どうしたいのか?
「…そうか。世話かけたな。」
勝が高野から、電話で報告を受けていた。
「ところで、お前、変わったな。先輩、涙ぐんでいたぞ。“そんなことになると思ってなかった”って。」
高野は芽衣の涙を見逃していなかった。
「酔っ払ってたんだよ。」
勝がバツが悪そうに答える。
「また何かあったら連絡しろよ。できる限り協力するから。じゃあな。」
「俺じゃダメなのか…。」
電話のあとひとしきり凹んだ。
高野からの電話でわかったことは、昨日のことを怒っているというよりは、ショックの方が大きかったらしい。そして芽衣自身も言っていたように、俺は対象として見られていないし、今はそんなこと考えられないということだった。
そしてもう一つわかったことは、無理に体を重ねても、相手を傷付けるだけで、自分のものにならないということ。酔った勢いとはいえ、自分のしたことを後悔した。
でも、やっぱり会いたい。会って話したい。恋人になれなくても、せめて側にいたい。
…電話してみよう。
かけてみると、今度はすぐに電話に出た。良かった。
「…もしもし…。」
「村木です。」
「うん。何?」
「今日これから会えないかな。」
「何の用?高野君から聞いてるよね?今度はプロポーズでもする気?」
これは不意打ちだな。憎まれ口たたくようになっているぞ。元気になったのか。
深呼吸して、次のセリフを考える。
「していいの?」
「ダメ。お断りよ。」
…切られるかと思った。切らなかったということは、もしかして脈ありか?期待しながら次のセリフを言ってみる。
「プロポーズは、まだしないから、会ってくれないかな?」
「まだって何よ!懲りない人ね。」
「メシ食いに行こう。」
「…何考えてるの?」
「会いたいから。」
「あなたのおかげで、一希先輩から電話があったり、高野君から呼び出されたり、一日忙しかったのよ。高野君から話は聞いてるよね?」
「聞いてる。だからこそ会いたい。美女とメシ行きたい。」
芽衣が思わず吹き出すのが聞こえる。
「いつから、そんな軽薄なこと言えるようになったのよ。」
「とにかく、迎えに行くから。」
そう言って勝は電話を切った。
「私、何考えてんだろ。」
化粧を直しながら、つぶやく芽衣。服こそ着替えなかったが、こうして勝と会う準備をしている。
…私も、会いたかったのかな。私は、どうしたいの?昨日の今日なのに。
答えが出ないまま、待ち合わせ場所へ向かうべく、玄関ドアの鍵を締める。
考えながら歩く。歩く。歩く。
突然、肩をポンと叩かれて振り向くと、勝だった。
「どこまで行くの?」
考えながら歩いていたら、待ち合わせ場所の本屋を通過しそうになっていた。
洋風居酒屋で向かい合って座る。芽衣の家の近くなので、店は芽衣のセレクト。
「一杯目はビールでいい?オススメは?」
メニューを見ながら、芽衣に聞く。
「いいよ。中ジョッキ二つでいい?」
勝が頷くと、慣れた様子で片手を小さくあげて、店員を呼び、ビールをオーダーする芽衣。
料理を決めて、ビールが運ばれてきたときにオーダーを済ませると、勝はジョッキを持ち、
「美女とのメシに乾杯!」
「ハイハイ。」
芽衣が苦笑してジョッキを傾ける。
一口だけ飲んで、勝が改まる。
「本当に、昨夜は、ごめんなさい。」
「私も無防備だったわ。もう、忘れさせて。」
「じゃあ…!」
「今朝の返事ならNO!」
胸の前でバツを作る芽衣にさみしそうに微笑む勝。
こうして会うことができたし、元気が出てきたみたいだから、いいかな。
そう思ったら目頭が熱くなっていた勝。そんな勝にびっくりする芽衣。
「やだちょっと。泣かないで。」
「ほっとしたら、涙が出てきた。」
「何にホッとしたの?」
「いいの!」
勝が恥ずかしそうに赤面してジョッキをグイッとやる。
料理が運ばれてきた。三色ビーンズのカッテージチーズ和え、牛ヒレのミニステーキ。サーモンのカルパッチョ。いずれも芽衣のオススメ。ビールのお代わりをオーダーして、箸を持った。
すぐに完食して、次のオーダーの相談をする。勝は何を話したら良いかわからないし、芽衣は、やっと食欲が出てきたので、お酒も料理もすぐになくなってしまう。
「ああ、美味しかった。お腹いっぱい。ごちそうさま。」
芽衣の笑顔に、勝も上機嫌だ。支払いは勝。「不交際宣言」をした芽衣は割り勘を主張したが、勝が、どうしても譲らなかったからだ。
芽衣としても、普通の男友達にごちそうしてもらうことはあったが、ここだけは割り勘にしたかった。以前ならこの状況は割り勘が成立しただろう。確かに今の勝は、以前ほど弱気ではないようだ。
腕を絡めたりこそしていないが、ほろ酔いで言葉少なに歩く二人はどう見ても恋人同士。「不交際宣言」の仲には見えない。
「また、誘っていいかな。」
「…。」
「時々でいいから、美女とメシ食いたい。」
芽衣がホッとしたように笑い出す。
「アハハ!勝、変わったよねー。そういうこと言うなんて。」
勝もつられて笑う。笑っているうちに芽衣のマンションの前に着いた。
「ここでいいよ。送ってくれてありがとう。」
「玄関まで送るよ。」
「その方が危険ですよー。おやすみー。」
軽く手を振ってからエントランスに消えていった芽衣。そんな後ろ姿に勝はつぶやく。
「また誘うから。」
エレベーターで一人になって芽衣はつぶやく。
「私は、どうしたいの?」