こう。」
「検査結果が出てからの方が…。」
「子供はどっちでもいい。親に会わせるのだって、検査結果が出る前でも構わない。どんな結果でも反対させないから。」
数日後、結果が出た。二人とも問題なし。この報告とともに、両家への挨拶を済ませて、式の日取りもとんとん拍子に決まった。心配していた、勝の両親だが、反対どころか、大喜びだった。高校生の頃から写真で顔だけは覚えていたらしい。
ある晴れた週末のこと。芽衣の白無垢姿に誰もが息をのんだ。左手の薬指には、あの日のダイヤが光っている。
ほろ苦い思い出の続きが、静かに始まった。