今の私は…。
一希との電話を切って、再びぐるぐると考える。
「嫌いじゃない」ならば、付き合ってみればいい。かつては、それが普通のことだった。
しかし、今の芽衣には躊躇することだ。離婚して、3ヶ月。やっと落ち着いたところなのだ。再婚は考えられないし、付き合うだけにしても恋愛対象として見られない相手と“おためし”する気にはなれない。それに、勝をまた傷つけてしまうかもしれない。
「勝のこと、好きなのかな…。」
いわゆる「トキメキ」とは違った、“気になる”のように思う。勝は昔から優しい。今も優しい。付き合うには楽かもしれない。
でも…。自分のことで精一杯で、頼りなさを感じて別れたのだ。
「今の俺だったら…。」「今の俺を見て。」勝は言った。
またスマホが鳴った。今度は高野からだった。
「芽衣先輩?僕、あんなこと勝に伝えられません~。一体何があったんですか?」
高野君にも詳しいことは話してないんだ。良かった。
「言いたくないんだけど。」
「勝もハッキリ言わないから、わけわからないんですよ。先輩が勝と話せないなら、せめて僕と話してもらえませんか?今から近くまで行きますので。」
「まさか、連れてくるの?」
「そんなことしません!近くのカフェで待ち合わせできますか?」
「まあ、いいけど。」
「じゃあこれから向かいます。」
15分後、芽衣と高野はカフェ“ネージュ”にいた。店全体が洒落ていて、料理もおいしいのにそんなに混んでいないので、芽衣のお気に入りの隠れ家だ。奥の方に個室の席があるのも気に入っている。今日はそこの席にした。
カーキ色のチノパンに黒いティーシャツ姿の高野は高校生の頃から変わらず、垢抜けた印象で、眼鏡がよく似合う。
芽衣はデニムのタイトな黒いロングスカートに白いカットソー。普通に待ち合わせるカップルに見えるかもしれない。
店に入るなり、急に空腹を感じて時計を見ると一時過ぎ。朝からほとんど食べてないことを思い出した。高野も昼食をとっていないということだってので二人ともここのウリの“おまかせランチ”を注文することにした。
「無理言ってすみません。」
注文すると、高野が頭を下げて開口一番に言った。
「いいけどさ。あなたたち、相変わらず仲が良いのね。ところで、私は高野君と何を話せば良いのかしら?」
「何があったのか、話してくれるとわかりやすいんですけど。勝のヤツ、電話で、傷つけてしまったと言うだけだし。まさか、あいつがそんなことするとは思えないし。」
“そんなこと”をするなんて、私も思わなかったんですけど!“そんなこと”について、話さずに済むのならそうしたい。
「付き合って欲しいと言われたわ。そして、恋愛の対象として見られないと断った。」
「それだけで、傷つけてしまったとか、LINEを無視とか変ですよね。」
芽衣は無意識にこめかみに指を当てる。困ったときのクセだ。
「本当は、勝からどう聞いているの?」
「…朝まで一緒だったと、聞いています。先輩のクセ、出ましたね。まさか…。本当ですか?」
高野は昔から、人のクセをよく見ている。芽衣は観念した。
「そうよ。うっかりついて行ったら、“そんなこと”になったの。あの勝だからと、油断してね。」
「あの勝が…。変わったなー。」
しきりに感心する高野を見ていたら、涙がにじんできた。涙に気づかれまいと、下を向いて、そっと涙を拭う。
「お待たせしました。」
タイミングよく“おまかせランチ”が運ばれてきた。
「さ、食べよう。お腹すいた。朝から食べてないの。」
明るく言って箸を持つ。今日のランチは、お箸で食べるパスタのセット。パスタは明太子。
「大丈夫ですか?」
「何が?」
「食べてないから。」
高野は食べ終わるところなのに、芽衣の方はほとんど減ってない。
「あれ?食べていたんだけどなー。」
しばらくして、食後のコーヒーが運ばれてきたので、食べ切れなかった料理は下げてもらった。
コーヒーカップを手に、高野が切り出した。
「先輩は、勝をどう思っているんですか?」
「どうって…。嫌いではないよ。でも、どうしているんだろうか?って気にかける気持ちはあっても、そういうのじゃない。それに、離婚して、やっと落ち着いたところなの。そういう気になれない。」
家で考えていたことをそのまま言った。
「側に居させてやるだけでもできないですか?」
「却って傷つけるだけだよ。これ以上、勝を傷つけたくない。」
「話せて良かったです。伝えておきます。」
高野に、ごちそうさまと言ってカフェを出る。もう夕方になっていた。