わからない。
勝が腕を緩めた隙に、ふりほどくようにして事務所をあとにした。送るよ、と勝は言ったが、タクシーを拾って一人で帰ってきた。
住み慣れてきた独り暮らしのマンションに着くと、ひっそりとした空気に包まれてホッとした。
キッチンに行き、冷蔵庫のコーラを一口飲む。よく冷えたそれは、芽衣の混乱した気持ちを鎮めてくれた。
「シャワー浴びよっと。」
乱暴にシャワーを浴びる。昨日のことも、シャワーと一緒に洗い流せたら良いのに。勝の感触を消してしまいたい。
なぜ、勝とバーに行ったのか。行かなければ、あんなことにはならなかったはず。今朝も、なぜ、勝の車に乗ってしまったのか。本当は、自分が一緒に居たかったのではないだろうか。
タオルでポンポンと、髪の水分を落としていたら、スマホがLINEの着信を知らせた。昨日のメンバーからだった。ほかにも今朝からメッセージが何件も入っていた。
「おはよう。昨日あれからどうだったのよ~?」「勝とどこ行ったの~?」という類のメッセージに混ざって、勝からのメッセージも三回、入っていた。連絡先交換したんだっけ?電話も何回かかかってきていた。
「もう一度きちんと話したい。連絡してください。」
「話をさせてください。」
「傷つけてごめん。」
「何をきちんと話すことがあるのよ。」
吐き捨てるように言った。
今の芽衣には何も心に響かない。
しかし、帰ってくることだってできたはず。なのに勝について行った。勝が、そんなことするとは思っていなかったという油断をしていたのも事実だ。
勝のことは嫌いではない。しかし、恋愛の対象ではない。
じゃあ、なぜ、ついて行ったのか?
ぐるぐると考えていると、またスマホが鳴った。一希からの電話だ。少し迷ってから出た。
「今、話せるか?」
「うん。話せる。」
何か知ってそうな感じだな。何を言うつもりなんだろう。
一希は先輩にあたるので、人前では敬語だが、普段は普通に話す。
「昨日のことで、高野から相談を受けてるんだ。」
「相談?何っ、もう知られてるわけ?」
高野とは、勝の友人で、昨夜のOB会にも出席していた一人だ。勝、もう誰かに話したんだ。あんなことになったなんて知られたくなかったのに…。
「何か慌てるようなことがあったのか。。高野が、勝から相談された内容を話すぞ。“芽衣を傷つけてしまったから、もう一度話すにはどうしたら良いのか”ということだ。お前、あいつからのLINE、無視してるだろ?」
「話すことなんてないもん。」
「何があった?」
「言いたくない。」
「なるほどね。」
芽衣の一言で察しがついたようだ。
「勝のことは、どう思ってるんだ?」
「恋愛の対象じゃない。だから、きちんと話したいと言われても、私には話すことなんてない。」
「それ、高野に伝えていいのか?」
「いいけど。」
「お前ら、昨日、いい雰囲気だったのにな。本当にそれでいいのか?」
「わからない。…ごめん。しんどいから切るね。」